青と黄の剣士 2
僕が退院したのはそれから2日後だった。
予定より1日早く退院出来るほど、傷は大きくなかった。この先の旅にも支障を来す事はないだろう。
船の航行再開は3日後との事だったので、それまで僕は葵と街を散策したり、旅に必要な品をそれぞれ調達して過ごした。
そして航海再開の前日の夕方になって、僕を助けてくれた女剣士の所に、お礼を言いに行った。
葵とふたりで、街の案内図を見ながら彼女がいる宿を探した。
彼女が泊まる宿は海に沿った街道の途中にある、小さい宿だった。
小さいというのは宿の本館のことで、脇には広いベランダがあり、砂浜も歩いてすぐの好立地であった。
戸建ての家のような小さい入り口を開けると、木を基調にした単調なフロントがあった。正面に受付があり、左側には部屋への階段があった。
「いらっしゃいませ」
入って間も無く、受付の女性が話しかけて来た。僕らは宿が決まっているので、単刀直入に聞きたい事を聞くことにした。
「実は人を探してまして、ここに泊まってるらしいのですが、、、。」
続けて、僕は葵がくれたメモを出した。部屋番が書いてあったので、受付の人はすぐに分かったようであった。
「ああ、彼女でしたら今海岸に行っていますよ」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
礼を言うタイミングが葵と被ってしまった。受付の女性はそれが可笑しかったのか、いえいえと言う声が笑っていた。
「なんで被るの、、、。」
海に向かう途中で葵が言った。突っ込んでいるつもりの彼女だが、表情が緩んでいて、それを隠そうと顔に力を入れていたから逆にそれが違和感だった。
「と言いつつ笑ってるじゃん」
僕が突っ込むと、彼女は笑ったままで
「うるさいなあ」
と言った。僕はそれが面白くて、思わず笑ってしまった。
浜に着いて、辺りを見回した。海岸沿いにひとつだけ建つ小屋の近くのベンチに、水色のローブを着た女性がいるのが見えた。
「あの人かな」
隣で葵が言った。
「あの、、、。」
そのベンチまで歩いて行って、葵がまずその女性に話しかけた。女性は気付いて葵の方を見ると、
「ああ、こんにちは」
と優しく応じてくれた。女性にしては少し低めの綺麗な声だった。
「この前はありがとうございました。」
僕が続けて頭を下げると、彼女はいいえとひとこといってから、
「無事で良かったです。」
と言って、笑顔になった。戦いの時の冷たい表情とはかけ離れた、包むような表情であった。
「まさか本当に挨拶に来るとは思いませんでしたよ。」
「命の恩人ですから。行かないわけには、、、。」
「そんな、あそこで何もしない方がおかしいですよ。」
そう言って、彼女は控えめに笑った。
話に困ってしばし沈黙した。
それから、少しして彼女から聞いて来た。
「討伐隊には、なぜ?」
「エステルスの北の街に行きたいんです。」
それで彼女は、大体の目的地を分かったようであった。
「もしかして、シミラに占領された街ですか?」
「そうです。戦えるか分からないですけどね」
「あれだけの勇気があるなら、戦えますよ」
僕はあれを戦えたとは思っていなかったから、その言葉はとても嬉しかった。
「そういえば、名前聞いてなかったですね。」
彼女はそう言って、僕の方を真っ直ぐ見た。
「私はマイナです。よろしくお願いします」
とても律儀に、僕らに一礼した。
「雄貴と言います。お願いします」
「葵です。お願いします」
僕が挨拶するのを見計らって、葵も続けた。
「マイナさんは、何で討伐隊に?」
挨拶に続けて葵が聞いた。
「恋人の為に、薬を手に入れなければいけなくて。」
マイナさんは明るい表情のまま、静かに言った。
「その薬が、シミラに占領された村にあるんです。だから戦わないといけなくて」
遠い目であった。
彼女があれだけ強く魔物と戦えるのは、恋人がいるからというのが大きいのだろう。恋人を助けたくて強くなった様に思えた。
「向かう先は同じなんですね」
彼女が続けた。
「マイナさんは、一人で旅をしてるんですか?」
葵が唐突に聞いた。
「はい、一人です。葵さん達は二人?」
「そうです。」
その答えを聞いた途端に、マイナさんは何かを告白する時の様な、緊張と決意の混ざった表情をした。
静かに、僕の方を見て彼女は言った。
「図々しいかもしれないですが、私もその旅に加えてくれませんか?」
僕は、葵と顔を見合わせた。
僕らの実力からすれば、彼女は心強い気持ちを超える、間違いなく先頭に立つ立場の入れ替わるほどの存在である。それは僕らにとっては状況を好転させてくれるが、彼女にとって僕らは足手纏いであろう。それが何より気になってしまった。
「僕らは邪魔になるだけですよ、、、。」
「あれだけ立ち向かう心の強さがあってそれはないですよ。それに、これは私がそうして欲しいんです。」
彼女が続ける。
「ここまで一人で旅をしてきました。だからこそ思ったんです。仲間がいたらって。」
僕は返事に困った。
それは僕らとしては助かるが、彼女にとっては、ただの足手纏いでしかないのではないか。
