7話 生き続けども、なお
エグい表現があります。猫ちゃん好きの方にはキツいかもです。読まれる際はご了承ください。
「えっと……何してたんですか」
「「忘れてください」」
問いかけに明確な答えは提示せず、二人は運ばれてきた朝食を黙々と食す。
ヴェルもメブキも、さっきの今でお互いの顔が見れない。
きっとどうかしていたんだと、自分以外の何かのせいにする二人。
「……しゃべっても、いいんですよ?」
「え、あ、ああ、うん」
会話もせず食べ続けられぎこちなくなってきた、朝食を届けに来た中性的な……人間。
ショートカットに、華奢な体躯。身につけている衣服は性別的にはどっちつかずで、男か女か、見た目だけでは判別できない。発せられた声は高めだ。
暗い感じではないが、快活な性格というわけでもなさそうで、落ち着いた佇まいをしている。
目の下には、夜遅くまで起きていたのか隈が見える。
「そりゃあ部屋に入ってきて、ベッドの間でキスしてるお二方見て驚きましたけど」
「…………言わないでぇ…………」
食べ物を口に運ぼうとして、言われた言葉にスプーンをおいて顔を両手で隠すメブキ。
さっきまでの威勢は何だったのか、メブキ自身にもわからない。
今更になって恥ずかしさがこみ上げてくる。
だがそれはヴェルも同じなようで。
「……名前を、聞いても」
「あ、はい。ナヤメと申します。ここの患者さんのお世話をしてます」
「じゃあナヤメさん。飯食い終わるまでこの部屋いてください……」
「? ええ、それは構いませんが」
ヴェルもまさか、あそこまで事が発展するとは想像だにしていなかった。
口の中の感覚が何度も思い出されて、ヴェルもスプーンを置いて顔を火照らせる。
気を紛らわすため、水を少し飲んでからヴェルは話題を振る。
「えっとその……お話しません? あなたのこと、色々とお聞きしたいなぁ、と」
「ええ、いいですよ。私でよければいくらでも」
ベッドの間、椅子に座って明朗な表情。
話題を振るといっても、何を話せばいいのだろう。
いや、聞きたいことは色々ある。性別とか、俺達のことどれぐらいおっさんから聞いたかとか。
だがそこまで思い切った質問を初対面の人にしていいものかとヴェルは迷う。
「……あの、性別は……」
空気感に耐えられなくなったメブキが、ヴェルが悩む間に質問した。
何でもいいから質問せねばと思ったらしい。
ヴェルとしては有り難い。そこまで踏み込んだことを聞いて、実は触れちゃいけないことだったりしたらいたたまれない。
だが返答は、ヴェルとメブキの想像を絶する。
「いえ、どっちもです」
「「どっちも!?」」
「はい。アレの下にアレが。あ、見ます?」
「いや見ないです気になるけど!」
「私は見たいですっ!」
「メブキっ!?」
想定外の答えに食らいついたメブキに、流石にヴェルはメブキの方を見た。
メブキも、はっとなってヴェルの方を見た。
目が合って、二人はまた視線を前に戻した。
「じゃあ流石にここで見せるのは倫理的にあれなので、今日の夜一緒にお風呂入りましょう。メブキさん、ですよね?」
「……いいんですか?」
「ええ。見られて困るものじゃないですし」
至って普通、常識を語るようにナヤメはメブキに許可を出した。
その時、部屋の扉が4回ノックされ、扉が開いた。
「ナヤメちゃん、お世話ありがと。二人とも元気そうね」
「……おっさん」
安心した様子で、カラベレーナが二人の方に近寄る。
上の服は、ちゃんと着ていた。
「ここにつく前から、あなた達もうぐっすりだったのよ。その間に色々調べさせてもらったわ」
言って、カラベレーナはヴェルとメブキが施設で見つけた書類を二人に見せる。
「私の……」
「安心して。咎めたりしないわ。でもまさか、あそこの奴隷だったなんてね……殺しに手を染めるのも無理ないかもしれないわ」
「へっ、奴隷? 殺し?」
カラベレーナから「重体の患者二人を看病して頂戴」としか言われていないナヤメは、腑抜けた声を出して話についていけない様子。
「でもベルちゃん。あなた達、どうしてあんなことを……?」
