1. 城の誕生
「さぁ、いよいよ新たなる城の門出!王の目覚めだ!皆構えよ!」
鼓動が大きくなる。
世界が回る。
閃光が走る。
コックピットの計器によく似た装置が、端から端まで一斉に起動する。途端、水の中に沈められたかのような苦しさを感じる。
(何が起きた!?…怖い!!)
“王”と呼ばれたその者は、訳のわからないまま咄嗟に何かを掴んで引き上げた。同時に、自分のいる場所のずっと下方辺りが大きく膨らんだかと思うと、突如大量の泡がこちらへ向かって吹き込んできた。
今度は逆に大きく萎み、先程の場所よりも上部から、水と強風、そして大きな音が、振動と共に勢いよく外界へ飛び出した。
「おんぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
この一連の流れを「第一呼吸」、大きな音を「第一啼泣」または「産声」と呼ぶらしいが、この時の王はまだ知る由も無かった。
◇◇◇◇◇
ラヴィーダ。それは、この世界そのものを意味する。
それぞれ“城”と呼ばれる器を有し、城の一端に“王”が住まう。王は城の一部であり、且つ城の核だ。王の命ある限り、城も共に生き続ける。
城内では、王を支え城を守るため、従者や近衛隊、王獣、平民に至るまで、生きとし生けるもの全てが生涯を過ごす。ただし、城内を自由に行き来し交流できるのは、その中の一部に限られている。
これは決して身分の差の問題ではなく(寧ろ身分自体ないのだが)、通常なら絶対に交わることのない部門同士の邂逅が、城のシステムなどに不具合を生じさせ、最悪王の命に関わる事態になり兼ねないからである。
城外に至っては論外で、城から出られるのは例外を除き、死に直面した者、或いは既に生き絶えた者のみである。
城は、常にラヴィーダの何処かで生まれ、死にゆく。その間、別の城同士で寄り添い支え合うものもあれば、生涯単独を貫くものもある。
このラヴィーダの何処か。
生を受けた新たな城がまた一つ、外界へと一歩を踏み出した。
◇◇◇◇◇
「おめでとうございます!元気な女の子ですよ!」
(初めて届く音。何?怖い。)
「よく頑張ったな!…お疲れ様。……ありがとう。」
(この音は受け取ったことがあるかも。でも何?)
“王”と呼ばれたその者は、自分の周りに次々と届いては流れて行く音に戸惑っていた。周囲は強い光で満ち溢れ、眩しさで目も開けられない。この状況に置いて、只々全てが恐怖でしかない。
体は、炭酸のようなパチパチと弾ける感覚に包まれながら、水の中に浮いている。
先程吹き込んできた泡は、今は穏やかに揺らめき降り注ぎ、王の体へ染み込んでいく。反して王の体からは、やや濁った泡が排出され、周囲のどこかへ吸い込まれていく。その交差は初めのうちは不規則であったが、時と共に一定を保ち始めた。
目を刺すような強い光にも慣れ、薄く瞼を開けられるようになった頃、ゆらゆらと漂う泡に気付いた王は自らの手を広げ、吸っては出されるそれらをぼんやりと見つめていた。いつの間にか、苦しさも何処かへ行ってしまっていた。
落ち着きを取り戻した王は、ふと、自分の片手がレバーを握り締めたままだということに気が付いた。最初に無我夢中で引き上げた、アレだ。
(一体何を引き上げたんだろう?)
よく見ると、レバーのすぐ上に[AUTO]と書いてある。勿論、生まれたばかりの王に読める筈はない。
ちょっとした好奇心が膨らんで、試しにレバーを反対側へ押し倒してみた。すると、今まで舞い降りてきていた泡が突如減り出し、産声を上げる直前に味わった、あの苦しさが再び舞い戻ってきた。
状況が掴めず、ただジタバタと踠いていると、辺りから騒然とした音が届き始めた。
「あら?…ねぇ、ちょっと」
「ん?…あー…吸引して」
「あの…どうしたんですか?」
「あ、ちょっと赤ちゃんの呼吸が弱いみたいなので、少し刺激してみますね。」
城が何かの力で持ち上げられ、内部からジュボジュボと水を排出させられる。そうかと思えば、じわりと城が温かくなったり、ガタガタと叩いて揺らされたりと、外部で何やら色々されているらしい。
〈おい〉
全くもって苦しくなるばかりの王の元へ、何処からともなく声が響いた。




