第2章‐1 生まれる黒い心
そして、次の日の朝。
「無茶ですって、師匠! 一人で行くなんて!」
悲鳴に近い声で、イングはそう言う。しかしジンは、彼の言葉を受け流し、旅支度を進めていた。
「せめて近くで冒険者を雇うとかした方が……」
「これは私の問題です。私が決着を付けなければいけない。大丈夫。この件は私が、命に代えても必ず解決して見せます」
「そんな、縁起でもない!」
「ハハ……それよりもあなたには、町の人をお願いします。野ざらしでは可哀想ですからね」
昨日のうちに、二人がかりで町人の確認は済ませていた。町にいた全員の死亡が確認されている。老若男女問わず、一人残らず。ひとまず死体は並べてあるが、それだけだ。
「それと、もうひとつ。私が帰ってこなかったら、この住所の先に向かいなさい。多分あなたなら、そこでも弟子に取ってもらえます」
「だから! 縁起でもないですよ! ちゃんと帰ってくるって言ってください!」
イングはそう叫ぶが、ジンは困ったような笑顔を浮かべるだけで、まともに返事を返そうともしない。
そうこうする間に、ジンは旅支度を整えて、家を出ようとしていた。
「師匠……!」
「イング……怖い目に遭わせて、申し訳ないと思っています」
「そんな……」
「あなたには本当に助けられたし、あなたといて楽しかったです。不出来な師匠で申し訳なかったですがね」
「……」
「ありがとうございました。これからも元気で」
ジンはそこまで言って、家の外に出ていった。パタンと戸が閉まる。再び戸が開く様子もない。
イングはその場に立ち尽くし……少ししてから、ふとひとつの違和感に気付いた。
ジンがこれから戦いの場に赴くのならば、武器は必要だろう。魔法使いであるジンの武器と言えば、まず魔法だろう。
ではジンは先程の旅支度の間に、魔石の保管庫に寄っただろうか?
嫌な予感がして、イングは保管庫の鍵を手に取り、保管庫を開ける。確認。
以前見た時と、量は全く変わっていなかった。
「嘘だろう……!?」
魔法を使うには魔力が必要で、人間から取り出せる魔力が少ない以上、魔法使いが本気を出すにはまず魔石が要る。それも、あんな力を使う化け物が相手なら、魔石がいくらあっても足りないくらいだ。
要はジンは、丸腰で決戦の場に赴いたのだ。
「バカなのかあの人は……!?」
考えられる可能性はふたつ。この最悪のタイミングでドジを発揮し、魔石を持っていくのを忘れたのか。あるいは……『ジンに最初から戦う気がなく、死にに行く気で出ていったのか』。
(どうする……?)
今から魔石を持ってジンの元に向かい、一緒に戦い、勝って帰ろうと言えば何とかなるだろうか?
目の前にある魔石は8個。鞄に詰めれば、持ち歩けない量でもない。
目的地は、実はおおよそ目星はついている。ここからすぐ西のアトリエ。前に掃除中に、ジンの部屋にあった地図を見たことがある。この街から少し西に印が付いていた。多分あそこだろう。
最大の問題。あの少女とまた対峙する勇気が、自分にはあるのか? まともに当たれば、次こそは死ぬだろう。魔石があっても無くても、あの力の前では意味が無いかもしれない。
昨日味わった恐怖が、首をもたげてくる。しかしふと気付くと、それより大きな感情が膨れ上がってくるのを感じた。
(あいつのせいで町の人たちが死んだ……)
(あいつのせいで町は滅茶苦茶になった……)
(あいつのせいで師匠は死にに行くような真似をした……)
暗い、黒い感情。恨み、憎しみ。そういったもの。
(許せない……!)
気付けばイングは、行動を開始していた。ありったけの魔石を鞄に詰め込み、ジンの部屋に入ってアトリエの位置を確認。準備もそこそこに家を飛び出した。
「みんな、少し待ってて。仇を取ってくる」
並んだ死体にそう呟きつつ、イングは駆け足で町の外に飛び出した。