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大王は神にしませば  作者: 赤の虜
第一章 雲散霧消
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第九話 霧狸の社探検隊とキング・ライダー④

 カリムとタムマインは木剣を正眼に構え、あのキング・ライダーと名乗っていた男の部下三人と向き合っていた。中途半端に生えた髭や不潔な衣類に、刃こぼれした剣。

 互いに姿は見えているが、深い霧のせいで輪郭がはっきりせず、見づらい。

 カリムとタムマインは焦っていた。セナとノルトリムを連れ去られ、その上で相手は魔物に騎乗して逃走中である。早くこの者達を倒さなければ取り返しのつかないことになるだろう。


「タムマイン。猶予がないから手短に言うぞ。お前が先頭で俺が後ろだ」

「理由は?」


 タムマインもここに至ってふざける気はないのか、端的に聞き返す。


「お前の方が体格がいい。あと、初見の動きを避ける目もあるだろう。俺だと攻撃をもらいかねない」

「……だな。仕方ないから俺が肉壁やってやるよ。だから、すぐにあいつら倒してくれよ」

「任せろ。急所を狙うのは得意だ」

「納得できる返事をありがとう。安心して任せられるぜ」


 タムマインが気迫のこもった大声を上げ、三人の賊へと突き進む。

 まさか、子どもが自ら突進してくるとは思っていなかったのか、賊は慌てて刃こぼれした剣を構え直し、タムマインに備えている。

 その様子を見て、カリムはあの怪力相手に後手に回るなんて馬鹿な奴らだと笑みを浮かべる。そもそも賊は三人と数的有利を確保しているのに、わざわざこちらの攻めを許している時点で立ち回りが残念だと思わずにはいられない。なので、カリムは人間と対峙するプレッシャーを薄れさせることに成功していた。いくら訓練しようと実戦は別であるということをカリムは理解していただけに、これは僥倖だった。

 案の定というべきか、カリムの予想通り、タムマインの横なぎで先頭の賊が吹き飛ばされ、啞然としている左右の賊の内、右側の賊に対して、カリムは下から掬い上げるように木剣を切り上げ、賊の股間を強打した。

 悶絶し、崩れ落ちる賊に、左側にいた賊が慌てて、カリムへと攻撃しようと、刃こぼれした剣を振り上げるが、横からタムマインに首筋を強打され、気絶した。

 念のため、最初にタムマインが吹き飛ばした賊とカリムとタムマインで気絶するまでタコ殴りし、悶絶していた賊も気絶するまで同様にタコ殴りした。

 戦闘はカリム達の勝利で終了した。

 

「とりあえず、勝ったんだよな?」

「一応な、どうも最初のタムマインの突進に怯んでいたから、俺達の実力というよりは奇襲が成功した感じになるのか?」

「これならまだ手抜きのガルムさんの方が厄介だったな。……先を急ごうぜ。セナとノルトリムは捕まったままだ。それに相手は魔物に騎乗しているから、時間はいくらあっても足りねえだろ」

「そうだな」


 タムマインに従って、歩を進めようとしたカリムだったが、足が上手く前に進まなかった。違和感を覚えて、足元を見る。

 そこにはカリムの足をがっしりと掴み、キョロキョロと周囲を伺う神威獣の姿があった。

 黒珠の霧狸。

 ソーカルド領の民がみな尊び、敬う存在がどういうわけか足元で挙動不審になっていた。

 元々カリム達が追っていた存在が期せずして、カリムの下に現れたのだった。

 カリムは肩を竦める。


「どうやら初めての実戦に俺は緊張していたらしい。足元に霧狸様がいたのに、この目で見るまで気づきもしなかった」

「ははっ、なら俺もだな。まったく気づかなかったぜ」


 予想外の事態に、カリムとタムマインは足を止めるしかなかった。

 それは神威獣が来たから無視できないなんて殊勝な考えでもないし、セナとノルトリムのことを忘れていたわけでもない。また、彼女達の救出を諦めてはいない。むしろ、諦めていないからこそ、今ここで、霧狸が発生させている濃霧の中、無謀にも当てもなくキング・ライダーを追う選択肢はなくなっていた。

 キング・ライダー風に言うならば、チャンスが転がり込んできたのだ。利用しない手はないだろう?

