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殺め色ナイフは染まらない  作者: ののかね
一章 初めの、始めの
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8話 恐慌の雫はトラウマを滲ませない

 ベッドの上で布団に包まれ、二人がそろそろやることもなく暇になってきた頃合いに、部屋の扉が開く。


「お待たせしました。薬持ってきましたよ」


 医療用の道具が乗せられたトレーを持って、ナヤメが戻ってきた。

 カチャカチャと金属が軽くぶつかる音を響かせる。


 声を聞いて起き上がる二人。ナヤメの腕に先程まではなかった布が巻かれているのが若干気になるところではある。

 注射をすると言われて、何処かでおどおどした自分がいるのかもしれない。

 具体的にどんなことをされるのか把握したいという気持ちが先行して、二人はナヤメがイスに置いたトレーの中のものを見てみる。


 トレーに乗せられているものは、布巾、消毒液の染み込んだ綿、ゴム手袋、駆血帯などなど。

 だが何より先に目に飛び込んでくるのは――――赤黒い色の液体が入った注射器。


「……ナヤメさん。それ、薬なんですよね」


「はい。世界一効く薬、もとい私の血です」


「……え?」


 目を丸くする二人。ナヤメの血が、薬? 自分の体に入る……?

 人間には血液型というものがある。ヴェルもメブキも医療に関しては詳しくないが、自分達とナヤメの血液型が違えば、最悪死ぬのでは――――


「ナヤメさん……私、死にたくない」 


「え? ああそのことですね。大丈夫ですよ」


 死を予感したメブキは震えながらベッドの上でナヤメから離れる。

 ナヤメはメブキの反応をすぐ理解して、ゴム手袋を手にはめながら、


「さっきも言ったとおり、私の能力は生物を治すことができる、というものです。厳密に言えば、私の体を構成する何かに触れただけで、生物は急速に自己修復を始める、いわば私自身が薬みたいなものなんです。どっちからします?」


 説明しながらどちらが先に輸血されるか聞くナヤメ。

 「どっちから先に死にますか」と二人は脳内変換する。

 もちろんどっちも嫌だったが、メブキが仔犬みたいに相当怖がっていたので、仕方なくヴェルが手を上げた。

 本当は手を上げたくなかったが、怯えるあの可愛さに理性を勝たせる方法をヴェルは知らなかった。


 ナヤメは早速注射に取り掛かる。湿った綿をヴェルの腕に当て、駆血帯を腕の付け根より少し下に巻く。

 ヴェル18歳。この年になって注射を怖いと感じることになるとは。

 ナヤメの準備が手慣れていて少し安心したが、それでも不安感は拭えない。


「それで続きなんですが、私自身が薬なら、私の皮膚だけでなく、髪の毛や爪、この血さえも薬なわけです。体の内部に血が入ればやがて循環し、体全体が自己修復を始める……と、こういうわけです。親指握ってください。軽くでいいですよ」


 とは言われるも、本能的にかなり強く握ってしまうヴェル。

 爪が食い込むぐらい握る。逆に注射する際に差し支えるんじゃないかというぐらい握る。

 ナヤメが注射の先端をヴェルの腕に当て、伊達にこの仕事をやっていないだけあってやはり気づく。


「……緊張されてます?」


「……恥ずかしながら」


 大きく息を吐いて、せめて腕の力だけでも抜こうとする。

 ナヤメに迷惑がかかっても申し訳ない。ヴェルは深呼吸してなんとか落ち着こうとする。


「はい、いきますよー」


 あまり落ち着けないまま、ヴェルの左腕に針が入りこんでいった。

 声を出すほどではないが、投与するものにまだ信頼性が感じられないのもあってかそれなりに痛く感じる。

 痛覚遮断も考えたが、体の中で良からぬことが起きても嫌なので、ヴェルはやめておいた。

 壁際まで退いたメブキは、顔を覆う指の隙間からヴェルの腕に針が沈み込んでいくのを見て、身震いした。


「私の血というよりは薬なので、血液型云々の心配はいりません。私でもよくわかってないんですが、体の中に他の人には無い何かが含まれていて、それが色々と作用するみたいです。はい、お疲れ様です」


 よくわからないものを投与しないでくれとヴェルが口にしようとする前に、知らぬ間に針が抜かれていた。

 腕に赤い点がついただけで注射は終わる。

 そこに再び綿を当て、止血を確認してから薄い布を巻くナヤメ。

 無事終わったことに胸を撫で下ろすヴェル。

 人を殺す前よりも緊張したかもしれない。

 

