初陣 5
「行くよ、雄貴」
討伐当日の朝は、葵に起こされて始まった。これから山登りを控えているという事で、朝は前日に買っておいた鯛を丸一匹食した。葵も、鯖を二匹食べていた。
討伐隊の集合場所は、山の麓の登山口だった。目的の薬草が生い茂るのはほぼ山頂である。この山は高さはそれほどではないが、魔物との戦闘に備えて休憩をこまめに取るため、相当時間がかかる予定であった。
僕らが集合場所に着くと、そこにはまだ数人しか集まっていなかった。僕はお世話になったダンビルさんに挨拶しようと辺りを探した。彼は登山口脇のベンチで仲間と談笑していた。
「おはようございます!」
僕は声を張り気味に挨拶した。
「お。おはよう」
彼は、いつものように優しく返した。そんな彼の首には、今まで見なかったネックレスがあった。
「ダンビルさん、それは、、、?」
「ああ、これ?恋人から貰ったお守りだよ」
恋人がいるとは今まで聞いていなかったので、あからさまに驚いた表情をしてしまった。
失礼だったなと思ったが、彼は気にせずに、ただ続けてくれた。
「恋人は今、イステレスの街に住んでる。だからシミラとの戦争が始まって以来会えなくてね。このお守りはそれより前に貰って、僕はそのお返しがしたかったんだよ」
「そうだったんですね、、、。」
「頑張らない理由はないわけさ」
彼は静かに、自分に言い聞かせるように言った。僕に剣術を教えてくれた彼も、魔物との戦いは怖い様だった。それもそうだ。今日戦う魔物は他より大型で、ドラゴンの様な姿らしい。聞いただけでも怖くなってくる。
「それより、隣は?恋人さん?」
そんな緊張感を解すためか、ダンビルさんが言った。隣の葵は何故か恥ずかしそうにしていた。ほのかに顔が火照っている。
「いえいえ。旅の仲間です」
笑いながら僕が言うと、ダンビルさんは意外そうな表情をした。
「男女で旅って、恋人じゃ無いのに珍しいね」
詳しい事情を話せば長くなるので、友達なんです、とだけ返した。
その後も少し話したが、そのうちに集合場所には討伐隊の面々が揃ってきていた。見た限りでは、剣士が13人、想現法担当で来たらしき人が7人だった。想現法で来た人の中には女性が葵の他に3名いたが、剣士はほぼいなかった。
そんな男臭い中に、ただひとり、青と黄色の鞘が特徴的なサーベルを持った女性がいるのが見えた。背は、身長165くらいある葵よりも大きく、大体170センチくらいだろうか。モデルの様な体型で、綺麗な金髪に細めの整った顔立ちの彼女は、一際目立っていた。彼女の雰囲気はどこか寂しげだが、その哀愁が人目を惹きつけるようであった。
命がけの戦いの前線に女性がいるのは驚きだった。彼女には戦わなければいけない理由があるに違いないが、初対面で聞くわけにはいかなかった。彼女は冷たさがある顔立ちであるから、恐らく僕より上手の剣士だろう。
「討伐隊のみんな、聞いてくれ」
この部隊のリーダーらしき人が、前に出て挨拶代わりに言った。その場にいる皆の視線は、ただ彼一人に向いた。
「今日は集まってくれてありがとう。俺はバトンだ、よろしく。ここでみんなに、これからの計画を言いたい。」
そう言って、彼は懐からマップを取り出した。マップには登山のルートと、洞窟の構造が記してあった。
「洞窟に入ったら、想現法のみんなを囲うような陣形で、鉱物のある奥まで進む。その途中で何度か魔物と当たる事になると思うが、陣形を崩さないように気をつけて行こう。鉱物を守る魔物に辿り着いたら、特に剣の腕が立つ7人が魔物とのやり合う。その間他のみんなは取り巻き達と戦って食い止めて欲しい。」
作戦が伝わると、その場にいた皆はおう、と大きな声で応じた。今日初めて集まったとは思えないほど揃った声であった。集まった人達の、航海再開のための使命感は、そこに現れているようだった。
※
僕ら討伐隊の一行は、あまり整備の進んでいない山道を5時間かけて登った。そうして辿り着いた洞窟の入り口は広く、この場にいる20人が横に並んでも入れるくらいであった。洞窟の入り口には木製の看板があり、「魔物注意」とあった。まだ活き活きとした綺麗な木であったから、取り付けて間もないのだろう。魔物が人を襲うようになってから取り付けられたらしかった。