 そういうことである。


+++


「霧狸様、どうかお願い致します。私の姉と友人のセナが攫われました。どうか彼らがどこにいるのか道案内していただけないでしょうか?」


 濃霧の中、神威獣に道案内のお願い。

 カリムとタムマインが霧狸に行ったことはそれだけだった。そもそもソーカルド領の民にとって神威獣は土着の神に等しい存在である。命令するなんて論外だし、カリムとタムマインのお願いだって、平時であれば一考にすら値しない愚行である。

 しかし、それでも頼らずにはいられなかったし、彼らは願う以外に解決策を見出すことができなかったのだ。己の無力を嘆いている内にセナとノルトリムがどのような目に遭うか、そんな想像をしてしまうと選択肢などなかった。情けなくとも願うのみ。

 だから、無礼と承知で頭を下げ、誠心誠意願うのだ。霧狸が欲しがりそうな対価など持ち合わせていないので、無謀だろうとひたすら願うだけだった。


「キュウゥゥゥン。キュウゥゥゥン」


 頭を下げる子ども達に、霧狸は困ったように視線を左右に振る。

 いや、困ったようにではなく、本当に困っているのだ。

 神威獣は人語を理解している。霧狸は話すことはできないが、神威獣の中には念話という形で意思疎通ができる神威獣も存在する。そうでなくても、霧狸のように意味はしっかりと通じているのである。

 しかし、それゆえに霧狸は困っていた。

 元々霧狸の社に逃げてきていたのだ。もしかしたら、脅威に近づきたくないのかもしれないとカリムは思った。


「ある程度近づいたら、霧狸様はお逃げいただいても構いません。場所さえわかればあとは俺とタムマインでなんとかしますから! どうか!」


 カリムとタムマインの再三のお願いに、困っていた霧狸は唐突に顔を上げ、カリムの足に一噛みした。

 予想外のことに痛がるカリムを無視して、次は危機を感じて避けようとするタムマインの足を一瞬で一嚙み。

 神威獣に嚙まれるという貴重な経験をした二人だったが、理不尽な出来事への怒りはほんの一瞬で冷めることになる。

 真っ先に感じたのは今までずっと不気味だと感じていた霧狸の森、その全てが鮮明に見えているという驚きであった。

 木には果物がたくさん生っていて、足元には薄く光る青白い花が点在し、小動物達があちこちを優雅に徘徊している。

 フォレスト・ウルフやキング・ライダー達のような存在のせいで、酷く恐ろしい森という印象を抱いていたカリムは自分の考えを改めた。

 本来、この森はこのような小動物達の楽園であったのだろう、と。

 そして、すぐに思い至る。

 いつの間に霧が晴れたのか? 

 不味い! もし霧が晴れてしまったのなら、このままだとキング・ライダーの逃走速度も上がってしまうのではないか? そして、セナやノルトリムを救うことができなくなるのではないか?


「タムマイン! 不味いぞっ、霧が晴れている! 急いでキング・ライダーを追わないと!」

「……う」

「タムマイン!」


 慌てるカリムに、タムマインは呆然と呟く。


「違う、カリム。霧は晴れていない」

「何を言って……」

「よく見ろ……本当に霧狸は晴れているか? よく考えろ。視界は広がったかもしれないが日差しは届いていない。……つまり、俺達にだけ霧が見えなくなったってことだ」


 道案内どころか、そんなギフトを与えてもらった? というより、神威獣は人に能力を与えることができる?

 カリムは信じられず、霧狸を見ると、そうだと言わんばかりに一鳴きされ、信じるしかなくなってしまった。

 驚く二人を無視して、霧狸はスタスタと歩を進める。

 そして、二人を振り返り、一鳴き。


「まさか、ついて来いと言っているのですか?」


 一度、理解するとカリムの順応は速かった。状況的に考えて、それ以外に思いつかなかったというのもあるが……。

 そして、返事をするように霧狸が一鳴きする。

 ――――二人は確信した。

 黒珠の霧狸は、二人を手伝おうとしてくれていると。


「霧狸様……ありがとうございます」


 ここから、霧狸という道案内の力によってカリムとタムマインのキング・ライダーへの猛追が始まった。

 このときを以て、カリムは心の底から、神威獣という存在に敬意を払うようになった。

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