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ボクたちのにちじょう!

作者: 成浅 シナ

「行ってきます」


家の主、まなちゃんが家から出ていく。


バターん、と扉が完全にしまってカチャカチャ鍵が閉められる音がなるのを確認してボクはゆっくりベッドから体を起こした。



ベッドからピョンと台の上に乗って、レースカーテンの隙間からこっそり外の様子を伺う。


しばらく待っていると道路をまなちゃんが歩いて行くのを見つけた。

そしてその姿が完全に見えなくなってからボクは台を降りた。


普段、まなちゃんがいる時は体を固めてじっとしているから体が疲れる。


これでもボクは幸せ者だ。

まなちゃんの家に来てもう14年。

まなちゃんはもう大学生になった。


その間、多くの兄弟が家に来ては去っていった。


だから今でも大事に大事にされているボクは本当に幸せなのだ。



「んー...ああ...」



ベッドの上に戻ると隣で寝ていた兄弟が寝返りを打った。



「んもー、もうまなちゃん行っちゃったよ。起きなよロア」


「んあー。起きてる...起きてる...」


ふわぁーと大きく欠伸をしたロアは大きな耳をパシパシ打ってゆっくり大きな頭を持ち上げた。



「おはよぉ」



「おきたぁー!」



そうこうしていると隣にあるソファの背もたれによじ登ってきた兄弟、ちょこまかと元気に走り回る兄弟が声をかけてきた。



「ネコは元気だねぇ」


走り回っている方にそう声をかけると


「うんっ!まなちゃんとに抱っこされるのも好きだけどみんなと遊ぶのも好きだもん!」


「まあ、1番若いんだ。こういうもんだろ。でも若いのに体はこの中で1番でかいから潰されそうになるのが怖いけど」


ソファによじ登ったまま天むすが「まったく」と嘆息した。


今ここにいる3匹がボクの兄弟。

何十匹もいたのに今ではもうほとんどの兄弟が旅立ってしまった。


「今日は何する?」


「んー...昼寝?」


ロアが目を閉じたままそう答える。


「さっきまで散々寝てたじゃん」


「じゃあお部屋探検?」


天むすが転がりながらそう返す。


「それももう飽きてきたなぁ」


まなちゃんが大学生になるのを機にボクたちもこの新しい街にやってきた。


でもボクたちは外の世界を知らない。

自分たちがまなちゃんたちと同じじゃないし何より外はまなちゃんなしで行くには怖い。


でもこれでもボクは兄弟の中で1番外に出ている。

まなちゃんが小さい時から鞄や車に乗せてもらってあちこち連れて行ってくれた。


ボクより4年お兄ちゃんのロアよりもかなり多い。


ロアはボクの何倍も大きいし小さな鞄にも入らない。


だからボクはいつもお出かけから帰ってから兄弟たちにお土産話をするのだ。



考えているといつの間にか全員がベッドの上に集結した。



「ーーそれでね、他のおうちに比べればぼくたちはまだ恵まれてる方だと思ったんだよ」


「え?なんの話?」


ネコにそう聞く。



「昨日まなちゃんが見てたテレビだよ。テレビに映ってたおうちではね、みんな棚とかに飾られてたの。あれは多分遊んだり抱っこしてもらったりしてないよ」


ボクとロアはその時まなちゃんとコタツに潜ってたからその番組は見てないな。


「それはやだなぁ。人間は僕たちのこと、インテリアと勘違いしてるんだよ」


ロアがそう言って耳をパタンと打つ。


「だから寄りかかったり暖を取るだけかもしれないけどぼくと天むすはこれでも幸せだなーって、ね?」


同意を求められ「そうだ」と天むすが首肯する。


「そんな悲しいこと言うなよー。その時が来るまで待とう?」


そう言うとネコはムッとした顔をする。


「そりゃナーとロアはいいよ。まなちゃんが小さい時からの1番のお気に入りだもん。毎月お風呂にも入れてもらってるしまなちゃんが家にいる時は寝るときだって一緒じゃん」


「いや、ロアは2番目だよ?」


ロアが淡々とした口調で横槍を入れる。



ボクたちは言わば最終選別で残ったメンバー。

だが、その中では序列がある。


ボクが1番、ロアがボクと僅差で2番、そしてネコと天むすが3番、4番だ。


まなちゃんが実家に帰省するときもボクとロアは毎回一緒に帰るけどネコと天むすはここに来てから1度も実家に帰っていない。



ボクたちはそれぞれ違う場所で生まれ、色んな思いをしながらまなちゃんに拾われた。




ボクの生まれの話をしよう。


1番古い記憶はガラスケースの中。

同じ見た目の兄弟たちに囲まれて狭い場所に押し込まれていた。


人間たちはボクたちを眺めてそのまま去ったり、あの怖い機械を操って兄弟たちをさらったり、さらえなくてつつくだけつついていくこともある。


だが、ボクはさらって欲しかった。


ガラスケースの向こう側に行った兄弟は嬉しそうに笑う人間の腕の中で幸せそうにしていたから。


