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大王は神にしませば  作者: 赤の虜
第一章 雲散霧消
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第一話 現実

初回投稿分その一。

 水龍と王の力を目撃したあの日。カリムはアマガハラ王国の王になることを決意した。五才の子どもの思いつきのような夢ではあったけれど、彼は本気だった。王になることを信じて疑わなず、そのためなら何だってしようと目をキラキラさせながら思っていた。

 母のニイサは内心では無理難題だろうと思いながらも、やる気の息子の気持ちを削ぐようなことは一言だって言わなかった。言えなかった。




 母親の苦労など露知らず、カリムは心の赴くままに奮起し、行動を開始した。


 幼いながらも理解が及んだのは、王が誰よりも強いということだった。安直な考えではあるけれど、事実として王は最高位の神獣、紫珠の神威獣(カムイ)、水龍の暴走を鎮めているのだから、あながち間違いとは言い切れない。

 幸いカリムには強くなるためのプロセスを知る術があった。


 カリムには姉弟がいる。二才上の姉ノルトリムと一才年下の弟サワリムである。ノルトリムは普通の幼児だが、弟のサワリムは式魔封術という先天的な理術の才能に恵まれた天才であった。

 重要なのは、天才である弟の部屋には書斎があるということだ。弟のためだけにカリムの父であるコウハク・ツチツカミが用意した書斎が――。


 武芸関連から歴史、算術、地理、理術、植物図鑑など至れり尽くせりである。なので、カリムにとって知識を得たければ、弟の部屋の本を読むことは当然だった。届くところにあるから読む。悩む必要のないほど容易に思いつくことだった。

 加えて、弟は父と王都に用事があり、留守にしていた。母のニイサは本に興味などなく、カリムが本を読んでいようと咎めることもない環境だったから、水龍を見た翌日にはカリムの手には『剣術入門』の本が握られていた。


 カリムは文字が読めなかったが、ニイサに尋ねながら少しずつ本の内容を実践していった。

 ニイサはあまり読書の習慣はないが、基本的な読み書きを息子に教えられないほど教養がないわけではなかった。


 カリムは根気強く学んでいった。

 剣の型をイラストと見比べながら学び、それから文字で書かれている基本に忠実に従った。幼い頃からの剣は学ぶべからずとあるので、ニイサにも相談し、幼い頃から無理はしないように、基本的に剣は軽い小枝で型を覚えるだけにした。


 その分、他に力を入れて励む。歴史、算術、地理、植物図鑑、理術教本と書斎に置いてある本はおおそよ目を通す予定で、今は理術と歴史の本を並行して読んでいる。

 龍と王の腕を目撃したあの日から、およそ半年が経ったが、どちらも順調とは言い難い。歴史に関してはこれまでずっとニイサに文字を教えてもらいながら読んでいたので、カリムは内容がいまいち理解しきれておらず、再読の必要ありと考えている。

 普通の子どもが理解できない時点で飽きてやめるものだが、カリムは少しずつだが知識が増え、わからないことがわかっていく喜びからやめなかった。


 学びの中で特に問題だったのは理術だ。幸い文字を習いながらだったので、読めないからできないということはなかったけれど、もっと根本的なところで問題があった。

 というのも、理術とは魔素を利用して用いる術なのだが、この初期段階である自己の魔力を感じるというステップがカリムには全くできなかった。


 理術は自分に向いてないと諦めようとしたが、数日後ニイサに王になるためには理術は必須条件であることを聞き出してからは、とりあえず魔力を感じるための座禅と理術理論を読み進めていくことから始めることにした。――魔力は一向に感じられないけれど。


『理術入門』曰く、理術は自己の魔力から大気中の魔素に働きかけて理術を発動するらしく、この魔力の知覚ができないと理術は使えないとのこと。また、働きかける魔力が大きいほど理術の規模も大きくなるという。

 つまり、理術を使用する上での必須技能と言えた。

 

