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殺め色ナイフは染まらない  作者: ののかね
一章 初めの、始めの
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5話 クレイジーダンスをナルシストと共に

 見上げるほどの図体、その見た目とはあまりにもマッチしない喋り方、常人の粋から大きく外れた喋る肉叢が、ずかずかと部屋に侵入してくる。


「おっさんだなんて酷いじゃなぁい。カラベレーナって麗しい名前がちゃんとあるのよ? あっ、もちろんレディーでも構わないんだけどね?」


――――何だこいつ。


 入ってきた男の、惜しみなく属性を盛り付けたような生態に唖然として、たじろくヴェル。

 丸刈りの頭に、長く伸びた髭。こちらを見下ろす双眸は妖艶な紫紺色。

 柔和な面持ちだが、上裸というもう一つのステータスが優しそうなおっさんからただの不審者にその印象をランクダウンさせる。


 事前に弾を込め、いつでも引き金を引ける状態の銃を握ったが、やっぱりナイフでいいかもしれない。

 拍子抜けして、若干肩の力を抜きリラックスを意識するヴェル。


「聞きそびれた。メブキ、大丈夫か?」


 目の前の男から目を話さないことだけ念頭に起き、改めてメブキの安否を確認するヴェル。

 男に向けた体を少し捻り、流し目でメブキを視界に入れる。

 身動きの取れないメブキは、声は出さずに右手で敬礼のポーズだけとって己の無事を表した。


「妹さん? どうして埋もれてるのかは知らないけど、助けてあげないの?」


「どっかの常識外れ野郎にやられたんだよ……てか、よく女だって分かったな?」


 手足だけしか視認できない状態では、性別の判断は難しいはずだ。

 メブキをふっ飛ばしたことを知らない様子なのは、鈍感なのかわざとなのか記憶喪失の天才なのかわからないが。


「私は男も女も等しく愛する……断片的な情報から性別を言い当てることなんて、他愛もないことよ」


「そうかい……立ち話しにきただけなら俺たちはここを出るぞ。いろんな理由でもうここにはいたくないんで。血生臭えし、埃っぽいし」


 あんたと一緒にいたくないし、と言外に皮肉も含むヴェル。

 カラベレーナは表情を変えず、


「目的も無く扉を破壊したわけじゃないわ。あなた――ここの施設の人間?」


 その笑みだけは崩さず、だが鋭い目つきで問う。

 聞き出そうとする内容からして、ヴェルの、施設の人間ではないかという危惧は杞憂に終わったようだ。


「全身真っ黒の人間が他にもいんのか? 後ろの子供と書類パクリに来ただけだよ」


「あらそう。私は道で血を流してた二人組に、この法外な施設の場所を吐かせてここに来たの。その二人含め、この奴隷施設の人間は既に部下が拘束してるわ」


――――あの半殺しにした二人か


「治安部隊か……お努めご苦労さまです。後ろの子供は妹じゃなく仕事仲間。同じくここの人間じゃないですよ」


 男の素性がわかり、ひとまずは銃をホルダーに戻すヴェル。

 もう遅いが敬語に改め、一応両手は上げておく。


 メブキは知らぬ間に木片を押しのけて這い出てきており、ヴェルの横に並び同じように両手を上げた。

 会話は聞いていたらしい。


「……通して、くれませんか」


「くれませんか」


「……私が治安部隊の人間じゃなければ通してたかもね。自分たちの容姿がどれだけ不審か、鏡で見せてあげましょうか?」


 あなたも大概では、と二人して声に出さずツッコむ。


「血まみれの手に、腰に刺したナイフ。女の子は裸足だし、あなたは銃も持ってたわね。そもそもこんな場所に若い子二人がいること自体おかしいのよ?」


「「ですよね」」