洞窟に入るに当たり、僕らは陣形を整えた。葵を含む想現法の人を包むように、進行方向に向かって矢印型に並んだ。
僕の隣には、行きに見かけた女性剣士が来た。一言も話さなかったが、近くで見るとやはり美しかった。真顔でも寂しげに見える雰囲気の彼女は、戦う為の真剣な眼差しでいた。その姿に、僕は少しだけ見惚れてしまった。ただ格好良かった。
「せやあっ!!」
飛び付いてくる小型の狼のような魔物を、僕は一撃で斬り倒した。このタイプの魔物は辺りに2,30匹いて、僕を含む補佐役の6人は、ただひたすらそれらと戦い続けた。油断をすれば向こう側にペースを持っていかれかねない数だったので、一瞬の油断も許されなかった。
奥では、さっきまで隣を歩いていた女性剣士を含む7人が、大きな魔物を相手に戦っている。魔物は、肉食の恐竜に似ていて、今見る限りでは一匹だが、急所が掴めず苦戦しているようであった。僕も、早く取り巻きを倒して向かわなければ。
なかなか戦いを上手く進められない前線だったが、ただ一人素早く魔物の下に潜り込んで、腹をサーベルでひと突きした人影が見えた。
大型の魔物は、そのひと突きで大きく暴れた。
それを急所と見て、他の剣士も続いて腹を突いていく。魔物は、それを繰り返すうちに徐々に動きを失っていった。それから、ドスンと大きな音を立てて魔物が倒れる。
「討伐完了!」
討伐隊のリーダーが、力強い声で叫ぶように言った。
「おおー!!」
取り巻き達をやっと倒しきった僕らや、葵達想現法の人も含めて皆が歓声を上げた。まるで革命を成し遂げたかのような高揚だった。
高揚の後、リーダーが石英を取りに向かった。石英は洞窟の一番奥で、魔物が居座っていた場所にあった。
奥に歩いて行くリーダーの後に続いて、女剣士が歩いて行った。
「薬草は、この先か」
リーダーは、待機させていた運搬用の馬を連れて来ようと洞窟の出口の方に向かった。
「危ない!」
緊迫感をもって女剣士が叫ぶ。それと同時に、左脇の影から魔物が飛び出して来た。
「ぐっ!!」
リーダーは、間一髪のところで何とかかわし切ったが、左腕を負傷してしまった。
「バトン!!」
とにかくバトンを保護しようと、剣士達は前に走る。誰よりも早く辿り着いたのは女剣士であった。
「想現法頼む!!」
剣士のひとりが叫んだ。すると、葵達想現法者は、持っている杖で十字を描き、バトンがいる方に向けた。
それから、バトンの左腕が淡く光りだすと、次の瞬間には血が止まっていた。
一瞬何が起こったのかわからなかったが、想現法はイメージを呼び起こす現象だ。その種類がどの程度あって、どの範囲まで出来るのか僕は知らない。傷が回復したという事は、そうさせる想現法だろう。想現法は、今までのあり方から考えるに、呪文のない魔法と言える。ファンタジーの小説で描かれる魔法ほど威力は強くないし、人を生き返らせたりする事は出来ないが、ほぼ軽い魔法と同じようだった。
傷が落ち着いたバトンはすぐに立ち上がって、剣士達の先頭に立った。
飛び出してきた魔物は全部で2体だった。どちらとも大型で、さっきまで前衛部隊が戦っていたものと同じ恐竜の様な姿をしていた。
「これは厳しいな、、、。」
ダンビルさんが横で呟いた。この手の魔物は前衛部隊でも一匹倒すのに初めは手こずった。今は急所をつかんでいるとは言え、一度でもその攻撃に当たれば命を落としかねない。
だからといって、逃げるわけにもいかなかった。僕らは今この部隊が最善だし、魔物二匹を相手に、この洞窟から全員が逃げ切ることは難しかった。
「皆でかかるぞ!!」
部隊の先頭のバトンが叫んだ。取り巻きはもう倒し切ったから、僕らも含めた全員での総攻撃になる。
「おお!」
先陣を切ってバトンが斬りかかると、それに続いて僕らも動いた。
近くで見る魔物は、当目で見るよりも大分大きかった。ひと突きで突き破れそうもない立派な皮で、防御力が非常に高いという事は一瞬で理解できる。攻撃の一つ一つも大きいため、僕らサブの剣士達には、前線の剣士達の戦いを少しでも有利に進めるための援護役で精一杯と思えた。
オアアアアア!!
