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最後の街 3

「明日早いのに、急にごめんね」


葵は部屋に入ると同時に、先ずは僕に軽く詫びた。


「いや、全然いいよ」


こっち、と言って彼女を窓際に導く。


「ここって、こんなに景色いいんだね」


街は明かりを灯していた。

宿は街の建物よりも高く7階建で、僕らは偶然他に空きがなく最上階の部屋に泊まっていた。

そのため、眺めが非常に良かった。

こうして眺めてみると、ひとつひとつの明かりは、人が営んでいる証なんだと感じる。

僕らが向かっている戦場は、この明かりを守る為の戦いの場所だと思うと、責任はとても重い。

戦う事が、人の営みを守る事だと実感した。


「最上階で、この宿はこの街で一番大きい建物だからな...」


それから、少し沈黙が流れる。

外からの微風が、時折り部屋に入って来た。

その風は暖かい。

人がいる温もりのようなものを、この街の夜風に感じた。


「私ね、雄貴に言うべき事があると思って来たの」


その街の夜風に背中を押されたように、彼女は、ただ静かに口を開いた。


「この世界に来る直前、私は雄貴に大事な事を言ってなかった...」


声は、微かに震えていた。

ただその震えに負ける素振りは全く見せず、葵は声が擦れないよう少し力を入れて話し出す。


「私ね、この世界に来てなかったら、今頃フランスに居たんだ。」


「フランス?」


「うん。留学に行く予定だったの」


「え、留学?」


「そう。ファッションデザイナーになりたいと思ってて。フランスって、昔から本場でしょ?そこで、期間は決めずに学ぶ予定だった」


「そうだったのか...」


「デザイナーになるまで、私はフランスにいる予定だった」


留学も、デザイナーという夢も、僕が恋人であったあの頃に聞いたとしても止める権利はない。

夢があるなら、その為にやってみるのが最善だと思う。

その意志を挫くようなら、僕の存在なんて邪魔でしかないであろう。

だからこそ、そう思うからこそ言って欲しかったなと思った。


「それなら、言って欲しかったな」


思わず、それが言葉になって口から出て行った。


「そうだよね...。」


彼女も、そう思ってはいたようだった。


「でも、あの頃は言わない方がいいって思ってた。もし言ったら、雄貴は叶えるまで待ってるって言うだろうと思ってた。」


一呼吸置いて、彼女はまた言葉を続ける。


「自分勝手だと思うけど、雄貴が待つって言ったら夢叶えられないと思って。甘えちゃいけない所で、雄貴の優しさに甘えちゃうって思ってた。」


それだけ、葵は本気で夢を叶えるつもりだったのだろう。

何か夢を叶える為に集中したいと思う時、恋人の存在が足枷になる場合がある。

それは人によるだろうが、少なくとも彼女にとってはそうだったのだろう。

だから、僕と別れる道を選んだ。

それが知れただけで、彼女が強い意志を持って別れたのだと分かっただけで十分だった。

言って欲しかったなという思いを微かに抱えて。


「ただ、付き合ってて雄貴が私に依存してるわけでもないのに、理由を言わずに別れるのは違うって、マイナの手紙読んで思った。」


彼女はそう言って、マイナの手紙を僕に渡した。

ここ、と言って読んで欲しいところを指差す。


" それから、葵は私との練習の合間に、雄貴とは元恋人で、理由言えずに別れたって言ってたけれど、葵に少しでも後悔があるなら、それは伝えておいた方がいいと思います。

余計なお世話かも知れないけれど、雄貴はちゃんと葵の事を考えてくれるし、意志を大切にしてくれると思うから。

どうか、この命がけの旅と戦いの中で、悔いのないように過ごして下さい。

私は、ただそれだけを祈っています。


                マイナ"


「私ね、この世界でひとつ学んだ事があるの。それは、相手の事を考えてるなら、自分の気持ちを伝える事を大切にすべきだって事。もちろん全ての人と分かり合えるわけじゃないけれど、伝えれば何かが変わるかも知れないなら伝えないといけないって思った。」


「だから、こんな時だけど伝えなきゃって思った。ここまで一緒に旅して来て、その前からも関わりを持って来て、雄貴は、私の事を考えてくれたから」


私の事を考えてくれたから。


葵はそう言ってくれた。

確かに、振られたばかりの状況で2人で行動することに決め、2人で生活出来ることを目指し、旅に出る事も決めた。

葵の立場からすれば、女の子ひとり、この異世界に来て生計を立てる事は容易ならなかったかも知れない。

最悪の場合も想像出来てしまう。

しかし、あの時は僕自身に余裕がなかった。

異世界に来て、唯一の知り合いが葵だけだった。

だから、葵も確かに僕に頼ったのかも知れないが、本当に頼ったのは、僕の方だ。


それに、葵に振られた時だって、本当は引き止めて話だけは聞いておくべきだった。

明らかに根性のない行動だったと思う。

葵が泣いているのを理由に、踏み出せない自分から逃げていただけだ。


つまり、感謝されるほどの事を僕はしていない。

常に逃げ腰で、肝心な意志はそこまで強くない、無責任な行動ばかりして来た。

だからこそ、明日から始まる戦いの前にやるべき事があるだろう。

もう逃げないと、葵の勇気を通して誓った。


「ありがとう。言ってくれて」


「なら、必ず勝って帰らなきゃな」


その夢を、僕は応援したい。

その為に出来る事はこの世界で葵を守る事くらいしかないだろう。


「俺らは一度別れた身だから、それを今更変える必要はないと思う。」


「うん...。」


「ただ、ひとつだけお願いしてもいい?」


「うん。でも何を?」


「もし勝って元の世界に戻る事が出来たら、葵がフランスに発つ日に見送りに行かせて欲しい」


「...うん。分かった」


「それが、付き合ってた身としての最後の役目だと思うから。」


見送りを機に、完全に切り替えて前に進もうと思った。

その方が、互いの為になるだろう。

明確に別れを示した方が、前に進みやすくなると思った。

互いに別々の道を進む為に、最後の時間を過ごすこと。

嫌いだからとか、他に好きな人が出来たからとか、そういう理由で別れる訳ではない僕らは、区切りをしっかりつけた方が未練もなくなっていいだろう。


「無事に帰ろうね」


葵は目に涙を浮かべながら言った。

きっと、今まで抱えて来たものが外に出ているのだろう。

でもその涙は、前向きなものだ。

踏み出した後の涙なのだから。


「そうだな、必ず勝って帰ろう」


それから、少しの間静かになった。

と思うと、唐突に笑いながら彼女が言った。


「なんか、フラグ立てたみたいだね」


「そういう事言うなよ」


それから、2人で笑い合った。

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