 怪しまれることは最初から承知の上だった二人。

 むしろ初見でそのことに言及しなかったあたり、この人は優しいのかもしれないとメブキは思う。

 ヴェルは弄ばれていたと思案したが。


「もう一つ通してあげない理由を教えてあげるわ……檻の中にあった死体――手にかけたのはあなた達かしら?」


「……どうだろうね?」


 両手を上げたまま、回答を濁したのはメブキの方だ。

 カラベレーナの目が睨めつけるようなものに変わっているが、臆することなくメブキも睨み返す。


「あなた達じゃないなら、誰がやったか知ってるかしら?」


「――存じ上げませんが」


 目をつぶり、ため息混じりに返答するヴェル。

 メブキも冷静さを欠かず、首を横に振る。


――――カラベレーナの口角が上がった。


「いいことを教えてあげるわ……私は、人の言葉の真偽を見抜くことができるの」


「……へぇ」


 二人の額に汗が浮かぶ。もはや逃げれはしないと悟り、両手を降ろし始めた。


「人間の、心の奥底の僅かな揺らぎ……私にはそれがわかるのよ。あなた達は――嘘をついていた」


「……ヴェル」


「……ナイフを構えろ、メブキ」


 一歩後ずさり、二人は臨戦態勢に入る。

 カラベレーナは首を鳴らして、待ち焦がれていたように、これから起こる出来事に高揚する。


「あななたちはそこらへんで待機なさい。私達にはノータッチでよろしくね?」


 近くの部下にカラベレーナがそう言うと、他の部下に伝言するためか俊敏な動きで走っていった。


「安心なさい……部下に手出しはさせない。そのほうが腕をふるえるってものよ」


「戦闘狂が……もう芝居しねえぞ。きれいなレディーを傷つけるのは心苦しいが」


 ヴェルの心の奥底が揺れたのを、カラベレーナは確かに感じた。


「……私の能力を逆手に取っての嘲弄……いい度胸ね。私は他人の血が大嫌いなの。どす黒くて汚い、触れるなんてもっての外よ。私もさっさとここを出たいの」


 怒気を孕み、ゴキゴキと、両手の握り、開きを繰り返して体を前傾させるカラベレーナ。

 筋骨隆々のあの体から繰り出される殴打は、一回り小さいヴェルとメブキでは受け止めることができない。

 まずはこの部屋から出て距離をとり、直線上での銃撃で足止めをする。隙を見てメブキに奇襲させれば、逃げる時間くらいは稼げるはずだ。

 そもそもナイフの刃は通るのか、この部屋から出れるのか微妙ではあるが。


 飽くまで暗殺が主な仕事な以上、敵に見つかった状態での戦闘経験は少ないヴェル。

 二人というアドバンテージをどこまで活かせるか、敵の戦闘能力は如何ほどのものか。


「手加減は、しない」


 通りでヴェルにしたよう、その瞳の紅をより深め、神経を研ぎ澄ますメブキ。

 思念を捨てさり、吐息を獣に似たものへと豹変させる。

 既に乾ききった右手の血により、感覚は更に敏感なものになる。


「殺しはしないわ……おとなしく捕まってくれればそれでいいのよ」


「……セんセイは、あゲル」


 上手く喋れないのか、一部片言になりながら喋るメブキ。

 考えなしに突っ込めば、相手の思う壺だ。

 まずは出方を伺い、力量を図ることに専念しようとメブキが先制攻撃を促す。

 ヴェルももとよりそのつもりで、異論は唱えない。


「隊長の威厳、見せてあげるわ!」


 咆哮が狭い部屋に反響する。二人の咎人が、正義と対峙した。







「フンッ!」


 あたりを震動させるほどの踏み込みとともに、その巨体はヴェルとメブキの方へ突っ込んでくる。

 二人は左右に飛び、部屋の壁へ移動する。

 先制攻撃だけで想像の斜め上。圧倒的なパワーがある上に、その巨体に似合わずスピードもある。

 一筋縄ではいかなそうだ。


