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大王は神にしませば  作者: 赤の虜
第一章 雲散霧消
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プロローグ

 週一投稿です。基本的に一週間で書けた分を投稿する予定です。(`・ω・´)ゞ

 プロローグ


 雲一つない大空。なのに彼らの周囲には薄い霧が常に立ち込めている。空の向こうは澄んでいて、見通しが良いが、足元が霞むのはこのソーカルド領独自のものだろう。広い庭のある家の縁側に腰かける振袖の乙女とその崩した足に縋りつく幼児。

 二人は親子だった。

 幼児はもう己の足で立ち上がり、駆け出せる齢なれど、まだ甘えたい盛りの子どもだった。

 乙女は絹のような長い黒髪で、肌艶も良く、見る人の幾人かは二人を年の離れた姉弟だと思うかもしれない。それほどに膝に乗せろとごねる幼児に微笑む姿は美しく、若々しい。

 幼児を抱き上げ、背中をポンポン叩いてあやしながら、乙女は庭向こうのはるか先、山を越えたそのまた先にある都の惨状を思い、祈る。


「大いなる王は神にしませば、厄災蔓延る都の暗雲すらも容易く打ち払ってくれるでしょう。どうかご慈悲を……。大いなる王の御力でお救いください」

「母上、王とはなんですか? 父上は村の皆、ひいては領主様すら頭を下げてお会いします。王とは父上ですか?」


 これまで見たこともない、偉い父にすら見せたことのない、真摯な祈りを捧げる母が気になって、幼児は尋ねた。父は偉い人だから、言葉遣いには気をつけて。この優しく明るい母が珍しく、口を酸っぱくして躾けたことだから、幼児は父が王だと思ったのだ。


「いいえ、カリム。貴方の父上は王ではありません。王族ではありますが、神に等しい王ではありません」

「王族と王は違うものですか?」

「違うものです。王は奇跡を起こし、このアマガハラを遍く治めています。しかし、王族はその血縁でしかありません。王のような奇跡は起こせないのです。だから違います」

「父上が王族なら、僕も王族ですか? 王になれますか?」


 自分の顔を指差し、尋ねるカリムに、母は顔に翳を落とし……すぐに笑顔になった。


「どうでしょう? 私にはわからないけれど、カリムが王様になるなんて夢みたいなことだわ」

「なら、大きくなって、僕が王になります。母上にいっぱい美味しいものを食べさせて、元気にしてあげます。元気になったら、一緒にお外で遊びましょう!」

「そう……ね。そんな未来は素敵ね」


 笑い合う母と息子。

 カリムの母はずっと身体が弱い。子どもを産んでから以前にも増して瘦せたのだ。

 だが、ここには確かに幸せがあった。



 ――その幸せな一時は、長くは続かなかったけれど。



 都、天地宮の方角から、耳を劈くような咆哮と、立ち昇る龍の威容に、カリムを抱く母の手に力が入る。急な圧迫感に異変を感じ、恐怖に怯えた母の顔を見て、つられてその視線の先の威容を見た。

 天に登り、雲一つない大空を悠々と泳ぐ巨体。目は赤く光り、鋭い眼光は見るもの全てを射抜かんばかり。一枚一枚の透き通る鱗が光に照らされて、七色に輝く龍に親子は死を覚悟した。

 顔の向きを少し変え、大きく息を吸った龍の口から一直線に伸びる水撃。大地の上に乗っかる諸々を薙ぎ払うように、水のブレスが大地を舐めて、削り取り、残った水が痕に流れ、川ができた。

 親子には川が生まれる光景は見えなかったが、遅れてやってきた強風で、水撃の威力を垣間見た。

 暴力の化身のような龍はその後、二度ほど水撃を吐き、破壊を辺り一帯に齎した。親子のいる方角には水撃が来なかったのは不幸中の幸いだったろう。親子は蛇に睨まれた蛙のごとく恐怖で固まっていた。

 しかし、龍の暴走はすぐに鎮められることになる。

 龍の頭上。雲一つない大空より、唐突に現れた純白の巨腕によって。

 その腕を見て、母は安堵した。

 カリムはその腕の美しさに感動した。

 純白の巨腕は巨大な龍すら鷲掴みできるほど大きいが、その腕はまるで少女のごとくしなやかなだ。

 

「よく見ておきなさい、カリム。あれが王の腕です」

「王の……かいな?」


 母へと振り返るカリムの顔をそっと龍と王の腕のある方へと移して、母は口遊む。


「大いなる王は、神にしませば」


 王の腕が蜷局を巻く龍の頭をそっと押さえつけ、暴れられながらも徐々に地上へと龍の姿を隠してしまった。


「天上より出でて、その腕を以て易々と暴虐の龍に首を垂れさせる。民は祈り、王が叶える。その理に変わりなし。我もと伸ばす手は、空を切るまま」

 

 それからいくら経っても再びあの恐ろしい龍が立ち昇ることはなかった。


「あれが王…………すごい。すごいんだ。王っていうのはすごいんだ!」


 天歴329年のこと。少年は人生初の夢を見つけた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 継承順位の低い少年が王を目指す。これは中々の王道ファンタジーです。
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