 この理術に関して言えば、カリムの苦悩は尽きなかったが、この学びが王へと続く道と考えれば、苦ではなかった。


 家に父であるコウハク・ツチツカミが帰ってくるまでは。


 +++


 いつだって、このソーカルド領は薄い霧が立ち込めている。ソーカルド領の中心部、霧狸の社のある森は一層霧が深いけれど、他はおおよそ薄い霧が漂う。雨が降ることもある。晴れることもある。しかし、霧はいつだって続き、ソーカルド領の領民にとって、霧がある生活は当たり前で、それ故にソーカルド領の民は暑がりが多いと近隣の領民は口々に言う。

 霧の涼しさに慣れた弊害である。


 カリムの家は控えめに言っても、広い。家というより屋敷と言った方が的確かもしれない。

 家があるソーカルド領は、都とは小さい山一つ隔てる程度の近さだが、ここの領主ギルダ・ソーカルド黒爵は上から紫爵、青爵、赤爵、黄爵、白爵、黒爵と貴族でも最下位の黒爵領で、そもそも庭付き塀付きの屋敷を構えているのは領主かカリムの家のような高位貴族や王族の別荘地くらいである。


 そして、カリムが自分の家と思っている屋敷だが、実は父であり、王族であるコウハクの別荘地である。平民の出である妾のニイサとその子どものために、コウハクから借りているということをカリムはこの半年間でニイサから聞いた。カリムの兄弟は所謂庶子にあたり、コウハクの正室や側室は都にいるらしい。

 そんな父親がソーカルド領を訪れたのだ。

 領主や領軍といった多くの随行を伴って。腰まで伸びた綺麗な白髪を揺らしながら、傍らには出来の良い白髪の弟の手を取り、視線は母に似た黒髪のノルトリムや白髪のカリムに目もくれず、妾であるニイサに「ただいま」と笑いかけて。隣のノルトリムとカリムという実子がいるにもかかわらず、まるでいないものかのように。


 コウハクは領主達を一瞥して、早々に帰らせ、自分はニイサの手を取って、屋敷の中に入っていってしまった。この間、出迎えに来ていたカリムとノルトリムは終始彼の視界には映っていなかった。

 呆然とするカリムとノルトリムに、遅れて屋敷の玄関へと向かう白髪の少年、サワリムが呆れたように口を開いた。


「ノルトリム、カリム。お前達は懲りないな。父上に親愛の情を恵んでもらいたいなら、ここで出迎えしてる場合か? 一刻を惜しんで勉学に励み、自己を高め、己の価値を示す方がよっぽど効果的だぞ。俺達は王族の血を引くとはいえ庶子だ。価値を示さねばいらんと言われて終わるぞ」


 姉や兄なんてどうでも良さそうな弟に、カリムは腹が立った。この弟は物心ついたときから二人のことを呼び捨てにする。心底姉や兄とは思っていないのだ。


「ちょっと才能があるからって高みの見物かよ」


 カリムの反論に、サワリムは目を丸くして驚く。


「驚いたな。そんな言葉を覚えていたとは……もっと馬鹿だと思っていたが……まあ、いい。気を悪くしたならすまないな。別にお前達がどうなろうと俺が知ったことじゃないし、どうでもいいことだ。ただ、筋違いな努力は努力とは言わないのだと教えたかっただけなんだ。これでも、志は学士のつもりなのでね」

「弟のくせに、余計なお世話だ」

「違いない。俺より長く生きている先達には無用だったな」


 達観したようなサワリムの言動がとかくカリムは嫌いだし、きっとこれからも好きになることはあるまいと思う。

 サワリムを見送って、カリムは何も言い返さなかった姉を見た。

 頬を膨らまし、目元に涙を浮かべる姉に、カリムは自分の胸も締めつけられるような嫌な心地がした。


「俺だって頑張ってんだよ。……お前は知らねえだろうけど」


 既にサワリムはいないのに、そんな言い訳が口を突いて出た。

 肩を落として、屋敷に戻る。


 +++


 夕食はみんな一緒に。

 ニイサとカリム、ノルトリムがした約束だ。

 出迎えを無視されてしまったけれど、これは母と交わした約束だ。父であるコウハクとの面識がほどんどないノルトリムとカリムにとって、大好きなニイサの言うことは絶対なのだ。

