東の街
初めて訪れた東の大陸の街は、西側よりも遥かに文明が進んでいた。
中世感漂う宅地は変わらない。
しかし、街の作りは城下町のように道幅広く整然としており、街は中心に向かうほど広い一軒家が建っていた。
この街は、名をグランポートという。
いつも通り、港に着いてすぐ案内所に行った。
案内所の地図には、今までは見ることがなかった物が書かれていた。
汽車の路線図がある。
汽車は10年前に初めて、このグランポートから最も近い街まで開通した。
最終的には魔物に占領された北端の村までを繋ぐ計画であるという。戦争状態の今は、ちょうど半分の地点で工事が止まっている。
馬車が常用手段だった今までの交通で、まさか汽車が見れるとは思っていなかった。
この世界では数少ない、僕らの故郷に想いを馳せられるものであった。
「汽車が通った話は聞いたけど、まさか本当に見られるなんてなあ」
マイナさんは汽車に感嘆していた。
薬は北の街から輸送で届いたらしいから、きっと東の街に来たのは初めてなのだろう。
案内所の受付で話を聞いたところ、目的の村までは汽車で丸一日走った上に、そのから馬車と峠越えを経て15日ほど歩くので、合計で16日かかる事になる。非常に長い道のりだ。
「今日は休んで行かない?」
船旅に疲れた様子の彼女は、直ぐにでもベッドに入りたい様子だった。
僕もマイナさんも同じ心境だったから、今日はこのグランポートで休む事にした。
その日の夜、僕らは旅の計画を立てた。道のりは休みなく歩いて16日なので、20日くらいはかかるだろう。
体力面を考慮して、休憩地を5カ所にしておいた。
「マイナさんは、この大陸は初めて来たの?」
僕はマイナさんのこれまでをあまり聞いていなかった。
知っているのはエステルス出身である事と、恋人のために旅をしている事、それから歳がふたつ上という事くらいである。
「初めてだよ。反対側の大陸に旅行するなんて機会がなかったから」
「あと、私の事はマイナでいいよ。一緒に旅してるんだから」
「わ、分かった」
確かに旅仲間に敬称はつけない方がいいかもしれない。
旅行といえば、この世界では費用の面で気軽なものではない。
なかなか行けるものではないだろう。
初めて来たというのは不思議ではなかった。
「船旅長かったけど、楽しかったね」
葵が話に割り込んできた。
「葵は船旅してみたかったんだっけ」
「そう、だから結構楽しかったよ。まあ疲れたけどさ」
昔まだ付き合っていた時に、彼女が客船の旅の本を見せてきたのを思い出した。
あの時は結局行けなかったが、違う形で葵の憧れは叶ったようで、何か達成したような晴れ晴れした表情だった。
「ところで、ふたりは恋人同士なの?」
マイナは唐突に、けれどもこの機会を待っていたように聞いた。
考えれば、当然聞きたくなるだろう。
マイナに出会うまでは2人で旅をしてきたわけだし、仲も、今になっては冗談を言い合えるほどなのだから。
「ううん、一緒に旅をしてるだけだよ」
珍しく葵が言った。そう、僕らは旅仲間である事に変わりない。
ただ昔付き合っていた時があったという事実があるだけだ。
「意外だね、付き合ってるのかと思ったよ」
「男女2人で旅って珍しいからね」
「いや、仲の良さからそう思ったんだよ」
僕らの仲が戻るまでには、それなりにきっかけと時間がかかった。
それでも今は付き合っていた時並みに、互いに心を許せている。
葵はどうかわからないが、僕はそう思っている。
マイナと出会ったのは、もう自然に振る舞えていた頃だったから、付き合っているととってもおかしくはないだろう。
実際は違うのだが、、、。
「明日早いし、そろそろ寝ようか」
計画を書いた紙を折り畳んで、マイナはベッドへ向かった。
「おやすみ」
葵も、それに続いてベッドへ向かう。長い船旅が明けて少し気が緩んだ2人は、あまり表には出さないが疲れているようであった。
この世界で初めて見る駅舎は、大聖堂のような立派な作りであった。
石造りで、入り口は建物の中心にアーチ橋のように三本ある大きな柱の間に設けられていた。
駅舎は中心にあるその建物だけではなく、左右に5階建て程の高さの建物が続いていたが、それはホテルらしかった。
「立派な建物だね」
マイナは、初めて見る駅舎に感動しているようであった。
言葉や態度には表さないが、目が輝くようで食い入るように建物を見ていた。
駅に着いた僕らは、切符を買ってから出発まで時間が余ったので、駅舎を見学する事にした。
「これ美味しそうじゃない?」
改札の手前にある売店で、置いてあるお菓子を見ながら葵が言った。指差す先にはフィナンシェがある。
「長旅だし、買っておいたら?」
僕が言うと、葵は子供みたいに笑顔になって
「いいの!?」
と、わざとらしく聞いて来た。そんな嬉しそうな表情を見せられて、買うなとは誰も言えないだろう。
「俺らの分もね」
「りょーかい!」
こんな他愛もないやり取りをしていると、側からクスッと笑いが漏れる音が聞こえた。
