第十四話 霧狸の社探検隊とキング・ライダー⑨
VSキング・ライダーはこれで終わりです。
紫紺の奔流がキング・ライダーを貫いた。
右の二の腕から肩、胴体を貫通した魔力はその後、紐解くように力が分散していき、木々に無数の爪痕を残して消滅した。
幸いタムマインや避難させていたノルトリムには危険はなかった。セナについても、虎とキング・ライダーを引き離す際、気を失ったままの彼女を避難させられるほど余裕がなかったが直撃はしなかった。
カリムが意識したというより、運が良かったと言うべきだろう。
だが、強制的に目覚めた魔力を瞬時に空にしたカリムは意識を失っていた。
扱えない力で自滅するよりは良かったかもしれないが、敵は未だに健在であり、状況は予断を許さない。
依然としてタムマインとホワイトフレイムタイガーとの戦闘は終わっていない。
それに……。
「……いってえなあ。いやあ……まいったな」
貫通した部位から出血し、口からも血を流すキング・ライダーだったが、ふらふらとしながらも、なんとか意識を繋いでいた。
「残ってるのは……ちっ、よりによって左だけだよ」
悪態を吐きながら、死に体のキング・ライダーがカリムを見下ろす。
「クソガキが! やってくれたな!」
力の限り、吐き捨てたキング・ライダー。
しかし、すぐにカリムに背を向ける。
「今すぐにでも殺してやりてえが……お前なんかより大事なものが俺にはある!」
キング・ライダーが振り向けば、弾丸のように後方へと吹き飛ばされる小さな影。
飛んできた方角へと目を向けると。
そこには牙を剥き出し、食いしばり、身体中の筋肉が不自然に膨張し、苦しむホワイトフレイムタイガーがいた。
「辛いよなあ、テンマ。それもこれも……あんのクソガキが俺様の刻印術式をぶっ壊しやがったせいだ!」
「……そして、それを許した雑魚な飼い主のせいだ! クソ野郎が!」
ゆらゆらと、キング・ライダーは虎へと歩み寄り、瀕死の身体に理性を失った虎の鋭い牙を深々と突き立てられた。
「ははは……じゃれるなよ。すぐに楽にしてやるからな」
致命傷のキング・ライダーはそれでも優しく笑う。
力の限り、嚙みつく虎を撫でて、刻印術式が刻まれた左手を強く頭に押し当てた。
急な術式破壊で暴れ回る虎の体内魔力を安定させていく。その間、虎は嫌がるように牙を立て続けたが、キング・ライダーが止まることはなかった。
既に彼は痛みなんて感じなくなっていた。
「相棒……俺は死ぬけどよお。お前は道連れにはしねえ。そんなダセい真似はキング・ライダーらしくねえ」
キング・ライダーは虚ろな目で、遠くを見つめる。
その視線の先にいる、木陰に隠れて顔を覗かせる、威厳の欠片もない狸の神威獣を。
「……ちょうどいいや。無理は承知で……頼みたい。偉大なる神威獣よ、願える立場じゃあ……ねえんだが、俺が死んだらテンマのこと、頼んでいいかい?」
霧狸は少し天を仰いでから、「キュッ」と頷いた。木陰に隠れながら。
それを見て、キング・ライダーは脱力する。
「ありがとうございます、神威獣よ。恩返しってわけでもねえが、クソガキ達の命は見逃すよ。不満だらけの人生だが……悪くない終わり方だ」
キング・ライダーは相棒の暴走を止めて、息絶えた。
名の知れた盗賊の最期にしては、締まりのないものであった。
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意識が漂う。
情景がはっきりしない中、どこかに行き着く。
満開の青い花が咲く桜。
黒い地面から盛り上がり、地表に姿を見せる太い根。
その木の下で膝を抱えて、俯く少年が一人。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
揺蕩う意識の中、何かに謝り続ける少年に尋ねる。
――――どうして謝る?
すると。
少年は顔を上げ、泣き腫らした顔で一言。
「ごめんなさい。みんなに生きて欲しかっただけだったのに……」
そこで。
少年の姿がぼやけ、次いで桜がぼやけていく。
絵の具を薄めるように、見る見るうちに見る影もなく。
視界が次々ぼやけ、払い除けようとするが止まらない。
薄れて、薄れて……。
不快感を覚えて、目を開けると、カリムの目と鼻の先に霧狸がいた。
顔が濡れている。どうやら霧狸に舐められていたらしいと、カリムはうまく働かない頭で思う。
「目が覚めたか」
隣を見ると、ベッドに寝かされた全身包帯だらけのタムマインがいる。
身体を起こそうとするが、身体がまったく動かなかった。
「動けない」
「俺も同じさ。なんでもお前は魔力切れで倒れたらしい」
「魔力切れ?」
言われて、カリムはようやく思い出す。
山賊にセナとノルトリムを人質に取られ、戦っていたという記憶がある。
しかし、今の状況は理解できなかった。どのような過程を経て、自分はベッドに寝ることになったというのか。
「俺が寝ている間に何があったんだ?」
タムマインはたどたどしく事情を説明してくれる。もちろん、彼もベッドに寝たままだ。
「俺もいまいちよくわからねえんだが、なんでもお前はキング・ライダーに魔力をいじられて、なんか暴走して放出したんじゃないかって言ってた」
「誰が?」
「お前が気絶してから助けに来てくれたガルムさん」
「なるほど、ガルムがキング・ライダーと虎を倒してくれたと」
「いや……カリム、結果的にはお前が倒したことになる」
「何で?」
意味がわからないカリムに、タムマインが端的に説明する。
カリムの魔力放出でキング・ライダーが瀕死。
それでキング・ライダーの刻印術式が破壊されて、虎が暴走。
それを鎮めるためにキング・ライダーが命懸けで鎮静化。
全員が動けない状況で、虎と同じ理由で暴走したフォレストウルフをガルムが倒して、運ばれて今に至るらしい。
いまいち納得できていないカリムだが、現状は把握できた。
「ノルトリムやセナも助けられたのか?」
「みたいだぞ。なんか色々あったらしいけど」
二人は息を吐き、天井を見つめる。
「じゃあ、これで一件落着か」
「いや……まあ、むしろ本番はこっからなんだが……」
「なんだよ。もったいぶらずに言え、タムマイン」
「魔物のスタンピード。今頃、領軍とぶつかってんじゃないか」
「寝てる場合じゃないな」
「動けない奴が力になるとでも?」
「……ならないな」
キング・ライダーという格上を倒したカリム達だったが、その後には歯がゆさだけが残った。
この後はスタンピードの対応に移ります。主人公は一切活躍しません。
まあ、見せ場はキング・ライダー戦があったら良しとしていただければと思います。