もう一つのプロローグ(2)
「ちょっと」
と、前を歩いていた金髪少女が足を止め、振り返ってトウカを睨みつける。
「なにそっちの二人だけで自己紹介済ませてんの? 普通に考えて、あたしも含めて三人でやった方が効率良いでしょ」
「いや、でもオレ、お前の名前覚える気ねぇし」
「はぁっ!?」
仲良くなるつもりはないがこうも突き放された言い方をされるのは気に障る。
価値がないと言われているような気もするしで、彼女のプライドは大きく傷つけられた。
「ルーベンスから聞いてんだよ」
「先生から?」
「お前、今日でこの学校を去る予定なんだろ? 明日から会わなくなるヤツの名前覚えて何になるってんだ。
今日これから向かうのだって、アンタがちゃんとその【呪い】って能力を使って、相手の【呪い】を封じれるかどうかの確認なんだろ? 事前に入学断ってきたヤツを相手にしてのよ」
「……あなた、先生とどういう関係ですの?」
「ですの?」
トウカのツッコミに、バッと自分の口元を隠す金髪少女。
意識せずに口をついて出たのだろうか。
ごほん、と一つ咳払いをして、仕切り直し。
「それで、どういう関係なの?」
「どういう関係もなにも、つい最近知り合ったばかりの男だ。
とはいえ、この世界では今のところ、アイツしか頼りになる男もいないんだけどさ」
「じゃあ……先生もあなたを信用してるから、そういうあたし個人のことを教えたってこと?」
「信用……とはちょっと違うんじゃねぇかな。
アレはオレの力を利用しようとしてるだけだろ。オレも対価として悪くない環境に身を置けるから、それを知ってルーベンスに言っておきながら、そのままアイツの思惑に乗っかってるだけだ」
「力……? あなた、【呪い】に目覚めたばかりの人じゃないの?」
「オレは言っちまえば、アンタ達の真の敵たる転生人と似たような存在だ。
で、そっから引っ張ってこれた力で、アンタ達が予想外のピンチになったら守ってくれるよう頼まれたから、今日はついてきた」
「はぁ? じゃあなに? アンタ、あたし達の保護者ってやつ?」
「そんな高尚なもんでもねぇよ。予想外のピンチってのは【呪い】に関することじゃねぇからな。
そこはお前の試験みたいなもんだから手を出すなって言われてるし」
「じゃあなによ?」
「さっきも出てきた奴が相手になったらってことだよ」
「はあ?」
「……転生人……?」
口を挟んだミュウの答えに、トウカは正解だと返事をした。
◇ ◇ ◇
ルーベンス先生ともう一人の転校生――イオリが向かった、路面電車の駅とは反対の方向へと、三人はどんどん進んでいく。
先頭は金髪少女――先程リースと名乗った少女となっており、その斜め後ろをミュウが、さらにその真後ろをトウカが付いて歩いている。
「これ、どこに向かってんだ?」
ふとした時に無言となり、そのまま三つの角を曲がるまで誰も一言も発していなかったが、ついにしびれを切らしたトウカが、先頭を歩くリースに声をかけた。
「こっちって確か、国境にもなってる山しか無かったんじゃねぇか?」
国の南東側は、そこまで標高がないとは言え山岳地帯になっている。
一人なら丸一日かければ超えられるが、まさかこれから三人で山越えをし、隣の国に行くとは思えない。
「山しか無いけど、その前に工場地帯があったでしょ。そこに用事」
簡潔に答えるリースに、どういうことだ? と再び訊ねると、ため息を吐いてから説明を続けてくれた。
「国境付近の山って山菜がよく採れるのよ。工場ってのは、その山菜を使っての加工業をしてくれてるところ。
後はま、電気作るところとか電線がある場所。何がどうなってんのかは誰も分かんないんだけど」
「なあふと気になったんだけどよ、電気ってのはあの上にある電線を伝えて色んな場所に配ってんだろ?」
と、歩きながら青空へと――厳密には青空に架かる黒い線へと人差し指を向ける。
「それを普通の人達がよく分からないまま享受してるのはまだ分かるんだけどよ、違和感があるお前たちはその場所を調べねぇのか?」
「……【呪い】の影響でその辺のことが分かるようになった段階で、これから行く場所にはあたしもミュウも行ってるのよ。
で、そこには何も無かったの」
「何も無かった……ってのは?」
「だだっ広い、コンクリート打ちっ放しの部屋があるだけってこと」
「コンクリート?」
「ああ、アンタは分かんないんだっけ? なんて言うんだろ……部屋の素材、みたいな。基本的には土とか木とかで建物を作るのに、いつの間にか出来てた建物とかその場所とかは、そのよく分からないもので作られてるの。
めっちゃ硬いけど作り方なんてわかんないし、この名前だって【呪い】の影響を受ける前から覚えてたものをそのまま流用してるだけ」
「結局知らねぇのかよ」
「だって分からないものは『分からないもの』で覚えるしか無いんだもの。どうせ分かろうとしたところで、転生人以外には分からないんだし」
「それ、怖くねぇか?」
「【呪い】でしっかりする前は普通に使ってたものだから、別に。
なに? アンタは怖いの?」
「ああ、怖いね。オレの世界には無かったものが、分からないまま当たり前に受け入れられてるってのはな。
せめてどういうものでなんで丈夫なのかとか、そういうのは知りたいね」
「あ、そ。じゃ、人としての感性が、世界単位で違うのね。
別世界の人間と呼ばれる存在でも、別の世界である以上、結局は別種族みたいなものなんだし」
「……それが分かってても、お前はオレが怖くねぇのか?」
「怖くないわよ、少なくともあたしはね。
そういうのって結局、別の国から来た人が怖いの? って聞かれてるようなものでしょ。それに何より、あたしにだって【呪い】なんていう、この世界の一般人からしてみればよく分からないものを頑張って極めてるぐらいだし。
別世界の人間の不思議な力だって、まあ同じようなもんじゃない?」
「…………」
「なによ」
無言になったトウカを不思議に思い、首だけを後ろに向けて見る。
それにトウカは、いいや、と苦笑いのようなものを浮かべて首を振った。
「お前、イイやつだな」
「はあ?」
いきなりなことを言われ、再び足を止め、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「オレの元いた世界じゃあ考えられないことだ。
これが世界単位での、人間としての本質違いだって言うんなら……オレはこの世界のこと、思ってる以上に好きになれるかもしれねぇな」
「……なにそれ、キモ」
自分に対して、自分の中に生まれた結論を呟いているだけと分かったから。
……だからリースも、その一言だけを聞こえるように言ってから、再び歩を進め始めた。