 なので、夕食の際、父であるコウハクからこの場にいることを不思議そうに見られたとしても残るのだ。泣き出したい気持ちに詮をして。


 夕食は長机に料理を並べて行われた。

 靴は脱ぎ、座椅子に座り、上座にコウハク、側にはコウハク付きの使用人が酒を注ぐ。隣にはニイサが座り、コウハクに身体を預けている。少し距離を空けてサワリム、ノルトリム、カリムの順に一列に席につく。

 夕食は基本的にコウハクの独壇場だった。

 酒を次々と呷り、元来の美形をだらしなく崩し、ヘラヘラと笑いながら都でいかにサワリムが優秀であったか、ニイサに自慢する。

 カリムにはその顔を見ると無性に腹が立って、顔を背ける。


「我とニイサの子、サワリムはやはり優秀だ。式魔封術という生来の才能もさることながら、莫大な魔力量、精密な魔力制御、加えて大炎帝国の学祖雲海の属性相克の原理と汎用属性式への深い理解。既に知識の上では理術学派の基本は習得済みだと、あの理術学派の座主クウガに認めれた才は天才であることの証である」

「大したことではありませんよ、父上。私はできることをしているだけに過ぎませんから」

「言いよるな、こいつめ」

「す、すごいのですね、サワリムは」


 上機嫌のコウハク。淡々としたサワリム。その二人に挟まれて、ニイサは若干居づらそうにしているようにカリムには見えた。

 カリムはできるだけ物音を立てないように食事を摘まむ。居心地が悪くて食欲は失せていたが、それくらいしかやることがなかったのだ。


「サワリムは庶子ではあるが、その才は他の私の子とは一線を画す。私も誇らしいものよ。せっかくソーカルド領に戻ったのだ。領主に命じて護衛を派遣させ、式魔封術に用いる魔物を捕らえに行くといい。天より授かりしその才、死蔵する道理もない」

「ありがたく。いつまでもゴブリンだけの式魔封術では名折れでしょうから、安全に式魔を得る機会を無駄には致しません」

「心配などしておらん。お前は期待を裏切らんからな」


 カリムは不快で仕方なかった。

 天才の弟だけが手放しで褒められている。確かに才能はあるのだろう。サワリムが一読しただけで習得した魔力感知すら、半年経った今でも感じられないカリムより。

 だが、カリムだって理術については学んでいるのだ。先ほどコウハクの述べた大炎帝国の属性相克の原理にしても、汎用属性式にしてもカリムは理解している。

 大炎帝国というところで火・水・風・土といった現象を再現する汎用属性式が生まれ、汎用属性式によって引き起こされる理術は属性ごとに有利不利があるってだけのことだ、とカリムは胸の内で言い放つ。


 大したことじゃあない。俺にだってわかることだと言ってやりたいけれど、言えない。

 王を目指して、カリムが理術を学んでいると知ったニイサからの忠告なのだ。

 王様になりたいなら、それを他人に口外しては駄目だと約束していたのだ。

 ニイサからすれば、王になりたいという言葉を軽々しく吹聴しないように言ったのだが、カリムには細かい意図は理解できなかった。そういったところは普通の子どもである。ただ、王になるための努力を言ってはいけないと漠然と思っていたのだ。


 だから、要らぬ思考が頭をよぎってしまう。

 サワリムは理術を学び、賢いことを褒められている。自分も理術を学び、頭が良いと分かればコウハクに褒められるんじゃあないかと。おまけに王様になりたいなんてサワリムにはない目標があると知ってもらったら、サワリム以上に褒めてもらえるんじゃあないかと。

