10.ホテルの朝
沢の水音で目が覚めた。妻と娘は起きていて、朝食に行く支度をしている。
「鮎、美味しかったよ、ありがとう。」
「あなたのいびきと歯ぎしりがうるさくて、眠れなかったわよ。」
「それはごめん。」
「支度して朝食に行くわよ。湯葉を食べなくちゃね。」
昨夜と同じテーブルで朝食をいただく。妻と娘は洋食、私は和食党だが名物の湯葉は誰もが皿に取っている。新鮮な牛乳と焼き魚、味噌汁、納豆と卵も嬉しい。
「日本人で本当に良かったな。」
「朝からお米なんてよく食べれるわね。昨日は、また呑んだんでしょ。今日は帰りの電車で呑まないでよね。」
「うん、もちろん分かってる。朝からはさすがに飲まないよ。」
準備をするとチェックアウトぎりぎりの10時近くになってしまった。タオルとハブラシを持ち帰ろうとする妻を注意する。
「ぎりぎりの経営でやってるんだから、持ち帰らないほうが良いよ。」
「でも持ち帰らないと、次に泊まった人が使うことになるのよ。」
「次に泊まった人が使うかどうかは、次の人が考えれば良いんだよ。どうせ持ち返っても使わないしゴミになるだけだから。」
「ハブラシも資源だからね。そうするか。」
土産物コーナーを見物した後、フロントでチェックアウトの手続きをする。支配人に昨夜のお礼を言う。
「知ってる人なの?」
妻が不思議そうに聞いてきた。
「昨日の夜、大浴場で話をしたんだ。なかなか苦労しているみたいで面白かったよ。」
「そうなんだ。」
それ以上は聞いてこなかった。自分はいろいろ聞いた話をしたいのだが、またの機会にしよう。結局、土産物は買わずホテルを後にした。
支配人が言ったように、温泉街では様々な店が細々と営業していた。タクシー会社の小さなガレージ。洗車している運転手と目があったので挨拶すると、
「また来て下さいね。」
挨拶を返された。町の暮らしの息吹を感じる。人々の生活の営みが続いていた。




