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追憶の温泉ホテル  作者: Kidney Yaponskiy
10/13

10.ホテルの朝

 沢の水音で目が覚めた。妻と娘は起きていて、朝食に行く支度をしている。


「鮎、美味しかったよ、ありがとう。」

「あなたのいびきと歯ぎしりがうるさくて、眠れなかったわよ。」

「それはごめん。」

「支度して朝食に行くわよ。湯葉を食べなくちゃね。」


 昨夜と同じテーブルで朝食をいただく。妻と娘は洋食、私は和食党だが名物の湯葉は誰もが皿に取っている。新鮮な牛乳と焼き魚、味噌汁、納豆と卵も嬉しい。


「日本人で本当に良かったな。」

「朝からお米なんてよく食べれるわね。昨日は、また呑んだんでしょ。今日は帰りの電車で呑まないでよね。」

「うん、もちろん分かってる。朝からはさすがに飲まないよ。」


 準備をするとチェックアウトぎりぎりの10時近くになってしまった。タオルとハブラシを持ち帰ろうとする妻を注意する。


「ぎりぎりの経営でやってるんだから、持ち帰らないほうが良いよ。」

「でも持ち帰らないと、次に泊まった人が使うことになるのよ。」


「次に泊まった人が使うかどうかは、次の人が考えれば良いんだよ。どうせ持ち返っても使わないしゴミになるだけだから。」

「ハブラシも資源だからね。そうするか。」


 土産物コーナーを見物した後、フロントでチェックアウトの手続きをする。支配人に昨夜のお礼を言う。


「知ってる人なの?」

 妻が不思議そうに聞いてきた。


「昨日の夜、大浴場で話をしたんだ。なかなか苦労しているみたいで面白かったよ。」

「そうなんだ。」


 それ以上は聞いてこなかった。自分はいろいろ聞いた話をしたいのだが、またの機会にしよう。結局、土産物は買わずホテルを後にした。


 支配人が言ったように、温泉街では様々な店が細々と営業していた。タクシー会社の小さなガレージ。洗車している運転手と目があったので挨拶すると、


「また来て下さいね。」


 挨拶を返された。町の暮らしの息吹を感じる。人々の生活の営みが続いていた。

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