2. 声の主
※2019.7.8 セリフのかっこ設定変更しました。
通常の登場人物の会話は「 」、
城内の離れた場所からの通話は〈 〉、
気持ちは( )で表しています。
〈早くレバーを戻せ〉
何処からともなく届いた声。
〈死んじまうだろうが〉
口調にイラつきが加わる。
「…ればぁーって…なに?」
〈おまえが握ってるやつだ〉
息苦しさに耐えながら、支持された通りレバーを元の位置まで戻すと、再び城の啼泣が始まった。
体に降り注ぐ泡の量も元に戻り、ようやく苦しさから解放されると、城外からは安堵した様子の声が伝わってきた。
「羊水全部抜けたかな?…うん。呼吸も脈もいいね。」
「円山さん、赤ちゃん頑張った頑張ったー。今度こそお疲れ様。」
「…ありがとうございます。」
マルヤマと呼ばれた女性は、立ち会っていた夫らしき男性と、手を取り合い涙を流した。
◇◇◇◇◇
王は、今あったばかりの出来事について行けず、ただ混乱していた。
(私は一体何をやったの?私が掴んでるこれは何?さっき聞こえたのは声?誰の声?)
さっぱり訳がわからずオロオロしていると、側にあったピアノ線のような糸を弾いてしまった。
〈何だ〉
途端に、先程助けてくれたのと同じ声がした。どうやら声は、その糸から伝ってくるらしい。
〈何の用だ〉
また声色がイラつき始める。
何故怒っているのかよくわからないが、何となくすぐ答えた方が良い気がして、取り敢えず思いつくまま質問することにした。
「あなたは誰?」
〈質問をする前に、まずは先程の礼を言うべきではないか?〉
「っ!…ごっ…ごめんなさい!さっきは、助けてくれ、て、ありがとう。…で、あなたは誰?」
声の主は、暫しの沈黙の後、わからないのか?と愁いの混じった返事をした。
わからない。さっぱり覚えがない。
恋する年頃の一般的な女子なら、そんなため息混じりの艶っぽい声で囁かれたら、もう覚えていないことが申し訳なさ過ぎてそれ以上聞き返すことなんて出来ないだろう。
だが、王は生まれたばかりの純真無垢だ。お構いなしに質問を続ける。
「わからない…わ。あなた、の、ことだけじゃ、なくて、私に、入ったり出たり、しているこの…あぶくブクブクも、周りにある、沢山の、モジャモジャと…ボコボコも。」
つまり、常に体に降り注いでは出入りしている泡と、自分を取り囲むようにして設置してあるコックピットのような計器と、その周りからはみ出ている、蜘蛛の巣のように張り巡らされた糸やコード類のことを言っているのだが、今の王にはまだそれらを表現する語彙力がない。
声の主は、王のあまりにも拙い言葉を聞き終えると、吹き出しそうになるのをぐっと我慢して、なるべく王も理解できるようにゆっくりと話した。
〈…っ…俺のことがわからないならそれでいい。おまえと俺がこうして話せるのもきっと偶々だ。これから二度と話すこともない相手を知ったところで何もならないだろ。おまえの周りにある色んなもんは、そこにいる世話係にでも聞けばいい。〉
そこにいる、セワガカリ?
そう思ってふと顔を上げると、いつの間にか自分の脇に若い女性が立っている。
驚いて、思わず漏れてしまった僅な悲鳴を手で覆うと、女性はその様子を見て、ふんわりと微笑んだ。
王は気を取り直して、声の主にもう一つ問う。
「何故、二度と、話せないの?」
〈元々話せるはずのない立場同士だからだ。どうせそのうち正常に戻る。この記憶も消える。〉
「消えるから、聞いちゃいけないの?」
〈消えるなら、聞いたところで無駄だ。〉
王は、う―ん…と首を傾げてから、
「無駄なのかは、わからないよ?だって、私とあなたは、ほんとは…話せないんでしょ?だったら、消えないかも…しれないでしょ?それに、あなたは私を知ってる。…私も、あなたが知りたい。」
何とか言葉を紡ぎなから伝えた。
あなたが、知りたい。という言葉に、胸がキュッとなる。声の主は、その言葉を無意識に反芻してしまったことに気が付いて、今自分の顔が王から見えないことに感謝した。
〈…俺の名は、カルディア。この城の心臓だ。〉




