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大王は神にしませば  作者: 赤の虜
第一章 雲散霧消
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第十九話 蠢動

 適性検査に合格したカリムは、コウハクが手配した馬車によってソーカルド領に帰ってきていた。

 あのカリム嫌いの父親なら歩いて帰れと言われかねないと思っていただけに意外だった。まあ、コウハクにしても早々に厄介払いをしたかったのと、そんな外聞の悪い行為をする必要性を感じなかっただけなのだが。

 カリムの報告を受けて、母親のニイサは喜んだ。

 王族とはいえ庶子であり、夢があるとはいえ叶えるには卑賎な身分が付きまとう。だが、所詮はコウハクの妾でしかないニイサが解決できることはなく、奮闘する息子を応援することしかできない無力をずっと痛感してきたのだ。

 だからこそ、ニイサはカリムが王立術理院に入学する最初の難関を突破し、未来を切り開く一歩を歩めることが何よりも嬉しかった。


「そうだわ、今日はカリムのお祝いをしましょう! せっかく王立術理院に入学できるのですから、盛大なお祝いにしないとね」

「いや、母上。喜んでくれるのはありがたいのですが、まだ合格はしてませんから。筆記試験に合格しなければ入学できませんし、入学するにも年が十になった春先です。まだ何年も先の話ですから!」


 褒められるのは嬉しいけれど、まだ成し遂げてもいないことで称賛されたくはないカリムだったが、舞い上がっているニイサとご馳走に同伴できるかもしれない機会を逃したくない姉には無意味な抵抗だった。


「合格したんなら、祝ってもらえばいいじゃない。美味しいものが食べられるのよ! 何が不満なのよ、カリム!」

「だから、まだ受かってないし、入学時期もまだまだ先だって言ってるんだよ!」

「心配いらないわ。カリムは勉強が得意だからきっと筆記試験を合格できます。……それに十才なんてあっという間になってしまうもの。祝える内にお祝いしちゃ駄目かしら? お願い、カリム」

「いや……でも……、俺がおかしいのか?」


 お祝いすることを猛烈に勧められ、最終的カリムは祝われることを認めた。

 美味しいものを母と姉と自分の三人で囲んで食べ、楽しい時間を過ごしながら、カリムは居心地の悪さを覚えながら、誓う。

 絶対に王立術理院に入学しよう、と。


+++


 カリムがソーカルド領に帰った数日後。

 馬車に同乗していたサワリムとその家庭教師のバイロンは数日間。王立術理院に通っていた。

 図書館から出てくる二人には疲労の色が伺える。


「まさか、カリムの付き添いでこうも堂々と王立術理院に入れるとは思わなかったが、駄目だな。まったくわからなかった」

「あの水晶は初代国王ジークムントが製作したものらしいですからね。つまり、我ら理術学派の祖、ズダバと同等の存在が生み出したアーティファクトです。楽に解明できるような単純な構造はしていないでしょう」

「ええ、ですが、学士としてそれでも解き明かしてやりたかったという悔しさは覚えます」


 彼らはここ数日、ずっと王立術理院の敷地に通い、調べ物をしていた。

 調べていたのは刻印術式の適性検査で用いられている水晶の仕組みと造り方。

 一人は神童で、一人は経験豊富な学士である。

 水晶が触れた者の資質と術式を刻み込める容量を把握するというものであるくらい、見ただけでわかった。

 しかし、わからないのはそんな高度な術式をどう組み上げているのかである。現在の技術では世界中の術式は表出し、光を放つことから「見れば仕組みがわかる」のだが、あの水晶は適性のある刻印術式を見せることはあっても、適性を見るという本来の術式が表出していなかったので、分析のしようがなかったのだ。

 だからこそ、二人は王立術理院の図書館に通って、過去のアマガハラ王の伝記から、術式を秘匿するためのヒントを探っていた。幸い王立術理院の中には王族の関係者として門番に認知されてからというもの面白いように楽に中に入れてもらうことができた。しかし、調べた結果は惨敗。

