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大王は神にしませば  作者: 赤の虜
第一章 雲散霧消
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第十五話 スタンピード①

今回はちょっとスタンピードの背景とか諸々について触れていく回です。

 ソーカルド領政庁前に、急造の天幕が一つ。その天幕から東側に戦支度を整えたソーカルド領の百二十の常備兵とテントが散見している。そして、そこからさらに東側には急造の木の柵が東方向から来る脅威に備えるように並び立ち、等間隔に設置された櫓には物見の兵士が常に張りついて警戒を続けている。

 霧狸の森へと赴いていた子ども達をガルムが伴って帰ってきたのが数刻前。日差しが徐々に傾き、もうしばらくすれば夕日が拝める頃合い。

 領軍は魔物のスタンピードに備えていた。

 迎え撃つ準備はガルムの報告がきっかけだった。昼前、コウハクの接待をしていたギルダの所に息を切らしたガルムが飛び込んできて、霧狸の異変を伝えた。

 その後の対応は存外に早かった。アマガハラ王国にとって神威獣の異変とはこれまで類を見ない非常事態であった。その脅威度もはっきりしない未曾有の危機に、しかして、その場の最上位者であるコウハク・ツチツカミは領主に未知に備える許可を出した。

 宮中で培い、これまで彼の命を救ってきた直感が告げていたのだ。

 ――――備えるべきだと。

 

 そういった事情もあって、領軍はソーカルド領の四方に身体能力に優れた刻印騎士を派遣し、すぐに霧狸の森から南東に連なる濃霧地帯、そこから先に南東に連なる山々を駆け下りる軍勢の土煙を知ることになる。

 しかし、気づくのが遅すぎた。

 山向こうの民の生存は絶望的だし、山の麓の民の避難もまた予断を許さない。

 それゆえに領軍は前線拠点を政庁前に設置。その隣にある領主邸は避難してきた民の避難場所として開放する運びとなった。

 現状、急造ではあるが戦支度は整っている。しかし、民の避難はまだ継続中で、その数も万全とは言い難い状態であったが、猛烈な勢いで押し寄せる魔物達に言葉での静止など通用するはずもなく。戦って食い止めなくては避難した民の命さえ危ない始末。

 ソーカルド領は存亡の危機にあった。


 司令部天幕。

 諸々の事情で以て、緊張感に包まれた空間でソーカルド領の地図を囲む面々。

 カリムの実父である王族、コウハク・ツチツカミ。

 そして、その子で神童、サワリム。

 理術学派より派遣されているサワリムの家庭教師であり、学士バイロン。

 ソーカルド領領主、ギルダ・ソーカルド。

 ソーカルド刻印騎士団団長、ガルム。

 以上五名。


「まあ、比較的マシな形に落ち着いたと言えますね。私の家族が霧狸様の異変にいち早く気づいたおかげで、少なくとも何の備えもなくスタンピードの対処をする必要はなくなった」

「サワリム殿。聞き捨てならんな。今もなお魔物の脅威はソーカルド領を蝕み続けている。その結果がマシとはどういう了見か?」


 淡々と意見を述べたサワリムに、ギルダは鋭い目つきで問いかける。

 ギルダはそもそも所領の危機に、サワリムのような年端もいかない子どもが天幕にいることが気に食わなかった。天才であろうが、今はこんな子どもの相手をしている場合ではないし、どうにか追い出せないものか、と。


「最善ではないがマシではあるでしょう? 被害は出たが備えはできた。……それに期せずして、私の兄とその友人がキング・ライダーという名のある不穏分子を倒してくれた。私にとっての最悪は、ソーカルド領がスタンピードで壊滅状態に至り、そこにキング・ライダーという山賊が死体漁りをしたかもしれないというものなのです。それに比べれば、今はやはりマシというべきでしょう?」


 冷静に、あくまで理性的な返答を続けるサワリムに、ギルダはそれ以上の文句を言い様がなかった。癪ではあるけれど、感情論抜きに考えれば納得できる内容だったからだ。

 

「コウハク殿は優秀な兄弟をお持ちなようで羨ましい限りです」


 怒りが抑えられず、日頃は絶対に口に出さない嫌味をコウハクに告げてしまうギルダ。


「サワリムはともかくもう一人は考えなしの愚か者だ。たまたま名のある山賊を討ったようだが元々はアレの勝手な行動が貴殿の娘を危険に晒したのだ。何なら事後に殺してくれてかまわん」

「は? い……いえ、私は気にしておりませんから、処刑など以ての外です!」

「そうか? ……本当に気にしないのだが」


 体よく邪魔者が処分できず、残念そうなコウハク。

 そして、予想外すぎる返答に混乱するギルダ。仮にも庶子とはいえ、自分の息子だろうにサワリムとカリムではここまで対応が違うのかと度肝を抜かれていた。

 それはガルムも同じで、これはカリムとの溝がここまで深いものだとは思っていなかった。

 啞然とする二人を見て、サワリムの家庭教師であるバイロンはため息を吐く。


「やれやれ。子どもの話をするのは結構だが、今はスタンピードへの対応を話し合うことも方が先決では? ギルダ殿。少し尋ねたい。今、我々はソーカルド領の北西の政庁前に陣取っているが、この配置の意図を説明していただきたい。領主のあなたなら大まかな情勢くらい知らされているでしょう?」


