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大王は神にしませば  作者: 赤の虜
第一章 雲散霧消
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第十六話 スタンピード②

カリムはスタンピードでは出てきませんので、どんどん進めていく予定です。

どちらかと言うと、スタンピードのメインは弟のサワリムです。

 狂乱した魔物が田畑を踏み荒らす。

 ゴブリンに、コボルド、フォレストウルフ、蛇といった魔物が我先にと大挙する。

 彼らに理性はない。しかし、本能的に感じていた。

 生き残るために、とにかくムテンタ領から遠くへと離れなくてはならないと。

 立ち塞がる者には襲い掛かり、踏み台にしてでもより遠くに逃げる必要があると。

 

 千に届かんばかりの魔物の軍勢に対し、領軍は百二十の常備兵で迎え撃つ。

 先頭には刻印騎士団団長のガルムを筆頭に、優れた戦闘能力を発揮する刻印騎士を随所に配置している。彼らの働きによって、各戦線を維持することが領主ギルダの狙いであった。


「しかし、スタンピードか。……多いなあ」


 ガルムは面倒くさそうに身の丈ほどある大剣を肩に担いで、顔をしかめていた。


「それでカリムの弟君とバイロン殿は最前線に何用で?」


 とガルムは隣で紙の束を手にしたサワリムと儀礼用に見える細剣を腰に装備したバイロンに問う。

 問いにはサワリムが言動で応えた。


「式魔術式起動。フォレストウルフ形成五、継続時間三〇〇、強度設定五、術式開放」


 サワリムの手に持った紙、そこに記されていた意匠が抜け出し、青白く発光。

 彼の周囲を取り巻くように五体のフォレストウルフが出現する。


「私の術式は、このように魔物を使役する。ゆえに、乱戦になってからでは見分けがつかず、戦力になるどころか邪魔になるでしょう。だから、最初の衝突で消耗する兵士の代わりに魔物を使うつもりです」


 平然と使役する魔物を肉壁として使うつもりのサワリムに、ガルムは頬を引き攣らせる。


「おっかないガキだ。……まあ、それでもここには俺がいる。そんな便利な力があるなら、もう少し距離をとって活用していただきたい」

「ふむ、道理ですね。前線はどこが欠けてもいけない。わざわざガルム殿がいる側で力を振るうのは戦力の無駄遣い。わかりました。学士バイロン、場所を変えましょう」

「ええ、そうしておきましょうか」


 あと数分とかからず、魔物の軍勢と会敵しそうであるというのに、フォレストウルフに騎乗し、悠々と配置を変えるサワリム達にガルムは舌打ちする。


「気味が悪いな。これから命懸けの戦いがあるっていうのに、どうしてそんなにも余裕でいられるんだか……」


 ガルムは彼らの余裕がありがちな己の実力を履き違えたものでないことを祈るばかりである。

 そして、いつまでもそんな思考に時間を割いている余裕はガルムにはない。

 命知らずの魔物という一番質が悪い厄介者が我先にとガルムに飛び掛かって来ていた。

 その一番槍の魔物達は、ガルムが片手で大剣を一閃することで一蹴した。


「俺の所で勢いを止めておかないとなあ……」


 相変わらず怠そうだが、実力は本物であった。

 ソーカルド領刻印騎士団団長。

 刻印術式『身体強化:黄珠』。

 数ある刻印術式でも身体強化の術式はありふれたものだが、王の私兵であり精兵である王剣百士を除いて、黄珠の身体強化を持つ者は少なく、その所持者はその身体能力だけで刻印騎士団団長になるくらいにはレアであり、強い。

 他の戦線が魔物を迎撃しながらも、じりじりと押し込まれていく中、彼がいる戦線だけは流れに逆らうように。そして、魔物の軍勢に楔を打つように前進を続ける。


+++


 そして。

 もう一つだけ、魔物の軍勢に対して、優勢を保っている戦線があった。

 それがカリムの弟であり、コウハク・ツチツカミの子、サワリムとその家庭教師のバイロンがいる戦線である。

 ちなみに、領主のギルダは遊撃として被害の大きい戦線から戦線へと転戦しており、コウハクは別荘地でニイサに心配いらないと励ましていた。彼からすれば、庶子とはいえ実子が参戦しているのだから、これ以上ソーカルド領に尽くしてやる義理もないという考えであった。

