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優しい空 2

 レイスを送り出した後、僕と葵は彼と反対の南への街道に向かった。

理由はただひとつ。

マイナに会うためだった。

リュンヌで道中必要な食料を買い込んで、運行再開した馬車に乗ってビルドニージへ向かう。

道は2日と半日の旅路。

この前は戦いに向かう道だった街道は、今は大切な仲間に会う道に変わった。

抱いている気持ちは、前回は不安と緊張だった。

それが、今は希望に満ちている。

道は、その目的次第で行く時の感情が変わる。

当たり前の事をこんなに強く噛み締めた事は今まで無かった。

きっと、これから先この道は忘れないであろう。

隣にいる葵も、あの時と今とでは少し違った関係な気がする。

葵が勇気を持って自分の心を伝えてくれたから、僕は本当の意味で過去の関係が終わった事を受け入れられたし、前に進む決意が出来た。

この道を通る今の僕の心は、とても清々しかった。

もちろん元の世界に戻れたわけではないが、いずれ戻れるのではないか。

そんな楽観的な考え方が出来るくらいに、僕の心にはほぼ何の重みもなかった。

唯一の心配といえば、マイナの事だった。

マイナの容態もそうだが、彼女の恋人さんの事も案じていた。

元から、この戦いが終わったらすぐマイナのもとに向かおうと思っていた。

旅をして来て、ずっと助けてくれた仲間だ。

今出来る事は、彼女に会いに行くことくらいだ。

無事でいてくれれば良い。

それがただひとつの願いだった。


        ※


 リュンヌを出て、予定通りの行程で2日後の夕方頃にはビルドニージに着くことが出来た。

街は戦勝の祝いの様相で、至る所に飾り付けがされていて鮮やかだった。

僕も葵もその勝利の一端を担っていたと思うと、とても感慨深かった。

命懸けで挑んだ甲斐は、これだけでも少しはあると思った。

街は夕方で、病院の面会時間は過ぎていた。

その日は以前泊まった宿に泊まる事にした。

 面会時間は午前10時で、合図としては教会の鐘が二回鳴る。

朝、少しゆっくりと起きて朝食を取った僕らは、そのまま病院に向かった。

ちょうどいい時間だった。

落ち着かない心で、記憶を辿って病院に向かう。

マイナの病室のある病院の受付に挨拶すると、受付の女性は落ち着いた声で


「もうここにはいませんよ」


と言った。

言い方が不安を呼んだが、彼女はすぐに付け足した。


「退院して、多分まだこの街にはいると思います」


手掛かりが少な過ぎるとは思ったが、同時に気持ちが落ち着いたようで、上がり気味な息は大人しくなった。

この街にいるという事は、何処かに宿を取っているだろう。

手当たり次第に探すしかないと思って、取り敢えず受付の人に挨拶する。

それから、出口に向かった時だった。


「今まで、恋人がお世話になりました」


男の優しい声が聞こえた。

その時僕は、もしかしたら、と思った。

すぐ向き直って、彼に声をかける。


「もしかして、マイナさんの恋人さんですか?」


僕は急に話しかけたのだが、彼は至って落ち着いた様子ではい、と応じたが、それからすぐに疑問の表示になった。


「急にすみません。僕達マイナと旅していた者です」


「本当ですか!ちょうどいい、マイナも会いたがってますよ」


正直なところ、それは本当に嬉しい言葉だった。

マイナに守られた僕らは、彼女に負担を押し付けていたのではと思っていた。

そんな彼女が会いたいと思っていてくれて肩の荷が下りた気がしたし、何より意識が回復してくれて良かったと思った。

彼に案内されるままに、僕らはマイナのいる宿に向かった。

宿に着いてマイナのいる部屋のドアの前に立つと、緊張が倍になった。

マイナの恋人さんは、後ろで見守っている。

僕がもたもたしていると、後ろから葵が先にドアノブを掴んだ。

ドアが開くと、優しい風が僕らを包んだ。

マイナは、窓際に外を見ながら座っていた。

車椅子だった。


「おかえり、遅かったね」


マイナは、まだ僕らに気付いていなかった。

窓の外を見たままだから気付かないだろう。


「マイナ...」


葵が呼びかけた。

その声から緊張しているのが分かった。

少し震えていたから。

彼女はマイナに対しての感謝の気持ちが強いが、それと同じくらいに謝意もある。

きっと、話しかけるべきなのか迷ったのだろう。


「その声、もしかして」


車椅子を慣れた手つきでこちらに向ける。

僕らを見た瞬間、マイナの表情は分かりやすく変わった。

その目には、涙が浮かんでいた。


「もう、会えないかと思ってた」


「マイナ...私ね...」


「それ以上は言わないで」


謝罪が来ると察したのか、マイナは葵の言葉を遮った。


葵を見ると、時々肩を震わせている。

彼女も泣いていた。


