もう一つのプロローグ(8)
「くっ……!」
防御系の魔法のようなものか……!
消失した矢を見てそう考えたジュンヤは、それでも再び四本の矢を放つ。
そして放つと同時、再び次の四矢を番え、連続で発射し始めた。
何度も何度も放たれていく矢。
けれどもそれらは全て、トウカが差し出す腕から生まれる『見えない壁』に阻まれていった。
……だが、それはジュンヤにとっても狙い通り。
その、矢の群れの後ろから……四指で生み出した矢を一つに束ね、一本の太い矢と成す。
指を開いて放ち続けていたソレを、指を締め、大きな矢を番えているようにしたのだ。
ジュンヤが持つ矢の中で最も威力の高い、貫通能力がある矢。
これならば見えない壁なんてものは破壊できる……!
「くらえっ……!」
向こうに届かせる気のない、小さな──けれども力ある言葉とともに、その指を離し、矢を放った。
――パキイィィィン……!
着弾と同時、今までとは違う、聞き覚えのない音が響いた。
ガラスが割れたような音は間違いなく、先程の見えない壁を壊した音そのものだった。
「やった……!」
と、思うと同時、自らの周りにあった浮遊感が喪失した。
「……あれ?」
落下する感覚が全身を支配する。
「ぐっ……!」
それでも慌てず、何とか >>簡易風魔法<< を発動させ、その落下の速度を落としていく。
落ちていくのを再び浮かせられるほど、この魔法は強くない。
落下速度を落とし、いずれはその勢いを何とか殺すことで、再び空中に留まることで落下ダメージを受けないようにしようとする。
その程度にしか使えない。
――けれども、この程度に抑えなければ俺は、もっと大きなものを背負わされ――
「……?」
その、一瞬過ぎった思考が何なのか、考え――
「追いついた」
――ようとした目の前に、トウカが現れた。
左腕を、振りかぶって。
「っ!!」
気付くのが遅すぎた。
落ちた己を律するのに夢中になりすぎて、見ていなかった。
……思えば、囮としての矢を放ちすぎていた。
矢は掻き消されていたのだから、煙が生じて相手が見えなくなっていた訳ではない。
それでも……面と成し、こちらが大きな一撃を狙っていると悟らせないようにしていたせいで、逆にこちらからも、相手が見えていなかった。
……この時、ジュンヤはあのガラスが割れたような音が、攻撃が当たったと勘違いさせるために、ワザとそう鳴るように解除したのだと考えた。
しかしそれは違う。
アレはれっきとした“この世界で定められた現象”の一つだ。
転生人の世界改変の影響を、一般人が、全く認識すること無く受けてしまうように。
【呪い】保持者が、転生人の世界改変の影響を受けないように。
お互いに相反する効果を持つ能力がぶつかり合った時は、双方ともに消滅してしまうのだ。
全ての防御を貫く、ジュンヤの四指収槍ノ矢と――あらゆる攻撃を発動者ごと必ず防ぐことができる、トウカの白色の腕。
その文字通りの矛盾を解消するためには、双方ともに存在しなかったことにしなければならないと、世界は判断する。
その結果が、両方の能力の消失と、攻撃を隠すために放った全ての矢の消失――そして、ジュンヤが使い続けていたスキルの無効化だ。
矛盾が生じた現象だけを消失させるのではなく、その使用者が持つ能力全てを一時的に無力化する。
結果的に矛盾を生じさせた現象をも消失させる――というプロセスだ。
だがそれを、ジュンヤは知らない。
何故自分だけ身体を浮かせる能力が消失し、相手のあの距離を詰める能力は消失しなかったのか。
そう考えてしまった。
……実際は、トウカのあの距離を詰めるものは能力ではなく、トウカ自身の身体能力によるものなのだが。
それに気付かない。
いや、気付く余裕自体が、そもそも無かったのだ。
なんせ、その振りかぶった腕を使って、全力でその腹を、殴られたのだから。
「っ!!!!!!」
ただの拳。
そこに彼特有の、左腕の能力は付与されていない。
それでも……跳ぶように一息で距離を詰め、身体を静止させ、着地していない両足が浮いた状況で、まるでしっかりと地面を踏みしめたかのように踏み込み、腰を捻り、全身の力を腕に集約させたその拳の威力は……素のものであったとしても、相当のダメージを与えた。
――むしろ。
何の防御能力もない状態で受けた、ただの拳だからこそ……ジュンヤにはダメージが大きかったかもしれない。
「ふぅ……」
建物の奥、その地面へと叩きつけられるよう吹き飛ぶジュンヤとは真逆に、トウカは優雅にも見える動きでゆっくりと着地し、大きく息を吐き出した。
自分の身体で再び、能力が発動できることを確認する。
既に矛盾による世界の影響は解消されていた。
もし殴る瞬間にでも戻っていれば、確実に倒せていたのに……いやそうすると今度は、ギリギリで防御されていた可能性がある。それならばこれで正解だろうと、改めて自分の行動に納得する。
確実に倒せているのなら真っ直ぐに殴り飛ばしたのだが、そうはならないと分かっていたから、斜め下の地面へと叩きつけるように殴った。
着地したこの建物の向こう側の路地へと落ちていった。
なんなら、さらに向こう側の建物の壁に激突してバウンドしていた程だ。確実に倒せてはいるだろうが、それでもしっかりと確認しておかなければならない。