 ゆえに、奮戦しているのはサワリムとバイロンがいる戦線だ。

 

「しかし、学士バイロン。やはりアマガハラ王国の特化術式……確か刻印術式でしたか。やはり肉体をその術式に特化させるだけあって、凄まじいものですね」

「そうですね。我ら理術学派にはない系統ですからね。学士サワリム、あなたは運がいい。生まれ故郷にこれほど珍しい術式があり、それを知りながらも、インダルと大炎帝国で育まれた理術学派の理術を学べる環境にあるのだから」

「そう言われると確かに私は運が良いのでしょう」


 吞気に雑談を繰り広げている二人だが、周囲は魔物で溢れ返っていた。

 けれど、二人に緊張感はない。

 開戦前に式魔封術で生み出していたフォレストウルフ達など、騎乗していた魔物を含めて既に倒されているが、それでも二人は平静なままだ。

 サワリムは彼の身長に合わせた小さめの剣で、後ろに目がついているかのように振り向き様に魔物を切り捨てていき、バイロンは剣を一閃するごとにガルムのように魔物を吹き飛ばして間合いを確保していく。


「仕方ないこととはいえ、学士バイロン。スタンピードが終結したら、是非とも私も魔剣が欲しいな。一応、未熟な魔言でも身体強化はできるが、今日のように多勢無勢だと圧し負けてしまう」

「私にではなく、座主に頼みなさい。あなたは目をかけられているのだから、それくらい叶いますよ」

「不確定要素が多すぎる。口利きを頼みたい」

「嫌です」


 吞気な会話を続けていても、二人の活躍は傍から見れば、一騎当千のそれであった。

 兵士達にとって、自分の子どもと変わりない、もしくは子どもよりも幼いサワリムが身の丈をはるかに超える巨大蛇や無数のゴブリン、フォレストウルフを切り殺し、ときに蹴り飛ばしている光景はあまりにも非現実的であった。

 

 そして、夕日が沈みかける頃には多くの魔物の死骸が大地を埋め尽くし、その中には少なくない数のソーカルド兵の姿も見られた。


「学士サワリム。魔力の消耗は?」

「残り三割……いや、二割くらいですかね? まだまだ空気中の魔素の活用が甘いようです」

「いえ、十分でしょう? 魔素への働きかけは理術学派でもまだまだ研究途上の難題ですから。……むしろ、その若さで解決できたなら、世界中の学士の嫉妬で殺されます」

「おお、怖い怖い。しかし、それが叶うなら……殺されてもいいかもしれない」


 二人は会話を続けながら、魔物の死体の山を築き、怠そうに大剣に寄りかかるガルムの元に到着する。


「ああ、生きてたのか? というかあんなに強かったのか、お前ら。途中で視界に入ったが、魔物一体倒すのに一瞬とは恐れ入る。今後ともソーカルド領とは仲良くしてくれよ。敵に回ると面倒だ」

「ええ、私達もあなたのような強者とは敵対したくありませんから」


 ニッコリと微笑むバイロンに、嫌そうな顔をするガルム。

 魔物のスタンピードは終着へと向かおうとしていた。

 

「式魔術式起動。ウイングラビット形成、継続時間三五〇、強度設定六、術式開放」


 急に式魔封術を発動したサワリムに、ガルムは大剣を向けて警戒を示す。


「何のつもりだ?」


 それに対して、サワリムは何でもないように、


「どうやら遅刻してきた魔物がいるみたいです。しかも、今回スタンピードの一番の大物のようですよ……」


 サワリムが促すと、タイミングよくそれは現れた。

 口から火炎を漏らす大柄の赤鬼。肉体は引き締まり、背後にはアーチを描くように五つの火球が浮遊する。

 太く長い一角はあることを示唆していた。


「ああ、最悪だ。よりによって、属性持ちの鬼王かよ、ついてねえ」


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