もう一つのプロローグ(7)
立ち上がる勢いを利用して倒すことで、形勢を逆転した。
――つもり、だったのだろう。
「くっ……!」
「どうした? オレの足首を掴んで」
だけど、掴んだそこから、トウカの足は一歩も動かなかった。
「ま、それは戦う意思があるってことだよな? だったら――」
瞬間、ジュンヤの背中に、ゾクリとしたものが走る。
この世界に来て――いや、元の世界でも、初めてのことだった。
……それは、彼自身が初めて受けた、純粋な闘気だった。
「――始めるぞ」
本能の命じるままに距離を置こうとしたジュンヤのその横っ腹が、思いっきり蹴り上げられた。
再び空へと舞う身体。
しかし今度は、自分の意志ではない。
しかも今度は、強いダメージを受けて。
……転生する人間は、生まれ変わる前に、自らが望んだ才能を──与術と呼ばれるものを、得ることが出来る。
トウカと同じく転校してきたイオリに、『完全学習』能力が備わったように。
ただジュンヤはイオリと違い、自分が得た能力をずっと覚えたまま、この世界で育ってきた。
だから、不意打ちで背中を殴られて叩きつけられた時も、ダメージを受けなかった。
ジュンヤの与術 >>不意打ち無効<< によって。
だが、この蹴りは違う。
認識した上でのダメージだ。
前の世界にいた頃から、痛みには弱い。
だからこそ、この世界では、その痛みを避けられる戦い方を――ゲームで言う職業を選んだのだから。
「……ぐぅっ!!」
吹き飛ばされている中、蹴られた箇所を押さえ身体を丸めてしまう。
空中という無防備な状況ではどういう追撃があるのか分からないのに。
戦い慣れていない証拠だ。
「……うぅっ!」
それでも、このまま地面に転がされては本当にまた殴られるだけなのに、何とか空中で姿勢制御をし、吹き飛ばされていた勢いを止める。
そしてそのまま、空中で静止した。
与術 >>簡易風魔法<< 。
誰かに傷つけられるほどの魔法ではないが、こうした姿勢制御や空中静止ぐらいなら出来る能力だ。
だが空中で止まったところで、あんな一瞬で距離を詰めたり出来るトウカのこと。
空中への追撃ぐらいしてくる――
「……あれ?」
――と思ったのに、当のトウカは全く動いていない。
建物からも。
跳ぶようなこともしてこない。
……改めて自分がいる高さを見てみれば、そこはかなりの上空だった。
もしジュンヤの世界のように飛行機が飛んでいれば、普通に衝突してしまっていたかもしれない。
それだけの高さまで蹴り上げられた。
その威力の高さにビックリする。
あばら骨が何本かイッってるのか、鈍い痛みが常に走っている。
でも、それだけだ。
……元々の世界でこの怪我をすればきっと、ジュンヤ自身何も出来なかっただろう。
転生体となり、強い肉体もまた与術として望んでいたからこそ、痛みがあっても動けているだけに過ぎない。
けれども、ジュンヤ自身はその事実に気づくことはなく……飛ばされたことも、その威力は本来の自分なら耐えられないものだということも考えず……ただ相手はこちらまでの攻撃手段なんてなく、力もそこまで強くないのだろうという、都合のいいことばかり考えていた。
だから、この距離から攻撃できる手段を持つ自分は――むしろこの遠い距離だからこそ、自分に適していると思っているジュンヤは……このまま攻撃を仕掛けようとする。
手のひらを、パンっと鳴らして開く。
そこに青い光が生まれ、形を成して具現化する。
形状は弓。
そのままトウカに向けて構え……弦が無いにも関わらず、矢を引く仕草を取る。
それだけで、同じ青い光が一条の矢となり生まれた。
矢が無くても矢を放てる。
そう……彼が望んだ職業とは、アーチャーだ。
それ故に、洞窟内では役に立たないと言われ、置いていかれたのだから。
「――ふっ!」
息を吐き、絞ったその指を離す。
それだけで矢が放たれ、狙い定めたトウカへと降り迫る。
そこまで強く引いたようには見えないのに、かなりの速度を伴っていた。
……が、一直線で迫るそんな攻撃、トウカが当たるはずもない。
ただ半身を動かすだけで躱してしまった。
「ならば……!」
今度は親指を除く四指を用いて矢を生み出し、放つ。
一斉に迫る四本の矢。
今度は身体を動かすだけでは躱せない。
どこか別の場所に移動しようものなら、その着地のタイミングを狙って、再び矢を放つだけだ。
彼がこちらを追いかけられないということは、空を飛べないということ。ならば着地際を狙うのは通り。
「…………」
だけどトウカは、迫る四矢を見つめたまま、動くことはしない。
まさかこの本数でも避けられるつもりなのか……。
それならばもう一つの能力を使えば良いだけだ。
そう、ジュンヤが次への行動を思考していると、トウカがついに動いた。
だけどそれは、ジュンヤが想定していた動きとは違う。
矢が高速で迫る中、左足を下げ・右腕を前に。
前に突き出すのではなく、手の甲を上に向けたまま、太ももまでの高さまでしか上げない。
上から迫る矢をどうにかしようとしているようには見えない、下からの攻撃を防ぐための構え。
それでは何の意味もないだろう……。
そう考えていたジュンヤの目の前で、自分が放った矢が消えたのを見た。
「なっ……!」
消えた、というのは違和感があるか。
見えない壁に当たったような、もしくは何かで掻き消されたような、そんな感じで自分が放った矢が消失したのだから。