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殺め色ナイフは染まらない  作者: ののかね
一章 初めの、始めの
9/15

9話 猫とちくわとおむれつ

 駐屯地での生活一日目。

 カラベレーナは「歩けるようになるのは明日」と言っていたが、痛覚を遮断できるヴェルは少し無理をして歩くことができる。カラベレーナとナヤメにバレたら怒られそうだが。

 部屋の場所を聞いてから自由時間に入り、ヴェルは暇なのでとりあえず近くの部屋だけでも見に行こうと考えていたのだが、


「ヴェルがいないと、私が暇になっちゃう」


 と、メブキがなかなか行かせてくれなかったので、暇つぶしに使えそうな物を持ってくるという折衷案でなんとかメブキの拘束を振りほどいた。


 カラベレーナは小さな場所と言っていたが、中からだとそれなり大きな建物に感じる。

 

 広い廊下を挟んで、向かい合うようにいくつもの部屋。灰色に近い、さっきまで居た部屋と少し違う壁の色と装飾の少なさは、外見にあまりこだわらない治安部隊のお堅いイメージが滲み出ている。

 反面掃除は怠っていないのか、清潔感は保たれている。


 ヴェルはとりあえず、階段を降りてすぐ右にあるらしい持ち物と服がおいてある部屋に行ってみることにした。

 廊下の右奥、階段があるのが僅かに見える。能力を使っているとは言え無理は禁物。下手に動いて5日以上留まることになればメブキに仏頂面されそうだ。

 壁を伝って、膝をあげないよう摺り足で、いかにも病人っぽく歩みを進める。


 武器庫やら手術室やらのプレートを眺めながら、階段の近くまで行き着いた。

 踊り場に連絡用の掲示板が掛かってあるのが見えるが、「海鮮丼始めました」と大きく書かれた食堂のメニューが載っているチラシ以外、あまりヴェルには関係なさそうだ。


 手摺に両手を滑らせつつ、一段一段踏み進めていく。その時、


「にゃーお」


 甲高い、ヘナヘナとした動物の声。


「猫か?」


 声のした方へ目をやると、踊り場に、黒と灰を基調とした小さな体。ヴェルに気づいてこちらを見た瞳は、琥珀と淡緑のオッドアイ。

 駐屯地で過ごす誰かが飼っているのだろうか。

 主人の姿は見えないが、放し飼いしても問題ない程に訓練されているのかもしれない。


「にゃっ」


「可愛いな、お前」


 動物の中でも一番猫が好きなヴェルは、少し足早に階段を降りる。 

 大胆不敵な性格。ヴェルが近づいても怖がって逃げようとはしない。

 近くで見るとなお可愛い。メブキの、人間の愛嬌とはまた違った、母性本能を擽られるような愛おしさ。

 ヴェルは手を伸ばして、その毛並みを堪能して癒やされようと――――


「可愛いね、この子」


「――――ッッ!?」


 男性の声、のように思えた。確かに、声が聞こえたのだ。

 初めて聞いた声ではない気がする。最近ではなく、ずっと昔に聞いたような。

 何でもない、ただ共感を求めるだけのその声に、ヴェルの身の毛がよだった。

 驚いて顔を上げるが、


「……何だ、今の」


 辺りを見渡しても、自分と猫以外何もいない。

 幻聴にしてはあまりにもはっきりとしていた。

 耳元で囁かれたようにも感じたが、気配は瞬間的に消え去った。


「なおなおー」


「あっ、おい」


 冷や汗を流すヴェルの元から、鳴き声を置き去りにして猫が階段を降りていく。

 声の主が気になるが、今は疲れのせいか、誰かの悪戯か何かとして片付けておこうと、ヴェルはまた階段を降りていく。

 