「ちょっと待て、ヴェルだヴェル。舌唇噛め」
「まあ、そんな細かいこと気にしてたらストレスで禿げるわよ。あっ、私は自分で剃ったのよ?」
「聞いてねえよ」
自分の頭をこすりながらにこりとするカラベレーナ。
多分一生ちゃんとした名前で呼ばないんだろうなとヴェルは前知しつつ、さて本当のことをどこまで言おうかと思量する。
カラベレーナはその心を見透してか、
「あなた達が、私達の同胞である以上悪いようにしないわ。気にせず洗いざらい吐き出しなさい」
「……恐喝にしか、聞こえない」
スープを啜りながらメブキはぼそりと、聞こえないよう零した。
カラベレーナに反応したのは、ヴェルではなくナヤメの方。
「同胞……この人たちも、同じ?」
「ええナヤメちゃん。お仲間さんよ」
聞いてナヤメは朗らかに笑う。「私達の同胞」とカラベレーナが言ったことから、ナヤメも恐らく望みをもち、能力をその身に宿した人間。
「ナヤメさんも、俺達と同じ?」
「あら、ベルちゃん私には敬語使わないのに!」
「気にすんなおっさん。ナヤメさんはどういった具合で?」
「はい、私は小さい頃」
「待ちなさいナヤメちゃん」
語ろうとしたナヤメを制して、カラベレーナはヴェルに催促する。
「まずはベルちゃんの話からよ。ナヤメちゃんはそのあと」
「……しゃあないな」
黙り込んでいても話が進まないので、ヴェルは施設で書類を手にするまでの経緯をカラベレーナに話した。
ずっと昔家を出て、そこから人殺しで生計を立てていること。路地裏でメブキと会い、母親の殺しを頼まれたこと。居場所を知るため、書類を探しに施設に入ったこと。
メブキに人を殺させたのは自分であることも含めすべて。
ヴェルは話しながらも朝食を食べ、最後の一口となったパンを口の中に放り込んだ。
よく噛み、嚥下して、礼儀よく合掌。
「ごちそうさまでした……さて、今度はそっちのば」
「……えっぐ、ひぐっ、ぅぅ」
「えっ、ちょっと、ナヤメさん?」
ナヤメの話をやっと聞けると思い当人の方を見やると、目元に手を当ててぼろぼろ涙を流していた。
「あらあらナヤメちゃん。優しいのね」
「ぅぐ……だ、だってぇ、かわいそうでぇ……」
「……いい人」
メブキも朝食を食べ終わり、手を合わせながら目を見張る。
自分達の話を聞いて、心から泣いてくれる人がいるとは。
「わ、私なんて、全然大したことない……もっと、辛い思いしてる人がいるのに……っ」
嗚咽し、目を赤くして震えた声を絞り出すナヤメ。
自分達に対してここまで感情を顕にしてくれるのは嬉しいのだが、それ故にメブキは、悲しんでほしくはなかった。
「……辛いだなんて、思ってないです。もう、慣れたから」
「……メブキちゃん」
カラベレーナはメブキの気遣いに勘付いて、顔を曇らせる。
だが年長者として、自分がしっかりしなければならない。
胸が締め付けられる思いだったが、さざ波立つ心を抑制して、場を取り仕切るように。
「ありがとうベルちゃん。あなたたちが何してたって、もう捕まえようだなんて思わないわ……ナヤメちゃん、話せるかしら?」
「……もち、ろんです……話さなきゃ、私の気が済みません……」
カラベレーナが差し出したティッシュで目元を拭って、ナヤメは呼吸を整える。
一方で、ナヤメの背中をさすりながら、カラベレーナは先刻から気になっていたことをヴェルとメブキに、なんの気なしに聞いた。
「ところで二人共、あまり顔を合わせようとしてないけど、喧嘩でもした?」
「「…………」」
また二人は紅葉を散らした。
落ち着いたナヤメは、視線を落として口を開く。
「『承認欲求』……他者から認められたいと思う気持ちです。私はそれが、人よりも強い……私は、自分のことが嫌いです。自信を持てず、小さい頃から自分を自分で卑下してきました。それでも、誰かに認められたいと思い、医療関係の仕事につくため勉強していましたが……功績を上げて、次々出世していく仲間を見て、私は自分が自惚れていたことを痛感しました」
