もう一つのプロローグ(6)
突然の背後からの声に、少し驚きながらも振り返ると、そこには一人の男性。
背が高く、学校の制服のようなものを崩しながら着た、粗暴な雰囲気をまとっている。
「キミは?」
「オレの質問に先に答えて欲しかったところだが、まあ良いか。オレもその質問に答える気はねぇしな。
だってこんな所にいる奴なんてのは、この国の人間じゃねぇに決まってるだろうし」
こんな所……と言ったのはトウカ。
彼とジュンヤがいるのは、建物の屋上。三階建ての低いビルの、ちょっとだけ広いその場所の縁から、ジュンヤは下を見下ろしていたのだ。
「というか、建物から建物に飛び移れる奴なんてのは、この国どころかこの世界の人間の身体能力からじゃ考えられねぇしな」
世界改変が行われていると分かってからすぐ……トウカは会話しながらも周りを見回していて気付いた、この違和感そのものを追いかけた。
トウカ自身が言ったような、建物から建物へと飛び移っている人間を。
剣や杖を持つ、トウカ自身の世界にもいたような人が当たり前にいる地域なら、そういう人もいるだろうと最初はスルーした。
だが、そうでないと分かった以上、建物の上を飛び移っている人なんて、おかしさしかない。
だからトウカはすぐさま追いかけたのだ。
一息に建物の上へと飛び移り、ミュウやリースを置いてまで。
「この国の……ということは、君もこの国の人間じゃないんだね」
「この世界の、だ。お前もそうだろ?」
「なんだ……同じ転生人か」
「ちょっと違うな。でもま、この世界の人間じゃないのは一緒だ」
トウカの返事を聞いて、ふむ、と少し悩む。
「じゃあキミは、別の世界から来たのか。
通りで見たこと無いわけだ。
それならまあ、力としてみればちょうど良いかな」
「ちょうど良い?」
「俺の仲間にならないか? この世界を救う手伝いを一緒にしようじゃないか」
「…………はっ」
ジュンヤからの申し出を当然、トウカは一笑に付す。
「仲間に、か……なるほどなるほど。
面白いことを言うな、お前は」
「面白い?」
「だってそうだろ? 仲間にだなんて言いながらお前は、自分の要求を一方的に手伝わせようとしてるじゃないか」
「……どういうことだ?」
「そのままの意味だよ。
世界を一緒に救う手伝い? オレはそんなことを求めてないのに、それを求めていて当然とばかりに提案してきて。
お前、オレが何を求めているか聞いてもいないだろ? 自分の考えが周りも一緒だと、当然とばかりに思ってる。
自己中心的だよ、お前」
「…………」
自己中と言われ、ジュンヤは少しムッとする。
「その怒りはオレの言葉に対してか? 図星を衝かれたからだろ」
「……お前がそうやって、俺のことを何も知らない癖に、そうやって好き勝手言うからだろ?
こっちは出来れば女の子の仲間が欲しいってのに……」
「妥協してやった、か? 中々自己中さが表に出てきたな。
ま、お前は転生人だからな。確かにそういう、お前の望んだお前を一方的に好いてくれる人が、いつかは現れるんだろうさ。
そうすりゃ望んでる女の子とやらも出てきてチヤホヤしてくれるさ。
改変された意識を、改変されたと自覚ないままの女の子たちがさ」
「……何を言ってるのか意味は分かんないけど、そうやって喧嘩売ってくるってことは、一緒には来ないってことだろ? じゃあもう用はないな」
「そういうところも自己中だって言うんだよ。
結局お前は今、自分にとって得にならないと思ったから立ち去ろうとしてる。
せめてそういう性格だってのは自覚したらどうだ? そしたら図星を衝かれても開き直れて、もうちょっと気が楽になるぞ。オレなんてそうだしな」
「はあ?」
「自分の欠点は認めて抱えて開き直るぐらいで良いんだよ。
そっからオレみたいに治そうとしないか治す努力をするかで言うと、圧倒的に治す努力をしたほうが良いだろうけどな。
そこはまあ、治そうとしてないオレが言っても説得力はねぇか」
ははっ、と軽く笑って言うトウカのその説教めいた言葉に、最早興味をなくしたのか。
ジュンヤは彼を無視して別の建物に飛び移るために、大きく跳んだ。
――その背中に、トウカは躊躇うこと無く、拳を叩き込んだ。
「がぁっ……!」
ジュンヤが飛び上がると同時、追いかけるように飛び上がってその背中に追いつき、思いっきり左の拳で殴りつけた。
屋上に立っている段階から数メートルの距離があったにも関わらず、その距離が一気に詰められたのだ。
それはジュンヤ本人も意外だったのか、何の防御も出来ずにその攻撃を受けてしまった。
「っ……!」
ドンッ! と別の建物の屋上に叩きつけられるジュンヤ。
「まあ聞けよ」
その側に、トンっと軽く着地するトウカ。
「オレの目的を聞いてから行けよ。
オレはさ、この世界に、オレよりも強いやつと戦うために来たんだよ。
後はまあ、前の世界で出来なかった、誰かと協力して誰かを倒すとかもやりてぇな」
「……そのためなら、見ず知らずの人を傷つけても良いってか?」
「そりゃこの世界の人間を無闇に傷つけるつもりはねぇさ。
でもお前は、この世界の人間じゃない。
むしろこの世界にとって害となる存在だ。オレと一緒でな。
だから転移してくれたこの世界のことを思えば、お前を倒すのもまた、この世界への恩返しになるんだよ」
「……ふざけるなよ」
「ふざけるな? 何が」
「俺が仲間にしてやろうって考えたのに……そんな友好的な奴でも、傷つけて良いってのか……?」
「ああ」
「それが……ふざけるなって言ってんだよっ!」
側に立っていたトウカの足を掴み、そのまま起き上がる動きで持ち上げるように倒す。