 右に飛んだヴェルが足を狙い、銃の引き金を引く。が、


「遅い」


 読んでいたのか、体を翻してそれを避け、回転の勢いを利用してヴェルの方へ腕を伸ばすカラベレーナ。


「ゥゥゥァア゛ア゛!」


 がなり雄叫びを上げ、弾丸の速度で持っていたナイフを投じるメブキ。

 精度は悪いが、カラベレーナの腕をかすり、油断を誘う。


「っ――」


「ぅらあ!」


 右脚を振り上げ、顎を踵で蹴り上げるヴェル。

 上げた足を横から下ろし、左足による回転蹴りも食らわせる。

 渾身の一撃のつもりだったが、カラベレーナはびくともしない。


「……おっさん鉄入れてんのか?」


「筋肉という名の、ね?」


 鍛え上げられた筋肉は金属にまさるとも劣らない頑丈さ。

 蹴ったこちらの足のほうが痛い。

 かなり完璧な型で決まった気がしたのだが、カラベレーナには応えないようだ。


 肉弾戦は分が悪いと悟り、ナイフを抜くヴェル。

 壁の溝に足をかけ、跳んでカラベレーナの後ろに回ろうと――――する前に、カラベレーナはヴェルが足をかけた壁めがけて握拳を突き出し、あろうことか壁を破壊する。


「待て待て待てッ……!」


 上昇し切る前に足の掛け所を崩され、ヴェルの足が空を切る。

 ヴェルが床に落ちきる前に、カラベレーナはもう一方の手を伸ばし、


「これは没収」


 ヴェルの握るナイフの刀身を即座に握りしめ――――粉々に砕いた。


 ヴェルは中途半端に飛び、重心移動のため体を反らせていたせいで頭から落ちる。

 カラベレーナの非人間っぷりに本格的に焦り始めるヴェル。


「コんドハ……こっち……ッ!!」


 部屋の隅から神速でカラベレーナに走り寄るメブキ。

 数歩前のところで跳び上がって前中、踵落としがカラベレーナの肩に落ちるも、


「まだまだよ……」


 肩に脚先が乗るだけで終わる。

 カラベレーナの開かれた厚い手の平がメブキの足首を包み込み、フルスイングでヴェルめがけて振り下ろされる。

 仰向けのヴェルは両腕を交差させて防ぐが効果はないに等しく、苦痛が体を駆け巡る。

 メブキの腕は壁に直撃し、あまつさえカラベレーナはまだ足首を離さず、メブキを後方に投げ飛ばした。


 不可抗力に抗うのは無謀と体は脳からの「動け」という信号を拒絶する。

 転がり跳ね、やがてメブキの体は静止する。


「……ッ……」


 壁に打ち付けられた右腕が、転がる最中さらに床と自身の体重で圧迫された。

 激しい痛みが走り顔を歪めるメブキ。


「もっと……もっと楽しませなさい」


 そう言ってカラベレーナはヴェルの服を掴み、振りほどく間もなく大振りにメブキの方へ放り投げる。

 メブキがとっさに姿勢を低くし衝突は免れたが、投げ飛ばしの力に抗えず壁に激突するヴェル。


「ッッガハぁ……」


 背中に鋭い痛み。空気抵抗で海老のように曲がっていた体は、ぶつかって壁に沿うようにして伸びる。

 喉奥から唾液を吐き出して、その場に崩れ落ちた。


「フゥゥゥゥ……」


 歯を強く噛み、怒りを顕にするメブキ。

 四つん這いの姿勢から突風を巻き起こしてカラベレーナの方へ跳ぶ。

 右腕の痛みなど気にしていられない。


 爪をたて、乱舞しながら攻め続けるメブキだが、カラベレーナは涼しい顔で、その猛攻をいなす。


「動きがつまらないわ。考えが見え見えよ」


 首横に伸びた腕を掴んで下方に引っ張り、メブキに翻筋斗を打たせる。

 床に伏したメブキはカラベレーナの足を払おうと床を蹴る。

 飛んでかわさせるが、そのまま倒立の状態に移行して、腕の伸縮でヴェルの方に飛び退いた。


「…………」


「……ああ、大丈夫だ。大丈夫……」


 声は出さず、心配した様子でヴェルを揺するメブキ。

