第2章‐3 その少女の心中
「やったーー! お兄ちゃんをやっつけたーー!」
地面に横になって動かないジンを見て、リタは飛び跳ねて喜んだ。
リタは心底、楽しんでいた。自分の中にある大きな力を使うのも、その力を使って物を壊したり、人を殺したりするのも、一種の娯楽のような感覚だった。子供が虫を捕らえて、いじくりまわして遊ぶのに近いか。
何故楽しいか、と聞いたら、真っ先にこう答える。「最初にお父さんにそう言われたから」。この力を人にぶつけて、遊んでごらん。逃げ惑う人を残らず薙ぎ払ってごらん。きっと楽しいよ。そう言われた。
そして実際そうした。爽快だった。自分の力は圧倒的で、人をまとめて吹き飛ばして、わらわら動く人たちを動かなくするのが楽しかった。
もっと楽しみたい。リタは強くそう思った。だから彼女は、ダグラスにこう訴えたのだ。
「ね、ね、お父さん。私、また街をひとつ壊したいなー」
「……」
ダグラスは黙っている。しかしそんなことは気にせず、リタは自分の言いたいことを続けた。
「今度はもうちょっと大きい町がいいなー。前よりもっと人が集まってるところを吹っ飛ばすの! 絶対気持ちいいだろうなぁ」
「人を殺すのは楽しいか?」
ダグラスが問う。それにリタは、満面の笑みで答えた。
「楽しい! 私がドカーン! ってやったら、みんなわー、きゃーって言って吹っ飛んでいくの! あ、でも今度はもっとじっくりやってみたいかも。面白いんだよ、昨日わざと爆発を外したら、そいつすごい表情で……」
パァン! と、乾いた音が響いた。
自分が頬を叩かれたとリタが理解するのに、少し時間が必要だった。
「……お父さん? 何するの……っ!?」
今度は顔を拳で殴られた。痛い。嫌な感覚。
なんでこんなことになっているのか分からない。リタは混乱していた。
「違うんだよ……」
ダグラスは、目に涙を浮かべ、悲しそうな表情でそう言った。
「え……」
「リタはそんなこと言わない。簡単に人を殺したりもしない。あの子は優しい子だったんだよ。そんなに楽しそうに、人を殺すだなんて、絶対言わない子だった」
そうしてダグラスは、リタの腹部を強く蹴る。小さな体が大きく吹っ飛び、地面の上にごろんと転がる。
「カハッ……お父さんの……」
リタは軽くせき込んだところで、ダグラスに対して敵意が湧いた。キッとダグラスを睨み、ありったけの力をかき集め、彼に向かって放出しようとする。
「バカーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
叫びと共に力を放った……はずだった。
「……えっ?」
何も起こらない。音も鳴らない。ただ自分が叫んだだけ。おまけに自分の中にも、大した力を感じられないのだ。
「お前の力を封じた。今お前は、ただの人間と変わらない」
ダグラスは変わった色の石を手に持ってそう言い、もう興味が無さそうにポイと後ろに捨てた。そして、右手に魔力を集めて刃を作り、ゆっくりリタに向かって歩いてくる。
「あ……あぁ……」
「リタと同じ姿、同じ声でそんなことを言うのは、あの子に対する冒涜だ。我慢ならん。『造り直し』だ。殺して『石』を回収する」
(『殺して』……? 死ぬ? 私が?)
リタの頭に、吹き飛んで動かなくなった人や、暴力を加えられた痛みが想起される。力の方も、少しも湧いてくる様子はない。
死のイメージが、ぼんやりと形になってきていた。
(助けて……! 誰か……!!)
リタは震えながら、生まれて初めてそう願った。
そして、その願いは聞き届けられたのだろうか。
「あ……」
一人の少年が、リタを守るようにその場に現れた。