 猫も気になるが、とりあえずは持ち物を確認しにいきたい。

 時間をかけ過ぎればメブキも不機嫌になるだろうし、早めに帰ったほうがいいかもしれない。




 ポケットに手を突っ込んで、もらった鍵を取り出す。

 紐を指にかけてくるくる回しながら、プレートに何も書かれていない部屋の前へ。

 適当な部屋を、物置きとして一時的に利用しただけのようだ。

 鍵を差し込む。右に回すとカチリと音がなった。

 ドアノブに手をかけ、回しながら引いて中へ。

 本当に大したものは置かれていない。机に壁際に三つ、隙間がないように設置されただけの部屋。

 入ってすぐの机の上に、ヴェルとメブキの服と、ナイフやら銃やらが置かれていた。

 洗濯してくれたのか、服についていた血は見当たらない。

 ナイフの血も洗い流されている。


「おっさんに感謝しねぇとなあ……」


 しみじみして独り言を呟きながら、ヴェルは持ち物がちゃんと揃っているか確認。

 ナイフが六本……だったのだが、カラベレーナに一本粉々にされたので五本。メブキのナイフもある。ヴェルの血だらけになったはずの袋も。

 その隣に置かれた銃と、弾の入ったポーチ。こんなものが平然と置かれた部屋の鍵を当たり前のように渡してくれたのは、ヴェルとメブキを信用しているからだろう。

 そして昨日依頼主から受け取ったばかりの金貨入りの麻袋。

 そういえば、外部の人間は食堂で料理を注文する際貨幣が必要になるとのことだ。

 今日三食分の料金も、カラベレーナが別にあるヴェルの財布から抜き取っておいたらしい。ちゃっかりしている。

 

