プロローグ
その日、関東地方は猛暑日だった。最高気温は三十五度を超え、ニュースでは熱中症に要注意との注意喚起がしつこい位繰り返されていた。
そんな日なのに、僕は地元の大船を出て東京に向かった。暑さに弱いはずなのに、人の多さで余計に熱く感じる人ごみに紛れにいった。その理由は単純だった。
恋人に、出掛けよう、と誘われたからだ。それも、普段は僕から誘う事が多いのに、今回はなぜか彼女から誘ってきた。だから僕は、日本ではない何処かにいると錯覚しそうなほど暑い外に向かった。
水族館をはじめとして、彼女の計画で色んな場所を回った。その多くが、彼女が前から行きたいと言ってたが行かなかった場所だった。彼女は時々、少し切ない表情を浮かべる事があった。それを僕が疑問に思いはしても、どうしたの、と聞く事は最後までなかった。
その日の最後。彼女は僕を、僕達二人の今の関係が始まった場所に連れて行った。
東京台場の潮風公園。ちょうど夕陽が海を伝って、僕らとの間に橙色の光の橋を架けている頃だった。
その、僕らが恋人同士になることを決めた場所で、僕は彼女に、その関係を終わりにしようと告げられた。
別れて欲しい、ただその一言だった。理由を聞いても、彼女は何も言ってくれない。少しでも問い詰めれば涙が溢れてきそうな表情の彼女に、僕は何も聞く気になれなかった。
「ごめんね。」
ひとことだけ最後に行って、彼女は立ち去った。背中を向けた彼女がどんな表情なのか、さっきまでの崩れそうな彼女の表情から何となく分かったけれど、僕には、そんな彼女を引きとめる勇気がなかった。ただ立ち尽くすしかなかった。
その日、僕は二年付き合った恋人の白川葵に振られた。