威嚇するように吠える魔物に、足が怯みそうになる。今までこんな大きな動物を檻もなく見たことはないし、何せそれは今凶暴化している。僕らを襲おうとしているわけだから、怖いのは当たり前だ。だが僕は、ここで怯めば勢いに飲まれる勘がしたから、必死でそれを堪えた。自分を戦いに向かわせる為に剣を構え、一度深呼吸をした。
「うらあああああっ!!」
集中力を研ぎ澄ませて、魔物に向かって走る。魔物の左側に行き、腹に向かって剣を突き刺す。予想通り魔物の皮は厚く、一回突いただけではほんの少ししか傷がつかない。だから、何度も何度も必死に突いた。
魔物は、何度か突いているうちに僕に気付いて、尾で僕を突き飛ばそうとしてきた。その魔物の動きに気付くのが遅れた訳ではなかったが、予想よりもその尾の動きは速く、僕は交わしきれずにその攻撃を軽く受けてしまった。それだけでも、僕はしばらく立ち上がれなかった。魔物の攻撃は足に当たって、少し当たっただけにも関わらず、僕はバットで殴られたような感覚だった。
これは、まともに食らったら一撃でも危険だと思い知らされた。僕は残る足の痛みを堪えつつ、必死で魔物から距離をとった。
走りながら、足の痛みが少し和らいだ感じがした。思い当たることがあって遠くを見ると、やはり葵が僕の方を向いている。想現法で痛みを和らげてくれたようだった。
心の中で葵に礼を言いつつ、僕は一旦心と体制を立て直す為に魔物から離れ、岩陰で息を整えた。さっき攻撃を避けきれなかったのは、確実に僕の足が竦んで言うことを聞いてくれなかったからだった。あの時魔物の動きは読めていたし、避けなければとも思っていた。けれど、体が動き出すのは少し遅れた。自分でも分かっていた。魔物に対する恐怖がそうさせていた。まともに攻撃を受ければ死ぬかもしれない、今まで経験する事がなかった恐怖。逃げ出すことだって出来る。なら、もう逃げ出してやろうかという心がないわけではなかった。葵を連れて逃げようかと思わなくもなかった。
それでも、逃げられなかった。僕に剣の手ほどきをしてくれたダンビルさんは、果敢に魔物と戦っている。死の恐怖があっても、恋人と再会する為に。葵だって、必死に想現法で戦士たちを援護している。皆が必死になって、魔物と戦っている。ここまで来て、途中で投げ出すわけにはいかない。
呼吸が整ったところで、再び剣を握り直した。戦う方法としては、魔物に近づきすぎないようにしつつ、隙を突いて打撃を与えるしかない。僕が魔物を倒す立役者にはなれないにしても、前衛剣士達が魔物を倒す援護なら出来る。全力で援護にまわる事を決めた。
立ち上がって、魔物のいる方を向く。魔物には傷が増えていたものの、動きはまだ当初のままであった。つまり、油断など全く許さない。
遠くではダンビルさんが剣を振っていた。その姿を見ていたら、何故か身軽になった気がした。
ダンビルさんは、守るものがある。死ねないというのは、彼から聞かなくても分かる。それでも、彼が怯えることはない。いや、細かく言えば、怯えていてもそれが剣を振る様には全く現れる事はない。むしろ、死ねないという事実が彼を強くしているように見える。前衛隊で魔物に立ち向かう彼からは、ただひたすらに、命を賭して魔物と戦う彼の強さや、人としての大きさを感じる。普段の穏やかな彼とは違う、誰よりも勇ましい彼の姿が、魔物と対峙するこの場にはあった。彼の決意の表れだった。