 背骨が尋常じゃなく痛むが、足手まといにはなるまいとヴェルがそう言いながら体を起こす。


「……少しだけ時間をあげる。結果は、果たして変わるかしら?」


「……勝てっかねぇ、このバケモンに」


「……ニ、げル?」


「…………逃げれるかすらわかんねえけど」


 カラベレーナの言は聞き流し、背中を擦りながら大人しくお縄にかかる自分たちの姿を想像するヴェル。

 人殺しは無論この国で容認されておらず重罪。捕まれば獄中での生活は覚悟しなければならない。

 ヴェルは豚箱に入ったことも、脱獄を遂行したこともあるが、あまりいい思い出はない。


 想像以上に手強い。なんてザマだ。事前に立てた計画は実行できそうにない。

 力では圧倒的にこちらが不利。

 まず勝てないだろうとヴェルは推察する。

 このまま戦闘が長引いても好機は訪れないだろう。かくなる上は――――


――――もう少し、一矢報いてやるか


「メブキ、その袋借りるぞ。俺のだけど」


 ついさっき渡した袋を、中の紙は出してメブキから受け取り、ナイフを口に加え、袖を捲くるヴェル。


「……なニ、スルの……?」


 手首の細胞を活性化させる――――感じのイメージを脳裏に焼き付かせ、深呼吸する。

 メブキに対する返答は――――


「――――無茶」


 ナイフと袋を持ったまま、両手を腰の後ろに隠す。

 ありがたいことに、カラベレーナは時間をくれた。

 その時間を利用せずして、望む結果が振り向いてくれるほど目の前の男は優しくない。


「……何してるのかしら?」


「マジックの準備だよ。おっさんの顔面を……汚くするマジック……」


 言い淀みながら、歯を食いしばり必死に手を動かすヴェル。


「メブキ……耳も貸せ……あと口も借りることになる……」


「…………」


 カラベレーナには聞こえないよう、耳打ちする。

 メブキは言われたことを頭に叩き込み、能力の使用を一時中断してカラベレーナの方を向く。


「小細工の準備はできた?」


「……おかげさんで」


 慈愛はそう長く続かない。様子を見ていたカラベレーナは痺れを切らし、ついに二人の方へ悠々と歩き出した。


 その動きを確認し、メブキは息を大きく吸い――――


「クソ汚え体見せんな顔面しわくちゃナルシスト」


「殺されたいのねわかったわ動くな殺スッッ!!」


 カラベレーナの自己愛に着眼し創作されたえげつない罵倒が、メブキの口を媒介に放たれたと同時、まさしく鬼の形相でカラベレーナは憤慨する。

 先程の扉と机のように、貴様らの骨を粉砕せんと向かい来る――――


――――のを、待っていたように、ヴェルはすかさず立ち上がり、


「かかったな、阿保」


 手首から血を流した状態で、右手に持った流血入りの袋を、カラベレーナの顔面にぶつける。


「――きぃぃぃぃいやあああああああ!!」


 顔面にヴェルの血、他人の血を浴び、奇声を上げその場でのたうち回るカラベレーナ。

 視界が真っ赤に染まりぼやけるが、それより他人の血にもろに触れたという精神的ダメージのほうが大きい。

 ヴェルは袋を床に叩きつけてから思い切り踏みつけ、床にも血をぶちまける。

 踏んだ袋は床上をスライドさせてメブキの方へ飛ばし、メブキがキャッチ。


「ああああああああ、あっ、あっちょっまっ」


 床の血を見事に踏んづけ、足を滑らせ踊るカラベレーナ。

 メブキはもう一度能力を使い、四つん這いで準備する。


「……外に出るぞ、メブキ……さっさと逃げる……ッ!」


「……!」


 怯んだ隙に部屋から飛び出す二人だが、手首の痛みでやむを得ずあとから出てしまったヴェルがカラベレーナに首根っこを掴まれ、再び部屋の中に逆戻りさせられる。

 足場が不安定で視界も悪い中、この執念はもはや人じゃないとヴェルは思う。