「さて、次はメブキさんです。腕を出してください」


 言われて恐る恐る右手を出すメブキ。人を殺害することよりも注射を受けることのほうが覚悟がいるなんて。

 さっきは強がっていたが、メブキは生まれてこの方注射というものを経験していない。

 本で見た断片的な知識で「多分大丈夫」と高を括っていただけである。

 逃げ出したい気持ちが沸々と湧き上がる。全身が小刻みに震えて悪寒が走る。

 ヴェル以上に注射がおぞましいものに思えて仕方がないメブキは、助け舟を寄越せと涙目で懇願する。


「ゔぇ、ヴェル。左手握ってて」


「……お前、さっきの会話もう忘れたのか」


「いいから握ってよぉっ……!」


 背に腹は変えられぬ。目前の恐怖に打ち勝つためには、あまり思い出したくない自身の羞恥がフラッシュバックされるとしても、ヴェルの助けが必要である。

 ヴェルはナヤメに頼めばいいと言おうとして、ナヤメが自分に対して両手で注射を行っていたことを思い出して肩を落とした。


 だだをこねる子供のような涙声。左手をヴェルの方に伸ばすメブキ。

 まあ唾液交換したあとじゃこれくらい訳ないか、とヴェルは躊躇しつつもメブキの手を握る。冷たい。相当怖いようだ。


 注射の針を見ないよう目を瞑り、ヴェルの手を握り返すメブキ。

 その手が力強く握られたのを見て、ナヤメは微笑んだ。


「ふふっ、仲良しですね二人とも」


「……信じられないでしょうけど、昨日あったばっかなんです俺達」


「さっき聞きました。つまりもう運命ですよ。Aの次はBですよ!」


「……さてはナヤメさんこういう話結構好きですね?」


 自分の身体的特徴を他人に知られるのに抵抗がなかったり、もしかしたらこの人結構ヤバイのかもしれない。


「いきますねー」


 ナヤメの一面が垣間見れたところで、メブキの腕に容赦なく侵入していく注射針。


 「っ……ぅ……」


 瞑った目をさらに強く瞑り、メブキは声を漏らす。

 ヴェルの感覚だとそこまで痛くはなかったはずなのだが、やはりまだこういった痛みに慣れていないのだろうか。


「はい、終わりましたよ。……メブキさーん」


「……ヴェル、私、注射嫌い」


 雑談しながらでもナヤメは正確に注射を終わらせた。

 なるべく痛みは少ないよう上手く針を刺していたはずなのだが、メブキにトラウマを植え付けてしまったようだ。

 注射はもう終わったのに、メブキはヴェルの手を離そうとしない。


「お、おいメブキ。もう終わったって。なんか勘違いされそうだからはな」


「お利口にしてた? 明日からのプランを――――あら、仲直りできたのね」


「……おっさんが鈍くて良かったよ」


 繋いだ手は結局離れることなく、カラベレーナが話を切り出しはじめる。

 メブキは、出来ればこの手を何があっても離したくないと思うほどに、注射が嫌になった。






「ナヤメちゃん、完治にはどれくらいかかる?」


 問われてナヤメは手のひらを頬に当てる。しばらく虚空を見つめてから、


「四日、ですね。今日入れて四日は安静にしたほうがいいです。あと数回注射も行いましょう」


「……さ、さっきので終わりじゃないのっ……!?」


 絶望に打ちひしがれるメブキ。あの感覚をまた味わわなければいけない。

 現実は残酷すぎる。


「一回体内に入ればそれでいいわけじゃないのか……」


「はい。私の血は一定量に対して治せる規模が決まっています。何回かに分けて投与して、少しずつ治療を行うんです」


「いっきにいれちゃ、だめなの……?」


 敬語も忘れてせめてもう少し楽になればとメブキは質問するも、


「そうですね……一度植物を私の血につけて放置してみたんですが、とんでもない大きさになってありえない色に変色しましたね。人間だと恐らく、体毛が異常に伸びたり、肌が変色したり、内蔵にも影響が出るかもしれません。余計に投与しないよう、少しずつ、様態を見ながらじゃないと危ないってことです」


 注射をあと一回だけで済ませる名案は秒で崩れ去った。


「何度も実験を行って、適切な量も把握してるから大丈夫よ」


「ええ。憶測ですが、ヴェルさんはあと三回ぐらい、メブキさんはあと2回ぐらいですね」


「もう嫌でもなれるしかないな……」


「あと……二回……」


 二人して苦虫を噛み潰す。カラベレーナは二人の表情に笑みをこぼしつつ、本題に入る。


「ひとまず完治するまではここで過ごしなさい。明日にでも歩けるようになるはずよ。もちろんベルちゃんは能力使わずにね。ここを適当に見て回って、勝手を覚えていくといいわ。」


「完治したら?」


「私が車で、メブキちゃんの家まで送ってあげるわ。こっちで色々と準備してあげるから、感謝しなさい?」

 

「……ありがと」


「かなり助かる。今日から世話になるな」


 足を貸してくれるだけでも御の字なのに、十分すぎる待遇。

 だがそれ故に、ここまでの致命傷負わせたのこの人なんだよなぁと残念な気持ち。


「持ち物と着てた服は、近くの階段を降りてすぐ右よ。はい鍵」


 カラベレーナが小さな鍵を差し出す。無くさないよう紐と鈴がつけられているのはカラベレーナの粋な計らいだろうか。


「一階出口近くが食堂。入り口を左にちょっと行ったらお風呂。あ、ここは二階ね? 私の仕事場がこの部屋出て左の突き当り。ナヤメちゃんの部屋が三階の廊下左奥から三つ目書庫がここの隣で電話室が一階の廊下奥から一つ手前更衣室が階段の向こうで困ったら案内係が入り口からちょっと行ったところにいるわ」


「覚えれっか」


 後半につれてスピーディーさが増してくるカラベレーナの部屋紹介に、ヴェルは最初こそ覚えようとしていたが後半から頭の許容量が足りなくなった。

 メブキは途中からもう聞いていなかった。


「今日はベッドの上で生活することになると思うけど、時間が空いたら顔を出しに来るわ。ご飯も持ってきてあげる。それまでは二人で暇つぶしてて」


「……暇つぶしって、例えば?」


 退屈を凌げる何かがほしいと思ってメブキは聞いたのだが。

 カラベレーナは悪気なく、ちょっとしたからかい半分で提案をしただけなのだが。


「そうねぇ……キスでもしちゃったらどうかしら?」


「あっ、隊長さん、この二人はも」


「それ以上いけないナヤメさん」


 ヴェルが脊髄反射でナヤメの口を塞いだことで、一番知られたくない人物に二人の黒歴史が知られることはなかった。




注射の時腕に巻くゴムとかのやつ、あれが駆血帯です。私もこれを書くにあたって初めて知ったんですけどね。

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