摩擦 2
次の朝は、マイナが練習場に来ていないのではという一抹の不安を抱えて部屋を出た。
昨日の失敗の後、杖の動かしかたを夜通し練習したため寝不足だったけれど、おかげで感覚が掴めた。あとはマイナと合わせるだけだ。
宿を出て10分ほど歩くと、いつもの練習場が近づいて来る。
だが、いつも聞こえるマイナの声が聞こえなかった。
冷や汗をかきながら駆け足で練習場に向かう。
「うそ、、、。」
練習場は空だった。
マイナが寝坊している事は今までからして考えにくいし、どう考えても一つの事実しか浮かんでこなかった。
本当に諦められてしまったという事実。
普段あそこまで感情を露わにしないマイナが、声を震わせたり涙を流したりするくらい昨日は失望させてしまった。
だからそうなっても不思議ではない。
「どうすればいいの、、、。」
自分の不器用さに絶望してしまった。
「あれ、、、。おかしいな」
気づけば涙が溢れていた。
悔しさと悲しさが混ざり合ったよく分からない感情だった。
自分のせいで取り返しのつかない事をしてしまったと、自分を責めることでしか感情を整理できなかった。
「探さないと、、、。」
マイナを探して、きちんと謝らないといけない。
泣いていたい気持ちとは裏腹に、自分がすべき事が分かって辛かった。
何としても涙を抑えてマイナを探しにいかなければ、、、。
そう心の中で思うと、気付けば足は勝手に宿に向かっていた。
宿まで戻って、先ずはマイナの部屋を目指した。
彼女の部屋は私の部屋の真下で二階にある。
「マイナ、、、いる?」
ドアを二回ノックしてドア越しに問いかける。
けれど中からは何も返しがなかった。
「マイナ!」
再度ノックして、寝ている事を考慮して強めに呼びかける。それでも、返答はなかった。
「無視されてるのかな、、、。」
マイナの事だから、剣術の鍛錬に向かっていることくらい容易に分かった。
が、かと言って冷静にそう思えなくなっていた。
私は彼女を失望させてしまったであろうし、マイナからしてみれば、そんな相手が来ても話す事などないだろうと思った。
それが私の悪い癖であると言うのは分かっているつもりだけれど、それでも今は、責任感から来る負の感情が溢れて止まらなかった。
「あれ、葵どうした?」
マイナの部屋の前で棒立ちになっている私を見たのか、これまで旅を共にしてきた彼の声が聞こえてきた。
「雄貴、、、。」
「どうした?練習行ってないの?」
彼がそう尋ねてきた時、私の表情がどんな様だったかは見れないから分からない。
それでも、彼が私の今の心情を読み取ることが出来るような表情であっただろう。
「ちょっと話そう」
そう言って、彼は出口へと向かう階段を指差した。
ここで聞いてもらった方がこれからの私たちの為になるかもしれない。
そう思って、彼に遠慮しようとする心を押さえ込んで話を聞いてもらう事にした。
「正直に言って、それは辛いな」
私が事の経緯を話し終えると、彼は先ずそう言った。
それから、必死になっても思うように出来ない時の不甲斐なさもなんとなく分かるよ、と続けた。
「私もうどうすればいいのか分からないよ、、、。」
投げやりで無責任な言葉であるけれど、我慢してきた感情が溢れてきて、吐き出さないとおかしくなりそうで制御出来なかった。
私の嘆きを、彼は優しい表情で聞いていた。
ああ、私は彼のこういう所が好きだったんだよなと、場に合わない事をふと思ってしまった。
彼の人のボヤきも優しく受け止めてくれる性格は、付き合っていた頃も私の支えだった。
今は恋愛関係じゃないのにそうしてくれるのは、私の為ではなくて旅の仲間の為なのかなとふと思って悲しくなりかけた。
直ぐに、手元にあったコーヒーを飲んで無理やり忘れる。
「俺がマイナと少し話してみるよ」
