もう一つのプロローグ(9)
「…………」
倒したジュンヤを確認に行くために、その下を覗き込む途中……左手側に、新たに飛び移った建物の入り口があった。
鍵は掛かっているだろうが、そんなものトウカには関係ない。
建物の中を通って降りて行ったほうが、途中で今の相手の様子を見ることも出来るだろう。
このまま歩を進めて大人しく顔を出すよりも安全だが……。
……まあ、そこまでする必要もないか。
とトウカは考え、けれども油断はせず、右腕の能力をすぐに発動できるようにして歩を進め――
――その眼前を、太い矢が通り過ぎた。
「っ!」
例の、四指束ねての貫通矢。
だがそれは、顔を覗き込む前に上空へと舞い上がっていった。
……生きていた。
いや、ようよう考えれば、あの建物でのバウンド。
アレは空中に浮いていたのと同じ能力で、敢えて身体をバウンドするよう守ることで、ダメージを軽減していたのだ。
そして下に落ちたことで、そのまま不意打ちの機会へと成した。
それにしては……その、不意打ちの一撃が、あまりにも拙い。
自らの置かれた状況から咄嗟に戦略を練ったせいで巧くできず──タイミングを狙いすぎて、気が逸ったか……?
いやそれとも、今度こそ気を失って、引っ張っていた矢が指から離れてしまったか……?
「……いや! 上空かっ!」
つい声を荒げて上を見れば、そこには先程放った矢が、方向を変えて降ってきているところだった。
ジュンヤのもう一つの与術 >>曲射<< 。
放った矢を二回、方向転換することを可能とするスキルだ。
ジュンヤは地面に殴り飛ばされながらも、矢を番え、彼が近づいてくるのを待った。
職業:アーチャーとしての特性だろう。
遠距離攻撃の職業だから、狭い洞窟では邪魔でしかないと言われて置いていかれたその職業。
だけど今は、それ故の耳の良さがここにきて発揮された。
そして、近づいてきたそのタイミングで……天に向けて矢を放ち、その方向を変えた。
真上から降り注ぐ矢とするように。
だけどそんなもの、トウカにとって不意撃ちになりはしない。
その右腕を――手の甲を掲げるようにして、上へと突き出すだけで、防ぐことが出来るのだから。
これでまた、貫通と防御による、矛盾から生じる世界のルールが発動する。
そして再び互いの能力が一時的に無力化されたところで……落ちた勢いを乗せた体術で仕留める。
そんなトウカの算段は、見事に崩れ去った。
右腕で降り注いだ矢を防いだところで、世界のルールが発動しなかったのだから。
「っ!」
だからといって、右腕の防御を貫通してきた訳ではない。
単純な話だ。
トウカはそもそも、四指収槍ノ矢をちゃんと見ていない。
面で放たれた矢の奥に一際大きな矢があったように見えただけだ。
それで勝手に、大きな矢=四指収槍ノ矢だと勘違いしていた。
先程防いだ天から降る矢は、三指で束ねたただの矢でしかなかった。
そこに貫通能力はないため、右腕の能力であっさりと防がれたのだ。
そしてそれこそが、ジュンヤの狙いだった。
トウカの左手側――建物の入口がある場所を砕き、もうひと回り大きな矢が、トウカへと迫ってきた。
……右腕の能力で防ぐ。
ならば、左側から狙うのは通り。
だけどそのまま >>曲射<< で曲げただけでは、防がれてしまう。
だから不意を衝くために、まずは目を惹く攻撃を放ったのだ。
今回ばかりは、ジュンヤの方が一枚上手だった。
「……ちくしょうがぁっ!」
――それでも、このまま貫かれる訳にはいかない。
ただ負けを認めてやられるなんてカッコイイ方法を選ぶぐらいなら……みっともなく抵抗する道を選ぶ。
それで醜く生き残ろうとも、死ななければ負けじゃない。
だから――
「ふっ……!」
左腕の能力を――黄色に輝く魔力が灯った左腕を、裏拳の形でその矢に放つ。
だけどそれでは、貫通する矢をかき消すことは叶わず……。
……けれどもそれで、少しだけ矢の軌道を逸らすことは出来て……。
なんとか、左腕と背中を抉られ、建物から落とされるだけで済んだ。
「しまいだ……!」
しかしそれを、ジュンヤが見逃すはずもない。
ただ腹を殴られただけの――せいぜい肋骨が折れているだけの、 >>簡易風魔法<< で落下の衝撃を無くして大した怪我をしていないその姿で、さらに光る矢を番える。
地面に落ちて、倒れて、身体を起こさないトウカに向けて……路地から、その矢を――放った。
転生人の──職業がアーチャーとしての、矢。
外すはずがない。
外れる訳がない。
「……?」
けれども、何故か。
ジュンヤ自身が分からないながらも……しっかりと構えていたのに、突然力が抜けて放たれたその矢は、トウカの近くの地面へと着弾した。
「……なんだ……?」
思わず、自分の手のひらを見てしまうジュンヤ。
それほどまでに、先程の矢は違和感があった。
「あなたを……呪っています」
その、疑問に答えるように。
女の子の声が聞こえてきた。
住民たちは厄介事を避けて、どこかへ行っている。
だからこれは……相手側の、誰かの声だ。
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
声の主だろう。
手を見つめている間に、駆け寄ってきたのか。
息を切らしているその姿から、必死になって走ってきたことが伝わってくる。
小柄で、短い髪の少女。
ジュンヤは知らないその少女。
ミュウだった。
彼女は【呪い】使いだというのに――敵とトウカの間に割って入るように、ジュンヤの前に立ち塞がった。