 判断には理屈ではなく感情が優先された。

 王になるため、何事にも挑戦してきたカリムにとって自重するという考えは浮かばなかった。

 むしろ、ニイサだって間違えることはあるんだと、自分のことは脇において決めつけてしまった。


「あのっ、父上!」


 カリムが大きく声を発したとき、コウハクは音に反応して目を向けた。

 目が合ったことでカリムは気分が高揚していた。自分に興味がなかった父の意識が向いている。ならば、全力でアピールするのだと。


「えっと、私も理術について学んでいます! ま、まだ魔力感知は出来ていませんが、属性相克の原理と汎用属性式については理解できていると思います。あっ、それと、私には夢があって、いずれ王になれたらと思っています!」


 ――――。

 夕食の間を静寂が支配した。

 全力のアピールの終え、頬を上気させていたカリムだったが、動きを止めたコウハクと、悲しげに顔を伏せるニイサに、何か自分が思い描いていたものとは違うことを悟った。

 隣を見ると、サワリムが額に手を当て、「……よりによってそれを言うか」と天を仰ぎ、憐れむような目をしながら、


「カリム、属性相克の原理と汎用属性式を理解していると言っていたが、本当に理解しているのか?」


 と尋ねた。後にカリムはこの質問が話を逸らそうとサワリムが気を遣ってくれたのだと知るが、今は挑発しているようにしか思えなかった。


「当たり前だ、俺は噓は言わない。大炎帝国で火・水・風・土などの属性を再現する汎用属性式が生まれ、汎用属性式によって引き起こされる理術は属性ごとに有利不利があるってだけのことだろう」


 カリムの説明に、サワリムは目を丸くする。


「さっきも思ったが、本当に勉学に励んでいたのか。まあ、属性相克の原理と汎用属性式の説明は酷く大雑把ではあるが核心はついている。どうやらカリムは本当に勉強に励んでいたようですよ、父上」

 

 サワリムはそう話しかけるが、コウハクは返事をしないままに立ち上がり、席につくカリムの腕を強引に持ち上げる。


「カリム。ちょっと話があるから来なさい」


 怒鳴ることはなかったけれど、コウハクは虫を見るような冷たい視線でカリムを見下ろしていた。

 カリムの意思に関係なく、コウハクはカリムを廊下に連れ出し、引きずりながらコウハクの部屋に投げ入れた。

 コウハクは優しい笑みを浮かべながら、座り込むカリムの肩を握り潰さんばかりの力で掴む。


「いいかい、カリム。お前が王になることはありえない。お前は王族である私の子どもではある。しかし、庶子でしかないんだ」


「カリム、頼むからその滑りやすい口で自分のことをツチツカミとは名乗らないでくれ。ツチツカミは王族が名乗るんだ。だから、お前は名乗れない。ただのカリム。お前はそれだけだ。ニイサは卑賎の身でも私の愛する妾だ。そして、私は紛れもない王族だ。しかし、お前は違う。お前はただのカリムだ。ゆめゆめ忘れるな」


「もしもお前が許しなくツチツカミと名乗ったその日には……殺す。肉片一つ残さず始末する。私が持つ全ての伝手を使って殺す。わかったかな? これは絶対だぞ」


「ああ、それとな、サワリムならばともかく才なきお前が成人を迎えることもない。才なき卑賎が夢を見るな。目障りだ」


 その後。

 カリムは眠った。どうやった寝床まで歩いたのかは覚えていない。ふらふらと彷徨いながら自室までたどり着き、眠った。

 興味を持たれていなかった父親から、明らかな拒絶を突きつけられたのだ。カリムの心はズタズタで、心に形があるのなら酷く不安定な形であったろう。

 あまりに衝撃的な出来事にカリムはこの日の記憶をはっきりとは覚えていない。

 ただし、この日からカリムが王になりたいと口にすることはなくなった。

 そして、コウハクとサワリムを避けるようになった。

 ――王になりたかった少年の夢を砕いたのは、父親の無慈悲な宣告だった。

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