摩擦
部屋に戻った途端、一気に疲れが押し寄せたようで、葵はすぐにベッドに突っ伏した。
「今日も、結局上手くいかなかったな、、、。」
練習が上手くいかず、マイナとの連携技が未だ成功する気配がない。
上手くいかない事を嘆いても状況はなにも変わらないというのは自覚している。
それでも、成功しない事がマイナにとって負担になってしまっていて、また葵が足手まといな事を考えると、やり切れない気持ちが抑えられない。
葵は想現法の使い手としてマイナの剣術の補佐役をする事になった。それから、今日で2日経つ。その間、マイナの援護の練習が上手く行ったのは一回のみであった。
何に手間取っているかといえば、想現法を起こす為の杖の動かし方だった。
想現法は、専用の杖を使って空中に線を描く。
その動きは一定に、止めどなく、大抵を5秒程度で行わねばならない。
葵は基本的にあまり手が器用ではないので(服作りは別だが)、それが上手くいかない。
が、それは葵が不器用な事だけでなく、焦っている事も影響しているようだった。
成功すれば、マイナの剣を高温にしたり、剣自体の切れ味を向上させる事が出来る。
圧倒的な剣の腕を持つ人がマイナしかいない為、彼女をどう援護するかが鍵になる。
補佐役の葵は、その点で重要な役割だった。
だから、上手く行かない事に対する焦りは、仮に雄貴やレイスが今何かに躓いたとしても、二人よりも強く感じるのは自然な事だった。
「早く、何とかしないと、、、。」
心の中でそう呟いて、彼女は目を閉じた。
だが、とても寝れるような心持ちではなかった。
※
「寝れなかったなあ。」
次の日も、葵は朝から練習場に向かった。寝不足の体は思ったよりも重く、休みたい気持ちになった。
だが、時間がない以上休むわけにはいかない。
多少無理してでも、練習場に行かなければならなかった。
練習場に着くと、マイナはもう既に剣を振っていた。
無駄のなさと素早さが際立つ、美しい剣捌きだった。
マイナの姿を見て、今日こそはという気になった。
さっきまで付き纏っていた眠気も疲れも気にならなくなった。
技を決めるために、まずは個人で練習を始める。
葵とは対照的に、マイナはもう剣技がほぼ完成形であって、その技をさらに安定して出来るよう練習するのみだった。
だからマイナは、葵の練習の面倒を見てくれていた。
私ばかりが助けてもらってばかりじゃいる意味がない、葵はそう思って、気合を入れ直した。
葵が習得しようとしている技は2つで、ひとつは剣に熱を帯びさせるもの、もう一つは剣の切れ味と強度を向上させるものだ。
どちらも、これから相手にする魔物の分厚い皮を斬る上で要になると言っていい。
「試しに、一回やってみようか」
マイナが提案したので、連携技を一度本番を意識してやってみることになった。
的の大木に向けてマイナが剣を構える。
一瞬の静けさが緊張を呼び起こした。
今まで一度も成功しなかった事など今はどうでもいい。
この一瞬に賭けるしかない。
マイナが剣を振りかぶり前に走り出したと同時に、葵は杖を動かし始める。
マイナが木に切りかかった瞬間、彼女が持っていた剣が光を帯びるのが分かった。
ーズパァン!!
離れていても鮮明に聞こえて来る切断音。大木は鮮やかに一直線に切れて、そのまま大音量で周りの小さな木を巻き込みながら倒れた。
煙を纏って、切り口は赤くなっていた。
「やった、、、。」
何が起こったのか全く分からなかった。
今までが失敗しかなかったから、成功が成功だと理解するのに少し時間がかかった。
「出来た、できたよ、、、!」
一番驚いていたのは葵というよりマイナだった。
この練習を始めてから上手くいったのが初めてだからなのだろう。
マイナは寄り添って根気強く教えてくれたから、まるで教え子を見ているような気持ちなのかも知れない。
一方の葵としてはやっと決められた事で少しだけ気が休まったが、これから続けて確実に出来る様にならなければ意味はないし、今までの焦りや苦労が一気に疲れとして出てしまい達成感はあまり感じなかった。
この技の感覚を持続していく為に、また直ぐに練習に戻った。
今度は火を纏わす為の想現法を練習する。
この技は火を起こす想現法を応用して剣に炎を纏わすのだが、その為に二つの想現法の動作をしなければならない。
今成功した技よりも難易度が高いが、この勢いで成功させたいところだ。
また訪れる静寂。マイナが木に向かって走り、剣を振り下ろそうとする、、、。
私もそれに合わせて術棒を動かす。
けれど、上手く出来ていない感覚があった。明らかに動きが詰まった。
マイナの剣は、大木の3分の1まで斬り込みを入れたところで抜けなくなっていた。
「失敗だ、、、。」
心の中でそう呟く。
自分の感覚とマイナの剣が無変化だったことから、それは瞭然だった。
「マイナ、、、。ごめん」
「仕方ない。とりあえずこれ抜くの手伝って」
マイナはいつもより声のトーンが低かった。失望させてしまったと思った。
やっとの思いで成功したと思ったら直ぐまた出来なくなる。
自分の不甲斐なさが許せなかった。
気づけば、日が暮れていた。
1日の終わりをこんなに無情に思うことは今までなかった。
結局あの一度きり、今日も技が成功する事がなかった。
「マイナ、、、!」
足早に帰ろうとしていた彼女を引き止めるも、彼女は立ち止まるだけで振り向いてはくれず、
「もう葵には出来ないよ。期待した私が間違ってた」
明らかに怒りのこもった、震えかかった声だった。
「明日には成功させるから!だからマイナ、、、」
「何日経ってると思ってるの。私はもうあなたとは組めない」
さっきよりも声の震えが強くなっていた。
振り向いてくれないからわからないけれど、多分涙が出ているのだろう。
葵は、それに返す言葉が出てこなかった。
訳もわからず自分を責めたい感情が込み上げてきて、ただその感情に包まれないように抑えるので必死だった。
挨拶も交わさずに別れたのは、この日が初めてだった。




