第十三話 霧狸の社探検隊とキング・ライダー⑧
ホワイトフレイムタイガーのテンマの咆哮、そして彼の操る白炎が次々と霧の中で煌めく。
横なぎのブレスで大地を焦がし、球形の白炎を拡散させて木々をへし折り、燃やす。
怒涛の攻撃にも怯まず、虎と一定距離を保ち続けるタムマインには、縦横無尽に繰り出される発達した牙での噛みつき、爪での斬り裂き、体重差を利用した体当たりなど、完全に虎の独壇場であり、タムマインはひたすらに回避行動に専念する以外に生き残る道はなかった。
「ちっくしょう! いくらなんでもこれをすぐに倒すのは無理だぞ、カリム!」
文句を言いながらも、タムマインは魔物相手に奮戦していた。度重なる攻撃に擦り傷は絶えないが依然として致命的なダメージは受けていない。
それどころか、隙を見て、小さいモーションで虎の頭部を叩き、反撃も繰り出し始めていた。
霧の加護で身体能力は強化されている。当然ながら視力も強化させており、元々目が良いタムマインは初めから虎の動きは見えていた。そして、今になってようやく、虎のおおよその動きのパターンを把握し始めていた。
だから、反撃するタイミングはある。
しかし、虎を倒せるほどのダメージが見込めない。
虎の攻撃の合間を縫うような反撃には大きな動きはできない。加えて、身体強化がなされているとはいえ、元々が子どもの肉体である。掛け合わせる力の出力が少ないせいで、せっかく頭部に攻撃しても、嫌がる程度の効果しか出ていない。
「カリムと違って、寸分の狂いなく目潰しできる才能はないんだがなあ……」
虎とタムマインの戦いは膠着状態に陥っていた。
しかし、スタミナ、そして損傷から考えても、明らかに不利なのはタムマインだった。
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「お前のことは許さねえって言ったよなあ!」
キング・ライダーの大振りな蹴りが腹に突き刺さり、カリムは地面を転がる。
痛みに顔を歪めながら、立ち上がるカリムに、キング・ライダーは槍を構え、獰猛な笑みを浮かべる。
「惜しかったとは思うぜ。ああ、惜しかったろうさ。相手がこのキング・ライダー様じゃなければなあ!」
キング・ライダーとの戦いが始まってから、カリムは終始投石で時間を稼ぐつもりだった。
しかし、その計画は叶わなかった。
虎の魔物に騎乗していたときとは打って変わって、キング・ライダーはカリムの投石が来た方向へと距離を詰めて来たのだ。近づかれまいと位置を変え、投石の数を変えても槍で一蹴され、足を止めることは叶わなかった。
キング・ライダーからすれば、全ての投石を回避する必要がなかった。束で投げられたときは一つ一つの威力が落ち、身につけた防具で十分に防ぐことができるので、守るのは急所だけでいい。
そして、時間をかけずに距離を詰められ、蹴り飛ばされて、現在に至る。
タムマインと違って、カリムは善戦することなく文字通り一蹴されたのだ。
何をしても叶わないとすら思える理不尽が腹立たしくて、カリムはキング・ライダーを睨みつける。
「別によお、お前が弱いってことじゃねえんだぜ? そもそもよ、ガキと大人が正面からぶつかってガキが圧勝するなんて異常だろうが。そして、俺はただの農夫でもねえ。アマガハラ王国でも名の知れた大悪党キング・ライダー様だ。若え頃から頭脳明晰、あの嫌味ったらしい貴族共が湧いてる王立術理院で稀有な刻印術式、魔物を従えることができる『操魔術式』を獲得した天才さ」
「まあ、大嫌いな貴族共の奴隷になるなんてごめんだからよ、自由気ままな山賊になったわけだが、実力自体は刻印騎士にだって負けちゃいねえ。そんな俺様に勝つってことはどう考えても無謀だろう?」
ゆっくりと間合いを詰めてくるキング・ライダーをカリムは鼻で笑い飛ばす。
「本当に刻印騎士にならなかったのか? 実力が足りなくてなれなかったんじゃないか?」