曇天を閉じ込めたような灰色の目は、何も映さない。
三人は口を挟むことなく、ナヤメの話に集中する。
ただ一人カラベレーナだけは、切なげな表情だ。
「努力が報われることはないと知った私は、ついに精神を病んで、医療の道を諦めました。大したことも出来ない自分に自分で呆れ、何度か、この世から消え去りたいとも。だけどそれでもまだ、私は望みを捨てきれなかった――――ある時家を出て、道端にうずくまる猫を殺しました。治そうとしたんです。自分の能力を誇示しようと、あまりにも下衆な、馬鹿げたやり方で。誰かに見せれるものでもない、できるはずもないのに、体も内蔵も、猫じゃなくなるまで刃物で切り裂いて、治そうとしました」
「……治ったん、ですか」
尋ねたのはメブキだった。ナヤメはそれを聞いて、メブキに向かって、微笑んでみせた。
「何も考えずに、その死体に触れました。私が能力を初めて使ったのはその時です。誤って切ってしまった私の指先に触れた猫の内臓が、辺りの血を取り込んで元に戻ろうとしていた。私は、生物を治す力を持っている。そのときはわかりませんでしたけどね。それで、使い慣れない力を使ってその場に倒れた私を、隊長さんが見つけてくれました」
「血だらけの猫の傍で、手を真っ赤にして横たわってたわ。確かにナヤメちゃんの手が触れた場所は、ひとりでに戻ろうとしていた。能力を持っている子だって思った私は、ナヤメちゃんをすぐに保護した。それからずっと、ナヤメちゃんはここで働いてるわ」
ナヤメは立ち上がって、ヴェルとメブキの食器を片付けながら。
「隊長さんのおかげで、私は少しだけ自身がもてました。負傷した部下の人たちを、この能力で治して、感謝してもらったときは嬉しかった。やっと、自分のやるべきことが見つかったような気がしたんです」
「……承認欲求は、満たされましたか」
目の前の食器にナヤメが手を伸ばしたとき、ヴェルは下を向いたまま問う。
ナヤメは、首を横に振る。
「いいえ。この望みは、まだまだ生き続けます。多分、死ぬまで。私はそれでも構いません」
食器を一通り片付けて、お盆に乗せたナヤメは、部屋の扉の方へ向かう。
「メブキさん、ヴェルさん。注射はお嫌いですか?」
「大丈夫、です」
「左に同じく」
「よかった。少し待っていてください。世界一効く薬を持ってきます」
ニコニコしながら、ナヤメは部屋の外へ出ていった。
「……あの子をここに連れてきたのは5年前。17歳の時よ。今日に至るまで、嫌な顔一つせず夜遅くまで一生懸命働いてくれてる。隈ができる程にね。それでもあの子は頑張ってくれる。私もいろんなところに仕事で出向くから、いつも会えてたわけじゃないけど、いつあっても、あの子は変わらず元気なのよ」
「……おっさんに救われたんだな」
「放っておけないだけよ。私はあの子に大したことしてないわ」
「おっさんは何歳なんだ?」
「……あのときの暴言と言い、ベルちゃん私を怒らせるのが得意なようね」
「あっ、あれ俺が考えたってバレてる?」
「メブキちゃんがあんなこと言うわけないじゃない。あのときは思わずムキになっちゃったけど……」
言って、カラベレーナもナヤメの後を追うように扉の方へ。
「……メブキちゃんの復讐、手伝ってあげるわ」
「おいおい、犯罪者に手を貸すのか?」
「迷える子羊に手を差し伸べるのよ。私の望みは『固執』。一度関わっちゃったら、最後まで面倒見ないと気がすまないの。仕事を済ませたら、またここに来るわ」
カラベレーナは口に人差し指を当てて、口外するなとヴェルに暗示し、部屋を出ていった。
取り残され、また二人だけの空間ができあがる。
――――
「――――ヴェル」
「――――メブキ」
「「あっ……」」
全く同じタイミングで話しかけてしまう二人。あたふたして、照れくさそうにするのも同じ。
「メブキ……その、さっきのことは、お互い水に流そう。俺がどうかしてた」
「うん、そうしよ……私も、おかしくなってた」
「「…………」」
二人は「初めて」を奪い奪われた甘い記憶を、滅却して布団を深く被りこんだ。