そう思っていると、隣の葵が唐突に言った。
「分かりました。旅しましょう一緒に」
それから僕をみて、葵はいいでしょ?と言った。
葵は、マイナさんの意志を汲んだのだろう。
足手纏いというのは事実だろうが、マイナさんの意志を分かった上で断るのは、なんか違う気がした。
「僕らで良ければ」
「ありがとうございます。」
マイナさんはそう言いながら、丁寧にお辞儀をした。
新たな仲間が、この瞬間加わった。
「よろしくお願いします。」
葵が頭を下げた。マイナさんもそれに応じた。
葵がいてくれて良かったと、僕は心から思った。
※
出発の朝になった。
僕と葵は宿を出ると、マイナさんとの待ち合わせの場所である港の航海受付に向かった。
出航の15分前になって、マイナさんは荷物を持って到着した。
青いワンピース姿だった。
戦う時の剣や武具は、それぞれケースに仕舞って木製の台車に縛って転がしながら来たので、まるで旅行に行く少し年上の女の子のように見えた。
「お待たせしました。」
軽くお辞儀をしつつ、マイナさんが言った。
「結構大きな船だね」
葵は、気にしてないと言うように笑顔を見せながらマイナに向いて言った。
「これから、1週間だよ、、、。」
苦笑いで僕が言うと、二人も同じ事を思っていたのか、それから少し沈黙した。
「中にはレストランがあるみたいよ」
マイナが沈黙を破る。レストランのメニューが多ければいいなと思った。
「そろそろ船に行こうか」
僕ら3人は雑談を後にして、とりあえず船に向かった。
外観も立派であったが、内観もそれに合わせるように豪華なものであった。船に入ると、まずは客室だった。通路は等間隔でぶら下がる小型のシャンデリアが照らしていた。何より部屋のドアとドアの間隔が広く、一部屋の広さの察しがそれだけでついた。下にはカーペットが敷いてあるし、まるで海を渡る高級ホテルと言うのが一番合った、優美な佇まいであった。
マップを見ると、船は客室が3階建てで、一階にはレストランと社交場、二階にはカジノがあった。また屋上にも展望デッキがあり、旅の時間を有意義に過ごせるよう工夫されているようであった。
僕らの部屋は3階の船首側で、出港前だったのでフレーヌの街が綺麗に見えた。
「なんかすごい所に泊まっちゃったね」
葵は、船の豪華さが身に染みているようで、恐れ多くなっていた。
「こんな豪華じゃなくてもって思うけど、命懸けで戦った感謝の気持ちみたいなものだから、満喫しよう」
マイナさんはなぜか楽しそうだった。
彼女はテーブルに供えてあった紅茶をもう既に淹れていた。
僕らの分も、当然のように淹れてくれていた。
船は定刻にフレーヌを出港した。
汽笛の音が壮大で、街に向かって行ってきますと言っているようだった。
街を出る前に港の人に聞いた話では、この船は、これから向かう東側大陸の街で作られたらしい。この船の他にも蒸気船は多数あるが、その全ては東側の大陸で作られているという。文明的には東の方が進んでいるようだった。
東の大陸イステレスは、どういう街があるのだろう。
船から海を見る僕は、戦いに向かうという恐怖より、新しい世界への好奇心に満ちていた。
楽観的なのかもしれないが、新天地へ出港する興奮には、戦いの恐怖は勝てないようであった。
空は青空だった。海はそれを写して青く煌めいて、僕も葵もマイナも、時間を忘れてそれにしばらく見とれていた。
※
窓の先、暗闇の中に、遠目に見える光はイステレスだろうか。都会の夜の星のように小さく光る街の明かりを見て、手紙を書く手を一度止めた。
私を仲間に入れてくれた二人はもう夢の中。私がなぜ起きているのかといえば、手紙を書いているから。
恋人への手紙は、いつも夜に書いている。
理由は、その日にあった事をまとめやすいのもあるし、夜の方が想いを言葉に乗せやすいからでもある。手紙は旅の中で訪れた街毎に書いている。今回は、大洋を渡っているという事と、仲間ができた事を最後に書くつもりだ。
私がひとりで旅をすることを、恋人はずっと心配していた。彼は、はじめの頃は
「マイナが死んだら意味ないから、行かなくていい」
そう言って、説得しても聞かなかった。それでも私は、彼が病気による咳と、時々の喀血で疲弊していく姿を見ているのが耐え難かった。
だから、私は旅に出ることを強く決心した。
「私は旅に出るよ。このまま何もしないより、君のために行動したいから。私は必ずまた帰ってくるから」
何度も強く彼に伝えた。そうしている内、彼は私の決意の強さを分かってくれたようで、
「俺はマイナを信じるよ」
そう言ってくれた。
その一言のから、彼は私に武具を揃えたりしてくれた。
私が旅に出る日も、彼は笑顔で背中を押してくれた。
だから彼には感謝の気持ちしかない。
手紙は最後の段に入った。ここで綴る事は、私を仲間に入れてくれた彼らの事だ。戦いの技術はまだ稚拙な所が多いけれど、彼らは立ち向かう勇気があるし、何より彼らといると楽しいから、私は共に旅をしたいと思った。
そんな彼らの、不器用で強い優しさの事を綴って、この手紙の結びにしよう。
旅路は長くても、彼らとなら戦っていけるであろうから。