彼は私が前向きな気持ちになるように、少し声を高くしてそう言った。
私自身の問題なのは疑いもない。
だから、出来れば自分で解決したいし、そうすべきなのかもしれない。
けれど、私の今の現実は解決のためにどうすべきなのかすら分からなかった。
宿に戻ってマイナを探したのは、謝ることしか出来ない私が自分から尋ねることでその気持ちが本気であるという事をただ伝えようとしただけで、私と組む事に失望している彼女にそうしたところで何が解決するかも分からなかった。
助けられてばかりの私が、また雄貴に助けられようとしていた。助けてもらう事でしか私はマイナとの練習を再開できないであろうし、これ以上仲間に迷惑をかけるわけにもいかない。
「ごめんね。お願いします」
涙で声が滲んだ。
「まかせな」
明るい表情のまま言うと、雄貴は手元の紅茶を飲み干して、自分の財布を取り出した。
「お代は、俺が持つよ」
それから、店員さんを呼ぶために手を上げた。その仕草が何故かいつもより少し格好良く見えた。
※
格好つけてまかせなと言ったものの、僕には仲介ができる自信はなかった。
なぜ僕が勢いでそう言ったのかといえば、葵は今まで、自分の人間関係でつまずいたとしてもそれで人を頼る事はなかったからであった。
そんな彼女が僕を頼らなければいけないほど葵が追い込まれていたのは、さっきの会話の中で十分に分かった。
きっと、自分のせいで旅が止まると思っていて、それに対して責任を強く感じているからだろう。
話している時の葵の目は、欲しい物をお願いする子供のように純粋な必死さだけが包んでいた。
僕が出来ることは、まずマイナと話す事だろう。
普段冷静なマイナがなぜ露骨な感情を葵にぶつけたのか、それを知ることから、自分が力になれる事を探るしかない。
葵と話した後、とりあえず初めにマイナの部屋に向かった。
マイナが今どこで練習しているのか分からなかったから、置き手紙をドアに挟むつもりだった。
と思っていたら、マイナの部屋に着くと明らかに人の気配が中にあった。
偶然、マイナは部屋に戻っている様であった。
ドアをノックして、声をかける。
「マイナ?」
少しして、ドアの方に近づく気配がした。
「ああ、雄貴...」
マイナは疲れた様子だった。声にいつもの様な力がこもっていない。
「話したいことがあって。いま大丈夫?」
僕が優しい口調で言うと、彼女は頷いて僕を部屋に招いた。
※
「自分でも、感情的になっちゃったなって、思ってる。」
話し終えると、マイナは困った表情で力なく言った。
話を聞いている中で、マイナが葵に当たってしまうのも仕方ないかもしれないと思った。マイナが読んで欲しいと僕に渡した手紙には、彼女の恋人さんの容態が悪化したとある。
手紙は1週間前に書かれた物で、その3日前から立ち上がる気力もなくなって今は寝たきりだという。
今どうしているのかが心配になる文面だった。
症状から考えるに、恋人さんの病気は結核らしかった。この世界には抗生剤はまだ発見されていないが結核菌の活動を抑制する働きの薬があり、それで何とか重症化が防げるらしい。
しかし、今はその薬の生産元がシミラに占領されていて、薬は流通が止まっている。
その影響で、彼は喀血の段階まで行ってしまっている。
「焦りが止まらなくて。私らしくないよね」
「誰だって、この状況なら焦るよ」
それ以上何も言えなかった。
無責任に励ます事は、僕には憚られた。
葵だったら励ますだろうけれど。
「葵は、諦めてないよ」
僕らが今できる事は、少しでもシミラとの戦いを収束させる力になる事しかない。
前に進むしか、選択肢はなかった。
「今日の夜、またこの前の店に来て欲しい。そこで話そう」
マイナは力なく、わかった、と呟いた。




