第2章‐4 ジンの決意
(なんでこんなことになってるんだよ……!)
リタを背中で庇いながら、イングは心の中でそうぼやいた。
イングがこの場に到着したとき、ジンは地面に倒れており、リタは男に殴られていた。
(あれが『お父さん』……? 仲間割れしているのか?)
ふとそう思ったが、今はそんなことはどうでもいい。彼はすぐジンに駆け寄った。
「師匠! 大丈夫ですか!?」
「……えぇ。無意識に魔法で受け身を取っていました。死に損ねましたね」
「そんなことを……!」
やっぱり死ぬためにここに来たのか。そう文句を言おうとしたが、それを遮るようにジンは言った。
「それよりも。イング、お願いがあります。あの子を……リタを助けてあげてください」
「なっ……!?」
イングの頭には、反論の言葉が雪崩れ込んでいた。しかし、有無を言わさずジンは続ける。
「二人は仲間割れしているようですが、リタは創造主であるお師匠様には勝てないでしょう。そしてお師匠様に、リタの中にある魔石を渡すわけにはいきません」
「魔石……?」
「説明は後です。私はすぐには動けません。頼みます、イング」
「……分かりましたよ。ちゃんと後で説明してくださいね!」
イングは色々納得がいかなかったが、ジンは『後で』説明してくれると言った。少なくとも、今は生き残るつもりがあるということだろう。そう解釈し、イングはリタを助けに走った。
そうしてイングは、リタを背に、男……ダグラスの前に立ちはだかり、今に至る。
ダグラスは、魔法で作った剣を持っている。どれくらいの魔力を込めて作られているのかは分からないが、さしあたってはこれを捌く必要があるだろうな、とイングは考えていた。
そんな中で、衣服がきゅ、と引っ張られている感覚がした。ふと見ると、リタが不安そうな表情をして、イングの服の端を掴んでいる。
嫌悪感が体中を駆け巡った。思わず片手で、リタの手を振り払う。
「どけ、小僧!」
その隙を、ダグラスは見逃さなかった。手に持った刃を、イングめがけて思いっきり振り下ろしてくる。
(見るからに剣術は素人。よく見れば簡単に見切れる)
しかしイングは冷静にそう判断して、強めに魔力を込めて円盤状の盾を作り、ダグラスの刃を受け止めた。しかし刃は、刃こぼれはするものの、折れたりはしない。
(硬いな……結構な魔力が込めてある)
魔法の刃は脆く、普通なら一度斬ればバラバラに砕ける。ダグラスのそれが砕けなかったのは、相当な力……イングの読みでは、ほぼ全力を込めて作られていたからだと推測された。
(なら、こうだ)
イングは、刃を受け止めた盾を、櫛のような形に変化させる。櫛の部分は刃を包み込み、固定している。後は魔力を足して強度を強めてから、その両端を持ち、力を入れて捻れば……。
バキッ、と音がして、刃は折れた。同時に、イングの盾もバラバラになる。盾には、イングの魔力を全て込めたので、向こうが魔石を持っていなければ、お互い魔力切れの痛み分けだろう。
見るからに熟練した魔法使い相手に戦って勝とうなど、見習いのイングは考えていない。とりあえず専守専衛で乗り切り、ジンの回復を待つ。そう考えていた。
(こんな局面で、魔石は使いたくないだろうからな、お互い……)
そう思いつつも、片手で魔石の入った鞄にそっと触れる。いざという時は使う。そう決めていた。
その時、光の矢がイングとダグラスの間を通り過ぎていった。ダグラスが驚いて飛び退く。回復したジンの援護だった。
「イング! リタを連れて逃げてください! 早く!」
「……分かりました!」
ジンに言われて、イングはリタの手を乱暴につかみ、彼女を引きずるように走って逃げていった。
「待て!」
「行かせません」
追おうとするダグラスの前に、ジンが立ちはだかる。
「生きていたか……あいつ、仕留めそこなったな」
「私も死んだつもりだったんですがね。惨めにも、まだ生きていたいという心が残っていたようです」
「ちっ……」
舌打ちをして悪態をつくダグラス。そんな彼に、ジンは問うた。
「お師匠様、聞かせてください。私に復讐を遂げた後、あなたは何をするつもりだったんですか?」
「……考えたことも無かった。今の私には、それが全てだったからな」
「でしょうね。なら、あの子を殺して『賢者の石』を取り出し、それをどう使うつもりで?」
「決まっている」
ダグラスは、狂気をはらんだ笑みを浮かべ、答えた。
「リタを作るんだ。今度こそ本物のあの子を! 完全な生まれ変わりを!」
「そうして作った子が、本物のリタじゃないと思ったら、どうするつもりなんですか?」
「また作るさ。何度でも。いつか本物が生まれてくる、その時まで!」
「……そうですか」
ジンは頭を横に振りつつ、言った。
「すみませんが、あなたに殺されるわけにはいかなくなりました。私はあなたを止めます」
「ほう」
「今のリタを殺して、また生み出し、殺す……そんなものはリタに対する冒涜です! 絶対に許すわけにはいかない」
「お前が言う台詞か! リタを殺したお前が!」
「承知の上です! それらを全て棚に上げさせてもらって……あなただけは止めねばならない。そう思いました」
「……」
二人の間にしばし沈黙が流れる。それを破ったのは、ジンの方だった。
「お互い魔力切れのようです。あなたがアトリエで魔石を補充しないうちに、今日の所は退散させてもらいます」
「逃げるか」
「準備ができたらまた来ます。そう長くは待たせません」
「『あの魔石』は使えんぞ」
「彼女に頼るつもりはありません。私の手で決着を付けに来ます。それでは」
そう言ってジンは、残った魔力を足に注ぎ、強く地面を蹴って跳躍する。そしてその勢いのまま、その場から走り去った。
イングが戦いで作った櫛状の武器は、現実にあった武器「ソードブレイカー」を参考にしています。櫛状の溝で相手の剣を挟み、折ることもできる武器です。
本来は、普通の剣を折ることはできないものなのですが。そこは創作。