その姿を見ていた僕の足も、気付けば動き出していた。さっきよりも軽く、早く動けるようだった。これなら、まともに戦えそうだ。
魔物に向かって走り、今度は足を狙って斬りかかる。魔物が他の剣士の攻撃に気を取られている隙に、真心を剣に込めて魔物の足を斬りつけた。上手くいったようで、魔物は暴れた後に大人しくなった。僕は慎重に距離を取りながら、魔物の動きが収まるのを待って急所を剣先で突こうとした、その時だった。
魔物は尾を振り回し、僕ら剣士は不意を突かれて攻撃を食らってしまった。尾に打たれてからの記憶はない。飛ばされて、気付いた時には魔物が迫って来ていた。
逃げなければと思い足に力を入れたが、激痛が走った。意識が戻ったばかりで気付かなかったのかもしれないが、明らかに骨折していた。想現法は、軽度の傷しか直せない。僕にはどうする事も出来なかった。
覚悟はしていたが、実際にこうして何も出来ない、抗えない状況に陥ると、恐怖とともに絶望が押し寄せて来た。葵が、これからひとりで旅をすると考えると心配でしかない。自分の力のなさと、葵への申し訳ない気持ちで涙が溢れて来た。残酷なのは、僕がこうして負の感情に浸る時間があるという事である。全く時間なく、一瞬であったなら、こんなに生きたいと望む事は無かっただろう。
遠くで葵が叫ぶ声が聞こえる。
葵、ごめん、、、。
そうして、諦めて目を閉じた時だった。
刀身がオレンジに光る細身の刃が、僕の間近に迫った魔物を切り裂いた。魔物は、大声で吠えた。今までであれば倒れる所だが、倒れず直ぐに引き下がった。
僕の前には、剣士が立っていた。持っている剣の鞘は、青と黄色だった。後ろ姿の美しさは、言うまでもない。僕は目の前で起きたその一瞬の出来事に、言葉が出てこなかった。僕が助けられたという事も、助けてくれたその剣士が女性である事も、気付くまでに少々かかった。僕は、彼女のお陰で助かった。
女剣士は、依然魔物と向き合っている。素早く魔物に向かって走り出すかと思えば、一瞬にして飛び、魔物の背後に回った。魔物もすぐさま反応を示し、女剣士のいる方を向いた。魔物は、さっきまでより明らかに強さが増していた。初めのままの強さであれば僕でも力になれたはずだが、今の魔物は僕程度の剣士では太刀打ち出来ないほど、動きの速さも攻撃の威力も上がっていた。
が、女剣士はそれを意に介さず、ただ戦う意志だけを強く持っていた。
再び彼女の剣がオレンジ色を帯びる。そして次の瞬間、彼女は魔物に真っ向からぶつかっていくと見せかけ、直前で身を交わし足を剣で切り裂く。魔物の動きは、それから鈍くなった。間髪入れずに反対側に回り込んだ彼女は、そのまま反対側の足にも剣を当てる。魔物はすぐに倒れた。とどめに、急所の首を3度斬りつけると、魔物は全く動かなくなった。
勝って剣を納める彼女は、凛々しさと寂しさが同居した、不思議な美しさがあった。
僕は体力が限界だったらしく、それから気を失った。