 アマガハラ王の奇跡が如何に優れているかという賛美はあっても、その奇跡に対する学術的な考察は皆無だった。そもそも絶対的な君主の力を解き明かそうと考える者すらいないのかと、サワリムも頭を抱えたものである。彼にとって、思考の放棄は罪深い。

 

「しかし、時間は有限です。あの水晶を解明はここで打ち止めにして、そろそろクウガ様の元に向かわなければなりません。既に昨日も催促の手紙が届いてましたからね。自由研究はお終いです」

「その自由研究こそ学士の本懐だと思いますが……仕方ない。座主に魔剣をねだりに行きますか?」

「欲深いですね、学士サワリムは」

「私も式魔封術の研究の実験台になっているんです。魔剣くらい融通してくれるでしょう?」


 おかしそうに笑い合いながら、二人は王立術理院の外を目指す。

 ちょうど二人とは入れ違いで、サワリムと年の変わらない男女と、その保護者であろう男が向かって来ていた。

 保護者は野獣のような偉丈夫で、顔に大きな傷跡を残しており、到底王立術理院に入れてもらえるような風貌ではないのだが、彼が身につける衣類は貴族が着るような肌触りのいい良質な素材で、所々に天狗の意匠が施されている。

 その意匠は領主の証明であり、少なからずサワリムとバイロンを驚かせた。

 しかし、サワリムはその偉丈夫が引き連れている男女の内、女に視線が釘付けになっていた。別に一目惚れしたというわけではない。

 白く高価な衣服に身を包み、鬱陶しそうに袖を摘まんでいた女が髪を靡かされた際、額に取りつけられていた石の装飾品。

 サワリムにはそれが気になったのだ。

 しかし、だからと言って何を言うわけではなく、二人は王立術理院を後にして、理術学派の座主、クウガがいる東理学院へと向かうのだった。


「少しクウガ様と話してきます。しばしお待ちを」


 誰もいない部屋に通され、一人になったサワリムは理術を用いて、防音の結界を発動して、一息をつく。


「アマガハラ王国の最西端ブンガ領主と、バルバリアントの子どもが共に王都に来ているか。一体誰の陰謀なのか。……はあ、あまり王都に長居したくなくなったな」


+++


 闇が覆う一室。

 黒いローブで身を隠し、口元に浮かぶ変声の術式で声色を変えた男が一人。

 部屋の中央にある遠見の水晶を見つけていた。

 水晶の中には額に石の装飾品を身につけた初老の男が映っていた。


「マウンテルが長、モンデバルドよ。何故……ムテンタの祭壇を破壊した? 貴様らに祭壇を破壊する依頼をした覚えはないぞ」


 ローブの男の言葉に、モンデバルドは「ええ、そうですね」とニコリと笑ってから、一転して睨みつけてくる。


「別に私達は仲間ではない。そうだろう? お前達はアマガハラの力が欲しい。私達はアマガハラの全てを消し去りたい。違う目的があり、その過程でわずかに道が交わり、手を結んでいるだけのこと。文句を言われる筋合いはない」

「確かに……我々は仲間ではないし、利用し合う関係だ。だが、それゆえに考えなしの馬鹿とは組みたくないのだよ。利を貪るだけで利用価値のない者は不要なのだ」


 モンデバルドは表情を一転させ、微笑む。


「安心してください。今回のスタンピードも、大きな狂いはなかったでしょう? 私達の敵はあくまでアマガハラなのです。奴らの息の根を止めるまで、無駄に戦力を消耗することはあってはならない。ええ、決してあってはならないのです」

「ならば、気をつけよ。互いに利用価値があると考えている内は……な」

「ええ、利用できる内は……ね」


これにて、『雲散霧消編』は終了となります。

次は『王都術理院編』になるのですが、まだ細かい設定を考えていないので、ある程度考えてからまた執筆していきます。

まずは『雲散霧消編』を見ていただき、ありがとうございました(__)

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