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大王は神にしませば  作者: 赤の虜
第二章 王立術理院
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プロローグ

 第二章 王立術理院 スタートします。

 一章の経て、舞台はソーカルド領から王都へと移行しますので、ご期待ください。(-_-メ)

 アマガハラ王国を襲った魔物のスタンピードから数年。

 祭壇鎮護の儀及びバルバリアントがムテンタ領の祭壇の破壊したことで発生した魔物の大規模スタンピードという一連の流れは、この国に大きな影響を残した。

 被害は北方の蛮族バルバリアントに接するムテンタ領を中心として、周辺の領地に波及し、果てはアマガハラ王国中部、王都の南方に接するミノウミ領に至るまで魔物の侵攻を許してしまう事態を招いてしまった。

 人の犠牲、そして所領の復興に国は疲労し、加えて、今まではアマガハラ王国との大きな戦力差に大人しかったバルバリアントが明確に敵対関係となり、絶えず国境に兵を整え、睨みを効かせる必要すらあった。

 アマガハラ王国にとって苦しい日々が続く。

 

 ――――異例の女王では国家の地鎮を維持できない。至急正しき者を王に据えるべき。

 月日の流れと共に王都の中枢ではそのような話がまことしやかに囁かれるようになっていた。

 現王シャムトリカから正しき王への継承を。

 国の歪みを正し、真の平和な国へと回帰せよ。

 小さき声は群れをなし、年月を経て、牙をむく。


 +++


 薄い霧に包まれた陽光。ソーカルド領コウハク・ツチツカミの別荘地ではコンコンッと木剣を打ちつける音が鳴り響いていた。

 一人は白髪黒目の少年、カリム。

 もう一人は目つきの悪い黒髪、タムマイン。

 二人の少年は踊るように、互いの攻撃を捌き、返す剣で流れるように反撃する。隙が無ければ、鍔迫り合い、相手の体勢を崩しにかかり、危険を感じれば身を翻して距離をとり、再び体勢を立て直す。 

 二人の動きには剣を習いたての頃にはなかった技が宿っていた。

 スタンピードから数年の月日が経過し、カリムとタムマインも十才になる。

 背丈も伸びた。両者ともガルムの腰元くらいの身長が胸元くらいには達しているだろう。

 スタンピードが起き、そして王立術理院の適性検査に合格してからというもの、カリムはこの数年を無駄にはしていなかった。

 歴史はあらかた学び終え、算術も身につけ、植物図鑑を近隣の植物を照らし合わせてみたりもした。また、魔力に目覚めてからというもの、理術関連の……特に魔力制御に関する項目はより熱心に学んできた。

 スタンピードが起きるまで、何をしても一向に芽が出なかった感覚が一転し、一度知覚してしまえば、身体の中にある魔力を感じることは難しくはなかった。

 しかし、すぐに自在に扱えるようになったのかと言うと、そうではなかった。最初の半年は身の丈に合わない石を引き摺るような抵抗感を覚え、途方に暮れていた。ようやく体内で動かせるようになっても、すぐに疲れてしまうことの連続。そんな毎日ではあったけれど、最近では全身に魔力を巡らせることができるようになっていた。

 原理は不明らしいが、魔力を帯びると人の身体能力は向上するらしいことをカリムは剣の師であるガルムから教わった。

 こうしてカリムは通常の十才児の動きよりもはるかに俊敏に動けるようになり、膂力も大人顔負けのものとなっていた。

 しかし。


「やっぱり反則だな。なんでキング・ライダーに魔力操作されたわけでもない怪力馬鹿まで魔力を纏えるんだ」

「できたんだから仕方ねえだろう」


 タムマインの木剣が首筋に突き立てられ、カリムはもう何度目かも忘れてしまうほどの敗北記録を更新する。

 スタンピードの一件以降、どういうわけかカリムの友人であるタムマインも自分の魔力を知覚できるようになっていた。ただでさえ、身体能力で優れている人間が魔力によって強化されてしまい、カリムはもはや剣でタムマインに勝利する日は来ないだろうと確信した。とはいえ、瞬殺されるのも悔しいので手を変え品を変え、勝利に拘り続けるも一向に勝てていない。

