緑の葉そよぐ日の事
スマホの画面を付けて、LINEを開くと同時に、テレビの電源を付ける。
まだ自室にモニタなんて持ってなくて、1回のリビングでゲームをやっていた。
まだまだWiiUだった頃。スプラトゥーンを起動して、軽快なドラムの音と、LINEの着信音とを同時に聞く。
程なくして、相手が通話に出た。ゲーム内で出会い、当時は頻繁に使っていたMiiVerseで話すようになった女の子だ。今は専らTwitterがMiiVerseに取って代わったが。
女の子特有の耳によく通る声が、スマホの劣化した音質で聞こえてくる。
あの時は汗水滴る夏だったか。
扇風機の羽根が空気を斬る湿気た音が、蝉の煩さの中微かに届く。
フレンドの欄からその子のアイコンを選択し、同じロビーに入る。スプラトゥーンの鮮やかなUIにゆらゆらと揺れる俺のユーザーネーム。少しの間ロード画面を挟み、バトルが始まった。
通話の向こうでは敵チームになった彼女が騒ぎながら俺のチームメイトを倒していく。よくチャージャーを担いでいて、腕の立つスナイパーだった。俺はいつも赤ZAPやプロモデラーRGといった近距離シューターを担いでいる人間だったから、大抵は近付く事もままならず昇天させられていった。
通話の内容はあまりゲームに関係の無い雑談ばかりだったかなぁ。
白いレースのカーテンが真夏の風に煽られる。
その日はちょっと調子が良くて、立ち回りの方も、AIMの方も順調だった。その子と一緒に遊ぶ時は1人でやるより調子が良い事が多かった。ボッチでやる時よりも楽しくて、気分が良くて、胸の中がキラキラしていた。
俺にしては珍しく、彼女のキャラが射程圏内にまで入る。しかし、やっぱり彼女の方が上手で、的確な状況判断ですぐに間合いの外まで逃げられてしまう。クイックボムなんかで攻める道を止められてしまい、何秒と経たないうちに形勢を逆転されてしまった。
こうなるともう俺に為す術は無く、射線を切ろうとあたふたしている間に射抜かれてしまう。テレビの画面には「やられた」の四文字。
力んでいた上半身が一気に解かれ、頬を涼風が撫でる。まるで「よく頑張った」とでも褒めてくれるように。
スマホからは彼女の嬉しそうな声。
いつも勝てなくて悔しくはあったが、画面越しに聞こえる嬉々とした言葉に、同時にほんのり幸せな気分に包まれる。チラリとスマホの画面を見遣って減らず口を叩きながら、次は倒したい……倒せたらいいな、と口角を上げる。
自分に甘くなってハードルを下げたが、負けた時もどこか悦んでいる自分がいる気もするからなんとも言えない。
ゲームの展開を楽しみながら、1番はその子が愉しそうに遊ぶ声を楽しみにしていたのかもしれないな。
いつの間にか蝉は静かになっていて、リビングにはけたたましいゲーム音と彼女の声だけが響いている。俺の声も響いてはいるが、俺の耳には聞こえちゃいない。
暫くしてバトルが終わる。キルレートでは悲惨な事になっちゃいるが、ナワバリバトルとしては勝つことができた。俺はキルするのは苦手だったが、塗るのはそれなりに得意だった。まぁ、普段担いでいる武器は塗りに重点が置かれた武器なんだから、これで塗りも出来ないようなら戦犯もいい所って感じだが。
また静かなマッチング画面へと戻る。
俺と、彼女。そして他に数人、先程見た名前が残っている。俺の印象としては、毎バトル、半数以上のプレイヤーは続けてバトルしていた記憶がある。
すぐにまた人数が揃い、次のバトルが始まる。先程のバトルの時と同じような会話。
何日もずっとこんな風にスプラトゥーンばかりしていた。
窓から入ってくる風はじめっとしていて生温く、乾かない汗を袖で拭う。
女の子の声ってのは聞いているだけで心地良くって、ゲームの方は負けていても、そんなに気負いは無かった。勝っても負けても楽しかったんだ。
あれからもう何年経つんだろう。もう最近は年を数えようともしていない。まだまだそんなに時間は経っていないと思うが、記憶はかなり遠いものになっている。
なんだか懐かしさも覚える。