もう一つのプロローグ(4)
「なぁに悩んでんた、ミュウ」
「……トーバードです」
突然歩調を合わせて隣に並んできたトウカに自分の呼び方を訂正するものの、内心では無駄だろうなぁ、という気持ちが大分あった。
「良いじゃねぇか、呼び方ぐらい。
それで、どうしたんだ? なんかすげぇ眉間にシワ寄せて考えてたけどよ」
「別に……あなたには関係ないことです」
「釣れねぇなぁ……オレがなんかしたか?」
「……別に」
「じゃあ良いじゃねぇか。
なんだ? 話してみたら変わるかもしれねぇだろ」
「……あなたには、分かりませんよ」
自己評価が低いということを差っ引いても、ミュウとトウカは確かに違いすぎる。
文字通りの陰と陽。
雰囲気から考え方まで、何もかもが。
これならまだ、リースとのほうが似ていると言われても、違和感がないぐらいに。
「どうしてそう分からないと決めつけるかねぇ……。
良いか? オレとミュウはどう見ても違うだろ? 性別は当然として、身長も性格も、生きてきて身につけてきた糧も、世界すらも、何もかもが絶対的に違う」
だから話したくない。
ミュウはそう考えているというのに――
「だからこそ、話してみれば何か分かることがあると思わねぇか?」
――彼は何故か、そう言ってくる。
だから、自分の考えを口にして、否定する。
あなたとはソリが合わないのだから、もう何も聞かないで欲しいという意味を込めて。
「……かもしれませんね。
でも、そこまで違うからこそ、言われたソレが正しかったとしても、何も納得できないのも分かってるんです。
あなたとは見てきたものが違う以上――感じて積み重ねてきたものが違う以上、話したところで意味なんてありません」
「そういうもんかねぇ……」
この理屈が通じてくれない以上、やはりミュウにしてみれば、トウカとは何も分かり合えないとしか、言えない訳で。
「まあでもどっちにしても、こうして少しはオレと話してくれるぐらいには、ミュウも心を開いてくれたってことで良いんだよな?」
「そうはなりませんよ。
あとトーバードです」
どうしてここまで突き放しているのに、未だに自分に話しかけに来るのか……。
違うと拒絶されているのにここまで声をかけてくるその性格もまた、ミュウにとっては厄介で、分からないことそのものだった。
「……あなた、私だとチョロいと思って声をかけてきてませんか?」
……なんて質問が、ミュウの口から出てきそうになるが……言ったところで無意味だと思い、彼女自身がその言葉をそのまま飲み込んだ。
自分とは違い背の高いリースと、男性の中でも背が高い方になるだろうトウカがお似合いなのは、傍目から見てもすぐに分かる。
よく聞いていなかったものの、話だって盛り上がっていた。
それなのに自分に声をかけてきている理由……。
こんなにも構ってくる理由……。
もし本当に、チョロい女で、狙いやすいからと思っているのなら、そのまま質問されたところで否定するに決まっている。
それでもし肯定したならしたで、今度はバカ正直過ぎてヒいてしまう。
質問した段階で何も変わらない結論が確定しているのなら、聞くだけ無駄だ。
その話を聞く時間もまた、相手と話す時間を増やすキッカケにしかなり得ないのだから。
「にしても、この世界は不思議だよな~」
「?」
独り言のようなその言い方。
普通なら聞き流すところだが、その違和感ある言い方につい、隣を歩いていた彼を見上げるよう、視線だけそちらを向けてしまう。
が、すぐに、そういえば転生人みたいなものだと言っていたな、と、リースとの会話の中、最後に自分が口を挟んたそのことを思い出した。
「いやだってよ、電気なんていう訳分かんない、オレの世界にもなかったものを、当人たちも理屈が分かっていないのに使い方がわかった上で、生活の中に浸透させてる訳じゃねぇか」
そうして思い出したからこそ、そうして話していく彼の言葉に、すぐさま関心が無くなっていって――
「それなのに、オレの世界にもあった剣とか杖とかを、普通の人みたいなやつが平気で腰にぶら下げたりしてるんだから、ホント不思議だよな」
――続いた言葉に、今度は首を動かし、慌てる動きで彼を見上げた。
「なんつうの? 異世界と同世界が混ざり合ってるみたいな感じ?
電気とか便利なものがある世の中なのに、ああして自分が何かと戦う準備だけは怠ってない。
魔物とかそういうのがいる訳でもねぇのに、ありゃあなんで持ってるんだ?」
「……どういうこと?」
「どういうこと、って言われてもよ――」
「待って!」
前を歩いていたリースが立ち止まり、驚きの表情で、トウカへと振り返る。
ソレを見たミュウは、きっと自分も同じような表情を浮かべているのだろうなと、頭の片隅で考えていた。
「あなた、今なんて言いましたの?」
「いやだから、この世界は不思議だなって」
「その後ですわっ!」
強いお嬢様口調。
世界改変の影響を受けなくなってから、違和感しかなくなったソレを、リースは常に出さないよう、会話に細心の注意を払っている。
それが出来ず、そのままの言葉になっているということは……それだけ彼女に余裕が無いということ。
「剣とか杖とか持ってて、って話か? それが何だってんだよ。
さっきから何人ともすれ違ってんだろ。現にほら、そこにだって」
「「っ!」」
馬車が通るための広い道、ソレを挟んだ反対側を歩いている二十代ぐらいの女性は確かに、彼が指摘するように、腰に物騒なものをぶら下げていた。
二本の長剣。
そして、ソレを持っていても違和感がない、軽鎧を身に纏った姿。
周囲を見て改めて気づく。
彼が言っていたように、ほとんどの人が、そうした剣を持っていたり、なければ身長以上の杖を持ってローブを身に纏い、歩いている。
なんなら子供連れの親子が二人共、そうした“戦える”姿でいたほどだ。
……どうして今まで気付かなかったのか。
話に夢中だったことを鑑みても、おかしい。
こんな、この世界ではあり得ない、ゲームやマンガの中での妄想の産物とも言える、中世時代の格好をしている人ばかり、なんてものは。