「捕まえたぁ……」


「……ッ、……」


 じたばた動く中、散らばった木片がヴェルの足に当たる。

 両足で器用に木片を宙に浮かせ、落下に合わせて平らな方を上から踏み、カラベレーナの足に刺しこむ。

 それでもなおカラベレーナはヴェルを離さない。


「ハァァァァァァ……ッッ!!」


 先に部屋を出ていたメブキが、空中で回転し脚をぶん回しながら飛来する。

 ヴェルは直前でなんとか首を前に曲げ、メブキの足の甲がカラベレーナの側頭部を強打した。

 体制を崩したカラベレーナはヴェルをやっと離し、二人は出口に向かって全速力で走る。

 メブキは動物のように四足で、一秒もかからず突き当りまで走り抜けたが、ヴェルはそうもいかない。


「はっやずるいぞお前!」


「……」


 能力の行使で手首の傷は人の倍以上の速度で治るが、それでも完治はまだしていない。

 というか、それを抜きにしてもメブキが速すぎる。


 フィジカルの違いになんだか申し訳なくなり、頭をかきながら突き当りでヴェルを待つメブキ。だが――――


「ヌウンッ!」


「! メブキィィイ!!」


 声と同時に背後から飛んでくる、壁だったはずの乱系石材を見て、瞬時の判断で持っていた銃をメブキに放り投げるヴェル。

 迫り来る石材に押され、ヴェルは床に鼻から押し付けられる。

 人体を構成する骨の何本かが、音を立てた気がする。


「……ヴェル……ッ」


 体を迸る闘争心で微睡む意識の中、ヴェルの名を呼ぶメブキ。

 床を滑り来る銃を拾い、崩壊した部屋の壁から姿を現したカラベレーナを狙おうとするが、荒い呼吸と、うるさい心臓の鼓動で照準がうまく定まらない。

 銃以外の武器も探すが、ヴェルからもらったナイフはカラベレーナの手に握られていた。


「あまり私を舐めないことね……」


「撃て、メブキ……」


 瓦礫に埋もれ、鼻血を垂らしながら掠れた声を出すヴェル。

 能力を解除している暇はない。精神の安定しない中、やけくそに弾を撃ちまくるメブキ。

 計5発の弾が撃ち出されるが、虚しくもカラベレーナが拾い上げた石材に焦げをつけるだけに終わる。

 弾はもう、装填されていない。


「ハァッハァァぁぁ……」


 メブキの能力はついに持続しなくなる。意識がはっきりとしていく反面、疲労し弱々しく銃を下ろす。


 カラベレーナがヴェルを見下ろし、メブキのナイフをちらつかせた。

 

「もう終わりかしら?」


「ははっ、鬼だなあんた……」


 わざわざヴェルの頭の方に周るカラベレーナ。

 禍々しく赤い顔はヴェルに鬼を連想させた。

 瓦礫を押しのける力も無く、カラベレーナの大きな影がヴェルを包み込む。


「……痛いのは、嫌いかしら?」


「あんたは好きそうだな……」


「ええ大好きよ、痛み……でもあなたはそうじゃない。その能力は、突きつけられた現実から逃げる力」


 自然に塞がっていく手首の傷を見て、カラベレーナはヴェルに問う。


「痛みが嫌いなら、逃げちゃえばいいのよ。認識したくないものから逃げ続けるの。そうしてあなたは、また人から遠のいていくの」


「……何言ってんだ?」


「あなたの望みと、その能力は繋がっている。あなたの人ならざる、ざらついた望みが、あなたの能力を開花させる……私にはわかるのよ」


「……あんた、何もんだ……?」


 カラベレーナがナイフをヴェルの手のひらの上で下に向ける。

 メブキは助けるために床を蹴り出そうとするも、能力を使った反動でそれは能わない。

 神経が焼ききれたように、酷使した体は動かなくなる。


――――カラベレーナの鋭い目が、哀れみの目へと変わった。





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