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魔女が生まれた日  作者: watch
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第1章‐2 惨劇に立つ少女

 その場の状況は、ひどいものだった。

 祭りを楽しんでいたはずの人々は、散り散りになって辺りに倒れている。歓声も、悲鳴も聞こえない。お酒を飲んで笑っていた男の人も、卓を囲んでおしゃべりをしていた女の人も、焚き火の周りをはしゃぎながら走っていた子供も、その辺りに無造作に倒れ伏し、動かない。

(死んで……)

 ふとそう思って、駆け寄りたい衝動に駆られた。しかし、それもできない。目の前に立っているものから、目が離せないからだ。

 人も、道具も、その場の何もかもが倒れていた。自分と、その少女以外は。

 年はイングと同じ位、15くらいだろうか。細身で、赤毛のボブカットの、可愛らしい少女だった。

 ただ、一番の問題は、『彼女がイングの知らない人間だ』と言うことである。小さな町だ、住人の顔など一通り覚えている。つまり彼女は、外からやってきたということになる。加えてこの惨状。その原因が彼女にあると考えて、間違いないだろう。

(でも、こんな女の子が? どうやって? 何故? どうして……)

「あ、まだ残ってたんだー」

 イングがパニックに陥っている間に、少女は振り返ってイングを見つけ、間延びした声でそう言う。

 本当に、何でもない声でそう言うのだ。掃除中に、掃き残したごみを見つけた時と、そう変わらない声で。

「それじゃあ、まずは……こうだっ!」

 そう言って、少女は右手に一つの光球を作り、イングに向かって撃ち出した。光球は、イングの顔のすぐ横を通り過ぎ……。

 イングの後方から、凄まじい爆音と衝撃が響いてきた。

「あ……」

 イングは恐怖のあまり、その場に座り込んでしまった。体が竦んでいる。その中で、頭だけが冷静に、状況の分析をしていた。

(今のは副武装サブウェポン……? いや、そんなはずはない。威力が高すぎる)

 副武装サブウェポン。魔法の技術を元に開発され、広く普及した武器の名前である。しかしそれは、名前の通り白兵戦の補助として使われる程度の威力で、ここまでの破壊力を持つようなものでは無い。なにより彼女の腕には、副武装サブウェポンの発動体である腕輪がない。

(じゃあ、魔法……? こんな威力の? 一回撃つのに、どれだけの魔石が必要になるんだ?)

 そもそも魔法と言う技術も、使い手の想像力次第で何でもできる物ではあるが、それには多くの「魔力」と呼ばれる力が必要になる。魔力は生物の魂から取り出されるものと言われているが、人ひとりの力だけでは大したことはできない、その程度の技術だ。最近は魔石と言う、魔力を物体化した道具も流通するようになり、魔法使いの地位も向上しつつあるが、魔石はまだ高価で、そうそう買えたものではない。

(どれだけの力を込めたら、こんなことが……?)

 戦慄するイングをよそに、少女は彼の顔を見て、その間抜け面が面白いとでも言うようにけらけらと笑っている。自分がどれだけのことをしたのか、分かっているようには見えない。

(化け物……!)

 イングの頭は、目の前の少女についてそう結論付け、硬直した。それが表情に出たのか、少女はイングを見て、満足そうな笑みを浮かべ言った。

「じゃあ、そろそろ終わりにしようかな?」

 最後通告だった。今までは遊び、これからが「本番」とでも言うかのような。そして彼女の手には、その「本番」を執行する光球が形作られる。これがさっきと同威力なら、直撃すればまず即死だろう。

「アハハッ! それじゃ、バイバ~イ!」

 イングは、そう言う彼女を見ていることしかできない。体が動かない。目線もそらせない。瞬きもできない。ただ死が訪れるのを、見ていることしかできない。

 唐突に、イングの視界から少女が消え、暗くなった。

(俺……死んだのか?)

 イングはそう思ったが、どうやら違うようだ。よく見ると、少女とイングの間に、割って入った物があるらしい。

「師匠……?」

 よく見ると、目の前にあるのは、師匠であるジンの背中だった。今イングは、彼の背中に庇われている。

 助けて、とも思った。逃げて、とも思った。何もかもがない交ぜになって、言葉が出てこない。しかし次に聞こえてきたのは、意外な声だった。

「リタ……!?」

「ふーん……あなたが『お兄ちゃん』かぁ」

 絞り出すようなジンの声と、物珍しそうな少女の声。少女はそのまま続ける。

「お兄ちゃんはまだ殺すなって、『お父さん』から言われてるんだよね。残念! ここまで!」

 イングの耳には、足音が聞こえてくる。本当に踵を返して帰っていくらしい。

「ま、待ってください……本当にリタなんですか? 君は……」

「嫌。教えたげない。あ、でも、お父さんからの伝言はあったんだった」

 一拍置いて、少女は言う。イングからは顔が見えないが、さっきまでのような無邪気な笑顔を浮かべていることは、何となくわかった。

「ここからすぐ西のアトリエで待つ。お兄ちゃんならこう言えば分かるって、お父さん言ってた。ハハ、特別ご招待だ!」

「西の……」

「そ! あ、お父さん、そんなに待たないって。すぐ来ないと……またその辺の町を壊しちゃおっかなー?」

「な……!!」

「アハハッ! それじゃあまたね、『お兄ちゃん』!」

 そして、地を蹴る音がした。同時に、イングの視界の端に、少女の影が一瞬映る。跳躍したらしい。並外れた跳躍力である。

「師匠……?」

 絞り出したような声しか出なかったが、何とかイングはそう口にした。しかしジンは立ち尽くしたまま、しばらくその場を動かなかった。


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