カリムは挑発した。怒りでキング・ライダーの動きが精細を欠くようになれば、活路を見えるかもしれないと考えての行動だった。
「ならなかったんだ。故郷のカイルガ領、ビンズマ領、それと東北のムテンタ領、確か最低でもこの三つからは刻印騎士にならないかと打診されたことがある」
効果は薄かった。キング・ライダーは自己肯定のために尊大なのではなく、才覚は持ち合わせている本物だった。
それでも、キング・ライダーの視線が泳いだことをカリムは好機と捉えて木剣で斬りかかる。
直後に、下方から槍の柄で顔を強打され、地面に倒れ伏す。
「相変わらず奇襲が好きなガキだぜ。お前、山賊の方が向いてるんじゃないか?」
と言ってから、キング・ライダーは槍を手放し、左手を大きく開閉する。その手の平には円形の幾何学模様が刻印されている。
これこそがキング・ライダーをキング・ライダーたらしめる要因。
彼が身に宿す刻印術式、『操魔術式』であった。
「死ぬ前に教えておいてやろう。俺の『操魔術式』は魔物を従属させることができる。お前の相棒が相手しているホワイトフレイムタイガーのテンマも、俺の術式で従属させた。
従えることができるのは最大三体まで。俺の両手の手の平で二個、背中に一個の術式があり、この術式によって俺は魔物を使役している」
キング・ライダーは足元のカリムにしゃがみ込みながら、言葉を続ける。
「そして、この力は多少応用が効いてなあ。魔力操作能力のない人間に使えば、気絶させることもできる。そして、面倒ではあるが時間をかければ、そいつの身体の魔力をデタラメに活性化させて殺すこともできる。まあ、魔力制御ができている奴には通用しない技だがな」
意識が朦朧としながら、カリムはキング・ライダーの言葉を聞く。
身体は思うように動かず、思考もできない。
「ただじゃおかねえって言っちまったからな。俺は俺に噓をつかねえ。……じゃあな、クソガキ」
濃い紫の光の粒がカリムの頭部に舞い落ちていく。
――――ドクンッ。
今まで自分が認識してきたどの身体の部位とも違う、けれど確実に体内にある何かが栓を抜かれたように溢れ出す。
血管を通るように、暴れ回るように一瞬で、身体の隅々を巡る何か。
あまりの不快感にカリムの意識は強制的に覚醒し、吐き気や痛みが身体に至る所で感じる。
『あっ、ガァッ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
「ああ? なんだ、これ? やけに多い……」
体内で大量の生き物がのたうち回るような気持ち悪さに、カリムは声を出さずにはいられなかった。
痛みが。
苦しみが。
気持ち悪さが。
―――無限のように続き、終わらない。
それからのカリムの行動には彼の意思はなかった。
本能のままに、唐突に身体の中から現れ、暴れ回る異物を排除しなければならない。
そう無意識に判断する。
それは人間全て、どころかこの星の生物全てが用いる力であり、それでいて人間のほとんどはそれを知覚しないままに一生を終えていく力。
―――それは魔力と呼ばれる力だった。
天才の弟が呼吸するように使い、目先の敵も行使している力。
理術学派はこれを用いて理術と為し、刻印騎士はこれを用いて術式と為す。
カリムに目覚めた力はそういったものだった。
「なんだこの量は!? この多さはそれこそ直系の王族くらいしか……」
キング・ライダーが全てを言い終える前に、彼の台詞は阻まれた。
縋りつくように伸ばされた小さな手。
それから放出された規格外の魔力の奔流に、キング・ライダーは呑まれてしまった。
元々キング・ライダーという敵役は考えていなかったのですが、何か盛り上がりに欠けるかもと思って登場させました。ただし、そのまま倒すだけだとなんだか微妙な気がして、気づけば覚醒イベントに変貌していました。(-_-メ)