「今一瞬親子に見えたよ」
「こんなやり取りばっかでね」
苦笑いで僕が返すと、マイナもそれが可笑しかったのかふふっと静かに笑った。
僕は今まで、古き良き時代の日本の発展を支えた機関車を展示で見ることはあったが、間近に機関車が走る姿を見たのは初めてであった。
力強く警笛を鳴らしてホームに入って来た汽車は、思ったよりも大きくて音も迫力があった。
電車好きというわけではないが、素直に感動した。
列車は全15輌。
先頭の客車は一等席、二、三番目の車両が二等、四5輌目が三等客車で、それ以降が一般客車であった。
僕らは長旅なので、三等客車の切符を買ったのだが、中の座席は通路を挟んで左が二列、右が三列の至って普通の席だった。
が、普通の客車よりも座席が広いのが一目でわかるほど、前の席との間に隙間があった。
「良かった。ここから長いけどこれなら寝れるね」
マイナが呟いた。確かに、これなら文句なく寝ることが出来る。道のりはここから22時間かかるので、休めなくては困る。これで一安心だった。
汽笛の音が聞こえた。周囲に力強くその存在を示すように、大きく二回鳴った。それから、汽車はゆっくりと動き始めた。線路の継ぎ目を超える音が、ゆっくり等間隔で聞こえてくる。大太鼓を静かに強く打つようであった。
「迫力しかないね」
汽車に初めて乗るという事で窓際の席に座っているマイナが言った。
普段より少し高い声だったから、興奮しているのがよく分かった。
それもそうだろう。
散々電車に乗っていた僕らだって、汽車の迫力には感動した。まるで初めて飛行機に乗るような興奮だった。
汽車は、駅を出て畑の中を駆けて行く。
速度は電車の半分よりも少し遅いが、そのゆったりとした走行がかえって旅を引き立たせていた。
ふと窓の方を見ると、マイナが手紙を書いていた。時折外の景色を見ながら、静かにペンを動かしていた。
「恋人さんに?」
葵が聞いた。
気になっているようだが、手紙を覗くような素振りはなかった。
彼女なりの気遣いだろう。
「そうよ。定期的に書いて、故郷に送ってるの」
「マイナは優しいんだね。返事は返って来るの?」
「ううん。それでも、今私が無事に旅している事は伝えたいからさ」
彼女の故郷で待つ恋人は、どんな気持ちでいるのだろう。
きっと彼女の無事を祈っているであろう。
マイナは、それを想って手紙を送っている。男からすれば、信じてはいても恋人がひとり旅に出て、しかも魔物と戦うと考えれば心配にならないわけはない。
例えマイナのような強い剣士が旅に行くとしても、それは当然の感情であろう。
それでも旅に出て戦っているというのは、マイナと相手の恋人さんが芯の強い人である事の何よりの証明であった。
「俺らも、恋人さんの為に頑張らないとな」
「そうだね、負けられない」
僕らがそんな話をしていると、マイナは手紙を書く手を一度止めた。それから、僕らの方を真っ直ぐに見た。
「ありがとう」
着飾らない言葉の方が、気持ちが素直に伝わるものであろう。彼女の言葉は、それを実感するものだ。口調がはっきりとしている。
僕らは、理由は違うが目的は同じである。その事を皆で再確認出来たようであった。
汽車は、グランポートを出て23時間後に、終点のビルドニージに到着した。
グランポートとは異なり、山間の街である。街の産業の中心は綿工業で、蒸気機関の発明によって機械化が進み、その恩恵で豊かな街であった。
また、この街には剣の名工がいる事で知られている。
この街を出た後は、シミラとの決戦が待っているので、僕はこの街で、武具を整えるつもりである。
駅を出た僕らは、宿を探しに向かった。この世界の街の特徴だが、ある程度の規模の街には宿屋街が必ずある。街の規模に比例して宿の数も変わるようで、この街の宿屋街は宿の件数が100軒ほどある。宿屋街は、大抵街の中で最も自然を感じられる位置にある。
僕らが選んだ宿は、3階建ての木造の宿であった。脇を川が流れる、とても癒される環境であった。
「ふああーっ」
部屋に入ってすぐベッドに飛び込んだ葵は、体を伸ばして気持ち良さそうにしていた。
「汽車長かったね」
マイナが呟くように言った。その通りで、22時間の列車旅は体験したことがない長さだった。といっても、大概を寝て過ごしたわけだが、、、。
「明日もすぐ街を出る予定だから、休んでおこうな」
忙しない旅だが、シミラとの戦況が判然としないから、僕らは急ぐしかなかった。
休みたいと思うこともあるが、何より目的地に着くことを優先すべきだった。
「あの汽車の景色、また見に行きたいな」
そうつぶやくと、マイナは便箋を取り出して、ペンの蓋を開けた。
その表情は、初めて会った時の切なさを微かにまとっていた。
その表示を見続けるのは申し訳ない気がして、窓の外に目をやる。
街は、夜にも関わらず明るさが多く残っていた。星の夜空を見るような気持ちで、その景色を眺めた。