 その他にも、ヴェルが普段から携行していた道具も置かれていた。

 唯一ないのは施設で見つけた書類だが、カラベレーナが持っているのだろう。

 ひとまず財布と、時間確認のための銀時計だけを手に取り、


「なーお」


「ん」


 先刻聞いたばかりの声に、足元を見下ろす。扉が開けっ放しだったようだ。

 さっき踊り場で会った猫が、気づけばヴェルの足元にいた。


「……お前、暇か?」


「にゃお」


「いい暇つぶし相手がいるぞ」







「……可愛い……罪深い……もふもふ……」


 期待通りの反応にヴェルは満足。メブキは連れてきた猫にぞっこんだった。

 頬をすりすりしながら両手で抱き込んで離さない。

 暇が潰せるどころか、暇じゃない時間も潰してしまいそうなほどに夢中である。


「俺もそいつと遊ぶ気でいたんだけど、お前もう放さないな?」


「もちろんですともふもふ」


 永遠に離さなさそうなので、ヴェルはそれとなく取ってきた銀時計を眺めることにした。

 時刻は11時を回っている。目が覚めたのは遅めだったようだ。

 メブキとの戯れ、朝食と会話を加味して逆算しても起きたのは10時ぐらい。

 仕事柄夜の活動が多いヴェルは昼夜逆転が通常なので、朝に起きたのは久しぶりである。


「にゃっにゃっ」


「あっ、ちょっと」


 メブキの手に抱かれていた猫がするりと抜け出して、ベッドを軽々飛び越えヴェルの方に跳んできた。

 明かりを反射して光り耀くヴェルの銀時計に、がむしゃらに丸まった手を伸ばす。


「おおどうしたどうした」


「光るもの、好きなのかな……?」


 試しに銀時計を右へ左へと動かしてみる。目を開いたまま必死に追って弄ばれる猫。


「ほれ、ほれ」


「ヴェル、それ私にも貸して」


「もうちょっと待ってくれこいつ可愛いなちくしょう」


「むー…………んっ!」


 脚がまだ痛むというのに、ベッドとベッドの間に橋のようになって銀時計を奪おうとするメブキ。

 両手を軽く曲げて遮二無二手を伸ばす。


「おおい待てって。猫かお前」


 ベッドの上の猫が一人増え、争奪戦が繰り広げられる。

 そんな最中、


「すみませーん私のやーちゃん……あっいたいた」


 ノックの後問いかけながら扉を開けて、ベッドの上の猫を見たナヤメが、小さな陶器の皿を二つ持って入ってきた。

 皿には煮干しと水がそれぞれ入っている。


「ここにいたんですねー」


「……ナヤメさんの、猫なんですか?」


「ええ、ほらやーちゃんご飯ですよー」


 言われてやーちゃんと呼ばれた猫は床に置かれたご飯に一目散。

 歓喜してまず煮干しにがっつく。


「やーちゃん、って言うんですか?」


 可愛いこの子の情報を飼い主に聞こうと、メブキが尋ねる。


「ええ、ナヤメなので、やーちゃんです」


「……ふぇ?」


 素っ頓狂な声を出すメブキ。ヴェルも気になって確認するように、


「えっと、『ナヤメ』っていう名前なんですか?」


「はい。私も、この子もナヤメです。私がつけたんです」


 煮干しを食べるナヤメを、微笑んで眺めるナヤメ。


「…………」

 

 聞いて熟考するヴェル。


 ヴェルは推当ての答え合わせを、確信めいた何かを感じて――――


「――――殺した、猫ですか。その子」


「……!」


 質問を考えていたメブキも、ヴェルの言葉に遅れて動揺を示す。


「……流石です、ヴェルさん」


 予測は、奇しくも的中した。


「隊長さんがわざわざ連れてきてくれたんです、この子」


 ナヤメを優しく撫でながら、口角をあげたままに。


「初めて私の能力で直した子です。この子のこと、絶対に忘れちゃだめだと思って」


 ナヤメは表情を変えない。ご飯を食べるその姿に、にこやかな笑みを向けたまま続ける。


「この子が、私を初めて承認してくれたような、そんな気がしたんです。私のしたことは許されないし、治したって贖罪にはならないけど、この子は私になついてくれる。私はどうしようもない人間だから、そんなこの子に答えてあげたいんです」


 煮干しを食べ終わったナヤメの体が、人の手に包まれて、宙に浮く。

 ナヤメは、今日一番の笑顔で、生物の垣根を超えた一番の理解者を、目一杯抱きしめる。


「どうしようもない人間だから、どうしようもなくこの子が大好きなんです」


 お腹が満たされてご満悦なナヤメは、「にゃお」と鳴いた。


「……ナヤメさん、やーちゃんもっと撫でてもいいですか」


「勿論です! 首が一番喜ぶんですよ。ヴェルさんもどうです?」


「ええ、言われるまでもなく」


 二人も加わって、計三人で撫でられまくるナヤメ。

 ヴェルとメブキの昼食の時間が来るまで、三人と一匹は思う存分じゃれ合った。







 その日の夜。

 メブキはとある約束を果たすため、心臓をどきどきさせながら、しかし高揚感に満たされながら、風呂場の前で立ち止まっていた。

 一人で歩ける程度には脚はもう治っている。

 ナヤメとの約束の時間は午後11時。いつもは大体9時半ぐらいに、一応女湯の方で他の人に混じって入っているらしい。

 どちらに入ろうが間違いではないのだが、メブキが「そう」だったらどちらだろうがとてもできない。

 「二人のほうが気兼ねしなくていいでしょう」と、ナヤメは仕事を引き伸ばしてわざわざ遅い時間まで待ってくれた。


 ゆっくりと、女湯の扉に手を掛ける。そして決心して、


「――――ふんっ!!」


 ――――脱衣所には、誰もいない。

 だが脱いだ服を入れる籠がたった一つ中身が有る。

 落ち着け私。ちゃんと許可はとったんだから別に悪いことじゃない。

 そう、普通に。普通に入ればいいんだ。

 扉が閉まったことを確認して、その籠の方へ。

 見覚えのある衣服が、綺麗に畳まれて入っている。

 ナヤメは几帳面な性格だとカラベレーナから聞いた。




 確定である。




 メブキは急く心に操られ、急いで服を脱ぎ始める。だがナヤメからのイメージに関わるので、脱いだ服はちゃんと畳む。

 持ってきたタオルを一枚取って、ゴムで適当に髪を上の方で括る。

 前だけ隠しながら風呂場に続く扉の方へと着実に進む。

 風呂場の湯気でぼやけているが、湯舟に浸かる人影がガラス製のドアから確認できた。


「すぅー…………はぁー…………」


 名前についているので重言になるが、今までにないくらい深く深呼吸する。


「……よし」


 朝聞いたときから、この時を待ち望んでいた。

 アレとアレがワンセットだと?