 口では文句を言いながらも、カリムはタムマインが魔力に目覚めたことに納得はしていた。

 スタンピードがソーカルド領を襲ったあの日。

 キング・ライダーと戦ったという以外にも二人には共通点が存在する。

 それはソーカルド領の神威獣、黒珠の霧狸から力を与えられたという共通点だ。

 身体能力の向上と霧を見通す目はあの日以来、失ってしまったけれど、アレ以来二人は魔力を知覚できるようになった。そのため、誰にも話していないが、二人はその一件こそが魔力に目覚めた真の要因であったと考えている。


「じゃあ、二人とも今日はこのくらいにしておくぞ。明日には王都に向かわなければならないからな」


 大剣に身を預けながら、ガルムが修行の終わりを告げる。

 最近ではガルムが二人をまとめて相手することもなくなっていた。というのも、カリムとタムマインが魔力を纏って戦えるようになってしまったので、ガルムも下手に加減ができなくなっていた。今までなら素の身体能力だけでどうにでもなったのだが、今の二人には素の身体能力だと劣ってしまうし、下手に刻印術式を使用すると殺してしまいかねない。

 だからと言って、魔力だけを纏おうにも刻印術式で特化しているせいで、自然と刻印術式を発動してしまうのでどうしようもない。そういった面では刻印術式にも不便なところがあると言えるだろう。ガルムはそういった魔力制御は苦手分野だったらしい。

 だから、たまにあるガルムとの訓練は互いに魔力は使用しない縛りを設けて行われた。


「それにしても、よくお前も筆記試験に通ったな、タムマイン。少なくともお前の頭の残念さだけは俺は信用していたんだが……」

「うるせえ。……まあ、お前に勉強教えてもらったから受かったようなものだ。感謝はしてる」


 実を言うと、二人は既に王立術理院の筆記試験に合格している。カリムは一昨年、タムマインは半年前に。

 王立術理院は入学年度こそ十才と共通しているが、事前試験は定期的に行われているので、二人とも先に受検を終えている。カリムは余裕で、タムマインはギリギリで通過した。

 どうして平民のタムマインが適性検査に合格しているのかと言うと、それはソーカルド領の領主、ギルダ・ソーカルドの口利きのおかげだった。

 キング・ライダーとの一件では、期せずしタムマインは領主の三女であるセナの命の恩人となったことで、適性検査を受けさせてもらえたのだ。

 そして、タムマインが適性を持つ刻印術式もまた合格基準に達していたというわけである。


 その日の夜。ニイサとノルトリム、カリムの三人で明日の朝、王都へと出発するカリムのために祝いの席が設けられた。父のコウハクはここ数年、王都から戻って来ず、弟のサワリムにしてもコウハクとは別に理術学派の用事で忙しく故郷に戻っている暇はないらしい。

 適性検査の合格で祝われ、筆記試験の合格で祝われ、そこから王立術理院に入学するまで後一年だの何日だの謎の題目で祝われ続けたので、カリムには既に自分がなんで祝われているのか分からなくなっていた。

 それでも、そんな家族との日々も今日で最後である。


「カリム、あなたのお祝いなんだから、早く食べなさい!」


 弟思いの発言をするノルトリムだが、彼女は言葉に反して、既に夕食のお肉に齧りついている。今の言葉にしても、咀嚼中の食べ物をこぼしながらなので、カリムは顔をしかめる。


「あらあら、ノルトリムは忙しないわねえ。さあ、カリムも遠慮せずに食べなさい」


 ニイサに勧められるままに、カリムは夕食を食べていく。

 活気に満ちた食卓が、明日からはないということにカリムはまったく実感が湧かなかった。

 

 +++


 翌日。

 コウハクの別荘地の前に、領主の馬車が停車し、その前に見送りにきたニイサとノルトリムがいた。

 王都へはギルダの好意で、馬車でセナとタムマインと一緒に連れていってもらえる手筈になっている。

 なので、馬車が停車していることに違和感はないし、ニイサとノルトリムが見送りにくることにも違和感はない。

 ないのだが……。


「なんでお前がいるんだよ」


 当然のようにニイサとノルトリムの横にいる一才年下の弟、サワリムを見て、カリムはそう言わずにはいられなかった。彼とはスタンピードがあった数年前以来、一度だって顔を合わせていなかった。

