6. カルディアの回想
2019.7.9 若干加筆修正しました。
こいつと話す機会はもうないだろう。
あとは只、指令を受け続けるのみだ。
会うこともない。お別れだ。
つい数分前に心の中で紡いだセリフが、グサグサと自分に返ってくる。口にしなかったのは不幸中の幸いだが(いや、二度と話すこともない云々言った気もするが)、それでも今すぐ記憶を書き換えたい。なんか色々恥ずかしい。
しかもあれだけ〈世話係に聞け〉と突っぱねたのに、会話どころか姿が見える場所まで連れて来られてしまった。
あいつが悲鳴を上げて騒いでいる隙に戻ろうとしたら、真っ赤な顔で振り返ったポルモネに腕を掴まれてしまった。もう呆れて溜息しか出ない。そんな顔するくらいなら、最初から会ってみたいとか言うなボケ。
何が「ヤバい…可愛い…どうしようカルディア!この壁超えて抱き締めに行きたい!」だ。水頭症でも起こす気か。
第一、あいつが可愛いのは最初から知っ…
……
…
◇◇◇◇◇
気が付けば、暗闇だった。
ここはどこなのか。俺は誰なのか。
身体中が脈打つ。熱い。苦しい。
いつからそうなのか。元からそうなのか。
踠いて薄っすら見えたものは、自分から出ている無数の管。
俺は、肉の塊に貼り付けられていた。いや、その一部だった。
俺は何なんだ?何のためにここにいる?
誰か教えてくれ。助けてくれ。
あの時は、全てが恐怖でしかなかった。
それからどのくらい時が経っただろうか。
俺の体に、一筋の光が伸びてきた。
温かくて、心地よくて。
あれだけ苦しかった身体の拘束が、嘘のみたいに解けていく。それは次第に俺の体を包み込んでいった。
気が付けば、光の中にいた。
誰かが俺の手を取る。柔らかくて、白い手。
顔を上げると、そこには輝く金糸を身に纏った、優しく微笑む幼女がいた。
それが、あいつだった。
あいつは俺の頬を手で包み込むと、鼻先と額にキスを落とした。俺は自分がこのまま溶けてしまうんじゃないかと思うくらい、夢のような一時だった。
その後、あいつは身に纏った金糸で作った繭の中に籠り、眠りに落ちた。外側が透けていて中にいるのが見えていたから、動けるようになった俺は暫く隣にいてあいつを見ていた。
間も無く、他のやつらと共にポルモネが生まれた。俺やポルモネ、その他次々と生まれたやつらは、一様に繭玉の金糸であいつと繋がっていた。
時が経つに連れ、その金糸は樹木のように枝を伸ばし、いつしか海藻の森に変わっていった。生まれたやつらも成長し、部屋もそれぞれ別れていき、次第にあいつとの間に隔たりができた。
あいつの光は届くのに。
手を伸ばしても、届かない。もどかしい。
もう一度、あいつに会いたい。
ある時どうにも思いが募ってしまって、思い切って海藻の森を掻き分けて会いに行こうとしたことがある。
枝が邪魔で一つ手折ると、突如海流が荒れ出し、半透明のタコの大群に襲われた。渦巻く中心には、髪を逆立てる女がいた。そいつはルビーネと名乗った。
「あなた様の名は、カルディア。心臓を司る方です。マタ王様は脳を司る方。理に反すれば、この城は滅びるでしょう。時が来ればマタ王様の命に従い服すのみ。お世話は私共が致します。あなた様をこの先へお通しすることはできません。どうかご容赦下さいませ。」
俺は成す術もなく、タコの群れから逃げ戻ることしかできなかった。その頃の俺は身体がまだ小さくて、とてもじゃないが勝てる気がしなかった。
何とか元いた場所に辿り着くと、俺はずっと寝ているポルモネの脇に倒れ込んだ。ポルモネは、生まれて此の方一度も起きたことがない。一体こいつの仕事は何なのだろう。
色白気味なポルモネの頬を突き、「これがあいつだったら」なんて、馬鹿なことを考えながら項垂れた。
◇◇◇◇◇
今、俺の頭の中は冷静さが抜け落ちている。
ポルモネを馬鹿にした割には、実は自分もあいつの側に飛び込んで行きたいと思っている。だって、あんなに会いたくて仕方なかった相手が、すぐそこにいるんだから。
反面、あの女については複雑だ。
かつて鬼神の如く行く手を阻んだやつの目の前で再会を果たせた(結果的にだが)のはしてやったり感が半端ないのだが、始終ニコニコしているのがどうも気に入らない。
ここで俺が、あいつと仲良く会話なんてしたら、どんな顔をするだろうか。
ポルモネにからかわれそうだから、それはそれでプライド的に嫌なんだが。
ところで、あの女は一体何者なんだろう。
そういえば、あいつが俺に色々聞きたがっていた時に、何で俺、あの女について「色々事情があって猶予がない」って知ってたんだろう。
そんなことを考えていたら、不意に肩を叩かれた。
「ねぇねぇ」
振り返ると、その声の相手に俺は昇天しそうになった。