 興味しかない。これは見るしかない。貴重な体験だ。目に焼き付けなければ。

 自分が変態さんになってしまうかもしれないが、自分でもよくわからないぐらい興味をそそるから仕方ない。


 噛み締めろ。またとない一刻、その刹那さえも。


 いざ、戦場へ――――――――




 ――――スパァンッッ


 引き戸が、かなりの音を立てて開かれる。


「あっ、メブキさん。お先です」


 頭にタオルを乗せて、湯船に気持ち良さそうに浸かっているナヤメ。

 裸に水が滴っているのと、少し垂れた目が色っぽさを演出している。

 メブキは湯にも使っていないのにもう顔真っ赤っかだ。


「いやー気持ちいいですねー。お仕事いっぱいした分いつもより気持ちよく感じますー」


 目を閉じて、至福の一時を堪能するナヤメ。

 メブキは今すぐにでもナヤメと同じ湯船に直行したいのだが、体を洗わず浸かるのはマナー違反。

 もどかしいが、まずは洗い場に向かうしかない。


「あ、あのあの……からだ、あらいます」


「ええ、あわてずにどうぞー。まだ治ったわけじゃないですからねー」


 椅子にぺたんと腰を下ろす。シャワーで全身を濡らして、備え付けの石鹸をタオルに馴染ませる。

 奴隷施設では濡れた布で体を拭いていただけだったので、久しぶりにちゃんと体を洗えるメブキ。

 しかし自分の体の清潔さなど今は心底どうでもいい。手短に、まんべんなく泡がついたあたりですぐに流す。

 別に自分の体など明日ちゃんと洗えばいい。

 今は体を洗う以上の、もっと大事な目的があるのだから。


 体についた泡を流して、ナヤメの方へ。その距離が短くなるのに反比例して、メブキの興奮が高まっていく。

 

「と、となり、いいですか」


「もちろんですよー」


 隣に来るよう、湯の表面をぺちゃぺちゃと叩くナヤメ。

 メブキの興奮がピークに達する。体がうずいて仕方がない。


「しっ、しつれい、します」


 縁に手をかけ、足先からゆっくりと体を沈めていく。

 急な体感温度の変化に体が震える。現状と相まってかなり。

 ちゃぽんと首まで浸かって、湯船の中で両膝を抱えて座る。

 ナヤメは顔を仄かに赤くしてふわふわしている。よっぽと気持ちいいらしい。

 

「はぁぁぁー……」


「……………………」


 もしかして、この人忘れてる?

 メブキは湯船に浸かれば自然な流れで見せてくれると勝手に踏んでいたのだが、この様子だとおそらく普通に風呂を楽しんで終わる。

 それではいけない。ここに来た意味がなくなる。

 腹を括るメブキ。口を小さく開いて、己の欲望を曝け出す。


「ぁぁあの、ナヤメさん」


「はぁぁぁー……あっ、はい、何ですかー?」


「そ、その…………朝の、あ、あれ…………」


「んー? あーあれですねー」


 ナヤメは「よっこいしょー」と湯船から立ち上がる。メブキの方を向いて、


「気が済むまでどうぞー」


 至極普通に、自分のそれをメブキに見せた。







「ちくわのしたに、きりこみいれたおむれつが」


「メブキ。わざわざ起こして何かと思ったが、余計寝れなくなるからもうやめてくれねえかな」

 

 メブキの話があまりにも余韻を残しすぎて、ヴェルは翌日寝不足気味になった。




 最初は「ちくわのしたに、おだんごふたつと、きりこみいれたおむれつ」でした。が、

ナヤメは見た目女性寄りなので、男性の身体的特徴は少なくしました。そっち系のサイトわざわざ見に行った私何してるんでしょうね。

 検索履歴を消したことは言うまでもないっすね。ええ。

 

 

 

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