 しかも、出迎えの準備をしているときにも姿を見なかったので、本当に気がついたらそこにいたという印象だった。

 険悪なムードに、ニイサが口を挟もうとするも、それを手で制するサワリム。つくづく子どもらしくはない。

 対して、尋ねられたサワリムは口元に手を当てて、「ふむ」と考えてから、一言。


「いくつか理由があるにはあるが、今言えることと言えば、そうだな。……うん、しいて言えば、カリム……お前に道を示しに来た」


 相変わらずの弟らしからぬ物言いに、久方ぶりにサワリムへの嫌悪感が湧いてきたカリム。


「はあ? お前が俺に何の用だよ? 王立術理院に入学する俺を笑いにでも来たのか?」

「まさか、勉学に励み、予想もしない形で道を切り開き始めたお前を称賛こそしても、笑う道理はない。俺が何をしに来たのかを分かりやすく言えば、忠告であり助言だな」

「ああ、お得意のやつか」


 サワリムの言動に白けた様子のカリム。

 サワリムには口を開けば、あれをしろ、これをしろと言われた覚えしかない。


「そう邪険にするな。幼少の頃から口を酸っぱくして言ってきたことだが、俺達庶子は価値を示さなければならない。……ああ、そうだ。その前にノルトリム、一つ尋ねたい。今からでも勉学に励み、高みを目指そうという気持ちはあるか?」


 唐突に、話を振られて、ノルトリムは驚きつつも、


「うーん、やだ! 私、勉強嫌いだもん!」


 と一蹴した。

 返答を聴いて、サワリムは「そうか、残念だ」と俯いてから、ついでカリムを見る。


「カリム、お前は王立術理院に行って、何を目指す?」

「なんでお前に言わなきゃいけないんだよ」


 王になる夢を否定されて以来、父と弟には特に夢を教えたくないカリムである。


「いいから言え。言わないとまた王立術理院までついて行くぞ」


 うげっ、と露骨に嫌そうな顔をして、カリムは渋々言う。


「……官人だよ」

「意外とまともなところに落ち着いたな。お前なら宰相くらい言いそうなものだが……」

「うるせえ!」


 タムマインに否定されるまでは、宰相を目指していただけに図星のカリムだった。


「まあ、いい。それならまだ……芽はあるだろう」


「――――カリム。詳しい事情は俺の口からは何も言えんが、王立術理院の書庫で王族について隈なく調べろ。いいな、絶対だぞ! 明確な答えはないが、俺達に定められた運命について、限りなく真実に近いことを知ることができるだろう。もちろん、多少マシなその頭でしっかりと考え、推測を重ねた上で知ることができるという意味だから勘違いはするな。頭を使え」


「そして、それを知ったからといって、口外はするな。絶対にするなよ。口の軽さは死の呼び水になる」


 真剣な表情のサワリムに、カリムはまただ、と思った。

 数年前。

 サワリムの式魔封術で呼び出されたゴブリンでボコボコにされた日と、同じ目をしている。

 決して無視することはできない目。無視してはいけないと思わせる意志のこもった目だ。

 

「俺が言いたいことはそれだけだ。せいぜい身を粉にして勉学に励んでこい」

「言われなくても、そうする!」


 サワリムはカリムを激励すると、ノルトリムに声を掛ける。


「おい、ノルトリム」

「えっ、なに?」

「……一度だけだ」


 何が? と首を傾げるノルトリムに、サワリムは不機嫌そうに眉を顰めながら、


「一度だけ、お前の下らないままごとに付き合ってやる」


 と言った。

 その一言に、言われたノルトリムだけでなく、カリム、ニイサまでも目を丸くする。

 ――あのサワリムがままごとに付き合う? 何の冗談だ? と。

 ノルトリムは少し間を空けて、言葉の意味を嚙みしめてから、満面の笑みを浮かべる。


「ちょ、ちょっと待っててね。お姉ちゃん、ちょっと準備してくるから! ああ、でも、時間足りない。ああっ、お母さんも手伝って!」


 カリムの見送りという目的はどこへやら、ノルトリムは事態を飲み込めていないニイサの手を引っ張って、サワリムとのままごとの準備をするために別荘地へと戻ってしまう。

 ようやく驚きから立ち直ったカリムは訝しげにサワリムを見た。


「お前が姉さんのままごとに付き合うなんて何のつもりだ?」


 サワリムはこの問いに対して、小さく笑みを浮かべて、別荘地へと足を進める。


「――――感傷だ」


 意味が分からない返事を聞いてから、カリムは王立術理院へと向かうため、生まれ故郷のソーカルド領を旅立つ。

 最後のサワリムの乱入もあり、なんとも締まりのない旅立ちとなった。

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