「私は理術学派の人間だ。この命、この世の理を解するためにあり。無垢な民のように事情も知らされず、訳も分からずアマガハラ王国のために命を懸けるわけにはいかない」


 バイロンの問いに、ギルダは言いづらそうに口を開く。


「……北方の蛮族、バルバリアントの反乱だ」

「バルバリアント?」


 サワリムが疑問の声を上げたが、彼以外の者達もまた訝そうに眉をひそめていた。

 魔物のスタンピードと蛮族のバルバリアント。両者がどう繋がるのか理解できなかったのだ。

 バルバリアント。

 北方に位置する蛮族で、アマガハラ王国は彼らに対し、築城と移民政策による緩やかな支配を形成してきた。戦をするにしても、一部の反抗する部族の鎮圧という側面が強く、彼らの行動が如何してスタンピードという大事。本来、その二つは別の問題ではないのか。

 そういった疑問を持つのが普通だった。


「いや、根本的な原因はもっと前に遡ることになるのか。先帝シャルム陛下を退位に追い込み、都を暗雲で覆った疫病と紫珠の水龍の暴走。発端は厄災の年になる」

「アマガハラ王国を遍く護る、王の地鎮。厄災の年はその地鎮を大きく乱すことになった。そのことはコウハク様もご存知でしょう?」


「ああ。宮中は蜂の巣をつついたような騒ぎだった」


「今回のスタンピードはその歪みを正そうとしたシャムトリカ王の一大政策、祭壇鎮護の儀、その失敗による弊害です」


 祭壇鎮護の儀。

 この儀を説明するには、アマガハラ王国が成り立ちから知らなければならない。

 この話は学校に行けば、全ての民が知る歴史である。


 ――――王都にある高濃度魔素噴出口。俗称、黒穴。

 近隣の著しい魔素濃度は人や魔物には莫大すぎて、毒になる。本来、人類の生活圏は黒穴よりはるかに離れたところに点在しており、高濃度魔素に適応した原生種、アマガハラ王国での神威獣との共存など有り得ないのだ。

 しかし、アマガハラ王国の初代国王、ジークムント・アマガハラはその才覚で以て高濃度魔素に適応した。彼は世界でもかなり希少な人間の一人だった。

 彼は高濃度魔素に適応し、原生種と同様の存在となり、その類を見ない隔絶した力によって、魔力ではなく大気中の魔素を操り、アマガハラ王国の所領全ての魔素濃度を薄め、今日まで人の生活圏を保ち続けていた。

 祭壇はアマガハラ王国の四方にあり、代を重ねることで劣化するアマガハラ王の力をブーストし、地鎮を補助する用途がある。

 未だ祭壇なしでも地鎮を維持できるアマガハラ王ではあるが、今回のように地鎮に意図しない歪みがあった折には、祭壇を利用して歪みを正し、再び地鎮の維持に努めるのだ。

 しかし、今回はこの祭壇鎮護の儀の最中に、祭壇の一つが破壊され、北方のバルバリアントに接するムテンタ領の魔素濃度が急激に上昇し、スタンピードが発生したのだ。


 そこまで説明されて、サワリムはようやく事態を理解する。


「なるほど、そういうことでしたか。儀式中に祭壇、スタンピードの内容から少なくともムテンタの祭壇が破壊され、祭壇鎮護の儀が失敗した」

「……ああ、そういうことだ」

「ふむ……ならば参加する意義もありますか。協力者には王家からお礼をいただけそうだ」

「バイロン殿! そういった物言いはやめろ!」

「これは失礼」


 サワリムは一点、疑問が残る。


「ムテンタの民は無事なのですか? 急激な魔素濃度の上昇なら、人も影響を受けるはずです」

「被害がなかったわけではないが、軽微ではあるようだ。厄災の年より理術学派から取り入れた結界術式が効果的だったらしい」

「なるほど。色々と質問に答えていただきありがとうございます」


 情勢を理解し、天幕内は本格的にスタンピードへの対処を話し合う。


「補足だがムテンタ領のスタンピード自体は王の私兵、王剣百士が鎮圧、後詰めに騎士団から一個師団が派遣されており、王都の防御は薄い。そして、王剣百士も明日には王都に戻るとのこと」

「つまり、スタンピードへの対処は殲滅ではなく耐えることが目標になるのか」


 コウハクの理解にギルダは頷く。


「はい、だからこそ大規模に民を収容できる領主邸や政庁前に拠点を置き、耐える方針です。もちろん、スタンピードの影響が考えられる南方のカイルガ領、西方のミノウミ領には早馬を派遣しています。……一生恨まれるでしょうが、正面衝突したらソーカルド領が滅びますから」


「ああ、バイロン殿やサワリム殿がもしも参加されるのでしたら、領軍とは足並みを揃えていただきたい」


 完全にサワリムとバイロンのことを信頼していない物言いに、二人は特に機嫌を悪くすることなく頷く。


「当然でしょう? 子どものままごとではないのです。重要なのはスタンピードへの対処であって、自慢の種を植えに行くことではない」


 どこまでも年に合わない受け答えをするサワリムに、ギルダは会ったことのないカリムに同情した。

 こんな優秀な弟がいれば、さぞ生きづらいだろう、と。


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