「マイナ、よかった...」


僕が言った。

僕も泣きそうだった。


「戦い、勝ったんだね」


「マイナのおかげだよ。私辞めそうになったから...」


「あ、そうだ」


葵は、バックに入った薬を取り出した。


「様子から考えて、要らないと思うけど」


「本当にありがとう。」


彼女は僕らに深々と頭を下げて、それから後ろにいた恋人さんに薬を手渡した。


「やっぱり、私が信じた通りだったね」


今までに見た事のない笑顔で、マイナは自分がこうなる事を信じていたと言った。

ただ純粋に、その表情を美しいと思った。

恋情のある無しに関わらず、美しい人だと思う事はあるだろう。

彼女を見てそう思った。


「マイナ、その車椅子は?」


僕が他の事に気を取られているうちに、思っていた疑問を葵が言ってくれた。


「まだ怪我が完治してなくてね」


「そっか...」


歩けなくなったとかではなくて良かった。

その後に続く言葉を上手く見つけられなくて、それから黙ってしまった。


「2人はこれからどうするの?」


「まだ確実には決めてないけど、フレーヌで暮らそうと思ってるよ」


「そっか。じゃあここでお別れか...」


マイナは恋人さんとここに住むつもりだという。

別れは自然な事で、仕方ないだろう。

ただ、素直に寂しい気持ちはあって、今日でこの街を出るつもりだった僕らは、予定を変えて明日までいる事にした。

それから、その夜は4人で食事をしながら2人の馴れ初めの話や旅の中でマイナがずっと手紙を書いていた事など、他愛無いがどこまでも愛おしい話をして盛り上がった。

命懸けの長旅をして来た仲間とも、その目的を為した後は別々の道を行く。

本来あるべき姿に戻るだけだ。

それでも、名残惜しかった。

人との関係は儚いものだと、この時僕は心からそう思った。


       ※


 翌日は昼食を4人で取ると、そのまま馬車の停車場に向かった。

フレーヌに向けて旅立つ僕らを、2人は見送りに来てくれた。

馬車の時間が近くなる。


「今までありがとうね。2人とも」


マイナが言った。

僕も葵もこちらこそ、と応じる。

お礼を言わなければならないのは僕らの方だ。


「この先も時々手紙送るね」


そう言うと、葵は手紙を手に取ってそのままマイナに手渡した。


「1人の時か恋人さんと読んでね」


恐らくはお礼の手紙だろうなと、僕は思った。


馬車はそれから間もなく到着した。

最後に握手して、馬車に乗り込む。


「本当、今までありがとうございました」


「こちらこそ、元気でね!」


マイナも葵も、最後は泣いていた。

馬車は動き出す。

寂しいからなのか、葵ははじめ振り向かなかった。

涙を隠しているのか、僕とも目を合わせてくれない。

後ろを見ると、マイナはずっと手を振っていた。

僕が葵の分も手を振って返す。

そのまま、手を振っているのが辛うじてわかるくらいの距離に来た所で、葵は急に後ろを見て手を振り始めた。


「マイナぁー!!!ありがとー!!!」


泣いて荒れた声になっていたが、葵はそれを気に留める様子を全く見せていない。

声は向こうに届かなくても、一生懸命に腕を振り続けているから、気持ちは伝わっている事だろう。

そのまま、馬車が森に入ってマイナ達の姿が全く見えなくなるまで葵は手を振り続けた。

風が気持ちよかった。

物寂しさもあるけれど。

今までで最も、気持ちいい旅立ちだった。


        ※


 道中、僕らはグランポートで一泊した。

出発日の朝、まだ時間があったので2人で散歩に向かった。

2度目のグランポートだが、やはりいつ見ても美しい街だと思った。

葵の提案で、近くの小山に登る事にした。

小山は片道1時間程で頂上に到着する。

出発時刻までは3時間以上あったので、ちょうどいい気分転換だった。

山に登る途中、少し休憩しようと木の株を椅子にして2人で座った時、近くから金木犀のような匂いがした。

何だろうと2人でその匂いの元を探ろうとした。

すると突然、前を歩く葵が倒れた。


「葵!!」


すぐに駆け寄って、抱き抱えて近くのスペースに退避しようとした。

そこで、僕は激しい睡魔に襲われた。


「うっ...」


頭を抱えながらその場にしゃがみ込む。

一向に治る気配のない眠気。

僕もそのまま、その場で意識を失ってしまった。


次に意識が戻ると、懐かしい音が聞こえた。

カタン、カタンと、線路の継ぎ目を越える時の音。

目を開けて周りを見渡す。

忘れかけていた光景が広がっていた。

そこは電車の中だった。

手元の感触があったので見ると、スマホが握られていた。

メッセージが一件。

そのメッセージを見て、今の僕に起きている事を一瞬で理解した。


「戻って来た、のか...?」

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