優しい空
奪還した村に少数の防衛部隊を残して、僕らは最寄りの大都会リュンヌに向かった。
後退したのではない。
村から後退したシミラを追討する部隊は、向かったきり戻ってくる事はなかった。
そのため、その部隊がやられたという考えが、一時は本陣の僕らを支配した。
しかし、3時間したくらいの頃に、その部隊からの知らせを持った歩兵隊の3人が本部に来た。
シミラの撤退の知らせであった。
それ以降、凶暴だった魔物も徐々に攻撃性を失って、戦以前の状態に戻った。
つまり、僕らが勝ったという事だった。
戦勝の祝いをしようという事で、僕らはリュンヌに向かっている。
生粋の軍人、つまり元々剣士であったという人は、殆ど国境の海の警備や教会の防衛でいないが、志願兵は皆リュンヌに向かっていた。
みんな元は農家だったり、商人だったりする。
この一大事だからこそ、戦うことを選んだというだけである。
皆命を賭ける緊張から解放されたようで、道中談笑しながらリラックスして歩いていた。
魔物は襲って来なかった。
歴史的には、魔物を停戦の合図としていたようである。
シミラとはコミュニケーションが取れないため、協定を結ぶ事が出来なかった。
また、過去に殲滅作戦も考えられたが、軍を送り込んだとしても数の上で勝ち目はなく、その犠牲を考慮した時に自軍の破滅を招く恐れがあるため、結局実行されなかった。
そのため、魔物の動きが参考になった。
シミラに攻撃意志がなければ魔物は穏やかなので、それを停戦の合図にしていた訳である。
長い平和によって最近では国境の警備もしなくなっていたため、このような結果になった。
今、魔物は至って穏やかである。
この世界に来た時のように、攻撃する意志はほとんどない。
戦争は、ひとまず終わった。
これからは復旧作業に追われるだろう。
その前に、皆は喜びを共有しようという訳だ。
リュンヌに着いて風呂に入ったあと、街の酒場で有志たちで集まった。
僕も葵もレイスも、その中で喜びを分かち合った。
「お疲れさま!」
3人ひとつのテーブルで祝杯を挙げる。
グラスは「カチッ」と小気味よい音を立てた。
それから、この旅を振り返りながら3人で談笑した。
命懸けの戦いが嘘のように、清々しい時間であった。
そんな折、これからについての話になった時に、レイスが急に申し訳ない表情をした。
どうした?と僕が問うと、レイスは
「実は」
と前置きして
「僕はここで、お二人とはお別れしなければいけなくて」
「え?」
急だったので、その話が冗談だと思った。
だが、レイスの表情から冗談ではないのだと直ぐに分かった。
きっと前から決めていた事なのだろう。
「急でごめんなさい。僕はこれから、北の村の復旧を手伝って、その後はまた旅に出ようと思っています」
お別れしなければと言っているから、僕らとその旅をする気はないのだと思った。
そう思うと、素直に寂しい気持ちになった。
だが、彼はこの戦いの前はそうして生きてきた。
彼を邪魔する事は出来ないと思った。
ひとりで旅をする。
それが、レイスの生き方である。
「そっか...。寂しくなるね」
葵はそういうと、レイスの手を握った。
「ここまで一緒に旅してくれてありがとうございました」
「僕の方こそ、ありがとうございました」
レイスは涙目だった。
「言い遅れたけど、本当にありがとう」
レイスの手を握る。
「レイスがいなかったら、ここまで来れなかったよ」
ここからは、葵から聞いた話。
僕が教会を奪還する作戦に挑んでいた時、ちょうどシミラの奇襲が始まった。
レイスは、葵と共に本陣に残って防衛に徹していたが、数の上ではシミラが圧倒的に有利で、徐々に追い込まれて行った。
結果として、シミラが前線基地の教会を奪われる訳には行かず、本陣は何とか持ち堪えた。
その戦いの中で、レイスは中盤から葵を自分の後ろに隠して戦ったという。
「約束のある葵さんは、生きなければいけませんから」
彼はそう言って、ただ想現法を使いながら槍を持ってシミラと戦ったという。
葵は、自分の命はレイスに守って貰ったと思っているらしい。
確かに、状況を見ればそう思うだろう。
だからこそ、僕はレイスに心からの感謝の気持ちで一杯だった。
こんな勇敢な青年と旅をするなど、この先ないであろう。
彼との別れは、せめて笑顔で迎えたい。
そう思った宴だった。
※
翌朝は、穏やかな晴れの日だった。
僕らもこれからマイナに会いに行く。
リュンヌで迎える最後の朝である。
北の村に続く街道の入口までは、レイスに同行した。
「本当に、ありがとうございました。僕はこの旅を決して忘れません。」
「こちらこそ、本当にありがとう。僕も、この度の事は記録に残しておくよ」
「道中、どうか気を付けて」
葵がレイスに包みを手渡す。
「中はお菓子が入ってて、休む時にでも食べて」
「ありがとうございます」
レイスは最後に、深々とお辞儀をした。
僕らもそれに応じる。
「では、お達者で」
笑顔を見せた後は、彼は振り向かずに街道を歩いて行った。
その姿が見えなくなるまで、僕と葵は彼の背中を見ていた。
どうか、お元気で。
ただその言葉だけが、僕の心の中にあった。




