もう一つのプロローグ(5)
「……なんだよ」
驚いたままの二人を見て、ようやくトウカも事の重大さに気付いてきたのか。
その言葉に、さっきの世間話感は無くなっていた。
「…………」
「……簡単なことですわ。
この世界に、ああした物騒な物はあり得ない。
であれば、結論は一つでしょう?」
ミュウが黙っているから、リースがそう、答えを口にしようとする。
……けれども、そこまで言ったところでトウカもまた、すぐに答えが分かった。
「なるほどな」
自然と、その口元には笑みが浮かぶ。
「つまりこれが、世界の改変、って訳か」
その結論を肯定するために、リースは一つ、頷いた。
「ええ。
近くに、転生人がいますわ」
◇ ◇ ◇
世界改変。
それは転生人が持つ、無意識下のみで発動する能力。
基本的に【呪い】保持者はその影響を受けないのだが、それにもまた受ける受けないの範囲が人によって違う。
ルーベンスのように【呪い】保持者として強く覚醒しているのであれば、どんな影響も受けず、また改変されたものを見ただけで、どういった改変が行われたのかもある程度分かる。
今回のように、現在進行系で改変されている現場にいれば、すぐに気付いたはずだ。
しかし、ミュウやリースのような、つい最近ようやく【呪い】を扱えるようになった者には、そこまでのことが出来ない。
せいぜいその改変の影響をうけない程度がやっとだ。
それも、改変されても、改変されたことを自覚できない程度で。
だから、こういうこともある。
改変された人が隣を通っても、意識して見ていないと気づくことも出来ない。
本当に、辛うじて影響をうけなかっただけ――今回で言うなら、身につけているものが気付けば剣や杖になっていたりしなかっただけ、良かったと思うべきだろう。
【呪い】を扱えるようになっていなければ、結局は【呪い】保持者ではない人たちと同じで影響を受けてしまっていたかもしれないことを思えば、だけど。
◇ ◇ ◇
剣と杖を持った人たちがいる世界……。
それは、魔物が当然のようにいる世界か、隣国との争いが当たり前の世界を望んだ人ということになる。
何かしらの、戦いの世の中が生まれる世界を望んでいる。
もちろん当人は、そんな大それたことを考えているつもりもない。
自分はそういう世界に転生してきたのだと、そう思っている。
そうした世界を、自分が無意識の内に望み、世界が改変されて作られているだなんて……考えるはずもない。
……望みは、ただ一つ。
一緒に異世界へと飛ばされたクラスメイトと合流し、自分の力を見返したい。
この世界で生まれ直し、最初にいた国にあるダンジョンへ行く時、自分だけが置いていかれた。
役に立たないからと言われて。
だから、別の国にもあるとされているダンジョンには、自分と、そこに行くまでに見つけた仲間と一緒に向かう。
そうしていつか、いくつもあるダンジョンのどこかで再会し、その出来た仲間を見せて、見返してやる。
それが彼、ジュンヤの――諸星淳也の望みだった。
元々の、転生前の世界でも、クラスメイト達は自分を避けていた。
イジメというイジメは転生の影響で思い出せないが、話を無視され、遠巻きに見られるだけで、誰も関わってはくれなかっただけだったはずだ。
暴力を振るわれた記憶はない。
せいぜい、ネットで陰口を言われていた程度だったはずだ。
ジュンヤはキレたら何をするか分からない。
彼自身がそう豪語する程のその周りに抱かせる恐怖が、自然とそうさせていたのだろう。
少なくとも彼自身はそう認識している。
弱いながらも攻撃したいからこその手段を取っていた、と。
特別な自分に対して距離を置くのは当然なのだろうが……それでも普通に、接してほしかった。
そんな望みだってあった。
……でも、それは転生した先でも、叶わなかった。
だから自分が役に立たないとして、置いていった。
いたところで気を遣って、どうにも出来ないだろうと思われて。
役に立たないわけがない。
そんな能力な訳がない。
それなのに、無視していたり距離を置いていたりの延長で、ダンジョン攻略には連れて行ってもらえなかった。
だから、見返すのだ。
そしてあわよくば、自分についてきてもらって、そのままリーダーとして、彼らを導いて……元の世界に戻っても良い。
今、リーダーシップを発揮している人も一緒になって。
皆の望みは、同じなのだから。
きっと“その時”には、この世界で一緒に来てくれた仲間とは、悲しい別れになるだろう。
行かないでと言われるだろう。
だけど自分は、元々の世界にいたのだから、そこに帰るのが普通のことで……この強い力を持っていること自体が――そんな奴がこの世界にいること自体が、世界にとって、おかしいことなのだから。
この世界を、正常に戻すためにも。
……いや、その前に、この世界の危機を助けてから戻ったって良い。
何もかもを解決して、感謝され、この世界にいなくなっても、英雄のように扱われて……でもそれは結局、この世界でこれから出来るだろう、仲間に与えて……仲間たちだけが知っているその真実に、心のなかで感謝して……。
そして、真の功労者である自分は、クラスメイト達と元の世界に戻って、また日常に戻るのだ。
ちょっとだけ、仲良くなったクラスメイトと、過ごすようになる日常に。
「アンタ、この国の人間じゃねぇんだろ?」
そう、考えていた男性の背後から、声が掛けられた。