だから待った。


ボクをさらってくれる運命の人が現れるのを。



まなちゃんと出会ったのはその時だ。


かぼちゃやコウモリの飾りがガラスを飾ってたその日。

チャイナドレスを来た小さいまなちゃんはボク立ちを覗き込んでいた。


「ママぁ!!」


そう呼びボクたちを指さして「欲しい、欲しい」と連呼する。


そしてまなちゃんのママはコインを入れて何回かボクたちを機械でつついた。


でも誰もさらわれなかった。



そしてそのまま不満顔で泣くまなちゃんはママに連れられ去っていった。


手を引かれながら何度もボクたちの方を振り向いて。




そしてそれからしばらく経ってもボクは相変わらずガラスの中にいた。


もうだいぶ兄弟は外に出ていってしまった。




ボクも残された兄弟も別のガラスに移された。


前のところよりもうんと小さくて狭いガラスに。


「ここで取って貰えないとお店に捨てられちゃうんだって」と兄弟が隣のガラスケースの中の人と話しているのを聞いた。


怖い。


せっかく生まれてきたのに。


抱っこされたり遊んでもらえる幸せを知らないまま死ぬなんて、じゃあボクは、ボクたちはなんのために生まれてきたの?



1匹、また1匹と兄弟が去る。


でもボクは目につけてもらえない。



悲しかった。



「パパぁ!!」


そんな声が聞こえた。


確か...前にもこんなこと...



そして目線をあげたとき、ガラスの向こうにいたのは少し髪の伸びた、でも前にもここに来てくれたあの女の子ーーまなちゃんだった。


何ヶ月か経って少し成長している。


まなちゃんの隣に今度はまなちゃんのパパが来てまなちゃんにおねだりされるままコインを入れた。



どうせまた続くだけなんでしょ?


連れ出してくれるのかな...


そんな相反する思いで頭がいっぱいになっていた時。


僕の真隣にいたカメさんが機械にさらわれて出口に行く。


ムッとまなちゃんは苦い顔をしたが、まなちゃんの隣にいた小さい男の子は今出ていったばかりのカメさんを取り出し笑顔になる。


「パパ!パパ!これ僕の!!」


喜ぶ男の子とは相反してまなちゃんは顔わわ歪め泣きそうだ。


「パパぁ...」


まなちゃんパパはそんなまなちゃんを見てまたコインを入れる。


そしてーー


出口に1番近い所にいたボクは久しぶりに機械につつかれた。


そのままコロンと転がって暗い場所にトスンと落ちる。


そしてニュっと小さな手が伸びてきた。


「やったぁ!!パパありがとう!!」


一気に視界が明るくなり顔を上げる。


そこには満面の笑顔を浮かべたまなちゃんがいた。


先程まで閉じ込められていたガラスケースに視線を向ける。



「やったね」「よかった」「幸せにね」そう残された兄弟たちが祝福する。



そっかぁ。ボク出られたんだ。


まなちゃんはボクを強く抱いて口付けする。


あぁ...


ボクはまなちゃんの体温を感じながら、泣いた。



それから14年。


ボクは今でもまなちゃんの胸に抱かれている。




ボクたちの一生は運命が全てを左右する。


残されるのも捨てられるのも。


残されても愛されるとは限らない。



ボクは幸福だ。


まなちゃんがいる限り。



でも、時々不安になる。


この先、まなちゃんがもっと大人になった時。ボクを連れて行ってくれるのかな、なんて思ったり。



「ーーぜいたくすぎるんだよ。ぼく達は毎日まなちゃんと顔を合わせて、暖かいおうちにいられる。まなちゃんの嬉しさも、悲しさも、共有出来る」


ロアがそう言った。


ボクとネコは同じようなガラスケース出身だけどロアと天むすはガラスケースじゃないところから来たらしい。


ロアは遠くに住むまなちゃんのおばあちゃん、天むすはまなちゃんのパパが見つけておうちに連れてきてくれた。


みんな違う。


でも同じところもある。


「見つけてもらって、よかったなぁ」


ボクがしみじみそう言うと3匹は首を縦に降った。



「うわっ」


お話したり追いかけっこして遊んでいると天むすがそう声を上げた。


「みんな!早く元の位置に戻って!まなちゃん帰って来るよっ」


テレビの前に置かれた時計を見るともう夕方だった。


『学校に行ってくるね。夕方には帰るよ。行ってきます』とまなちゃんは言って出ていったからもうすぐ帰ってくるはずだ。



またじっとしてないといけないのは大変だけどまなちゃんが帰ってきたらギュッとしてもらえる。



「じゃあ、またね!」


そうしてボクらは元の場所に戻る。


しばらくするとガチャっと扉が開いた。



「ただいま」


小さなまなちゃんの声がする。



「おかえり」とボクたち4匹はまなちゃんには決して聞こえないけど返した。



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