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殺め色ナイフは染まらない  作者: ののかね
一章 初めの、始めの
2/15

2話 少女の憂いと訝しみ

 軽口を叩きつつ、青年はおもむろに立ち上がる。

 対する男二人が青年の方へと歩み寄り、やがて姿が確認できる程度になる。


 短髪の男と長い髪を後ろでまとめた男。動きやすそうな衣服を纏い、格好こそ昼間の群衆に紛れていても違和感はない。

 短髪の男がその手に銃を握っていなければ。


「おう兄ちゃん。変な強がりやめてその女の子こっちにわた」


「殺すならさっさと殺せばいいのに」


「……え、あ」


 長髪の男が比較的優しめな声で話し始めてすぐ、男の足に深々と、刃渡り10センチほどのナイフが刺さる。

 ナイフの刺さった周辺、衣服の布が徐々に変色していく。


「ッッッぁああああっ!」


 男が突然の痛みに耐えかね、絶叫を漏らす。

 青年の右手に握られていたナイフは既にない。

 青年はあっけにとられている少女の方に向かいつつ、懐から第二のナイフを取り出す。


「お、おい、てめえっ!」


「社会勉強だ。まあ、血にはもう慣れてるか?」


 少女に告げた言葉を置き去りにするように、青年の体は大きく飛躍。

 壁を強く蹴り上空から男達の方に落下する。

 放つ弾丸は一発も当たらず、常軌を逸した動きをする青年に短髪の男は不意をつかれ、思わず後退。

 長髪の男は隣でもがき苦しみそれにすら気づいていない。


「っそいっ」


 掛け声のような声とはあまりにも不釣りあいな、豪快な重い空中回し蹴りが短髪の男の顔面に直撃する。

 鼻から血を吹き出し白目を向いた短髪の男は、そのまま隣の長髪の男の方へ重力のままに崩れ落ちる。

 短髪の男の体に押され、どうにか体制を維持していた長髪の男も床に手を付こうとする。

 が、意識に反してその両手は足を抑えたまま動かず、結果としてナイフの柄が床に押され、より傷口をえぐることとなった。


「いっ、あっ」


 痛烈な痛みにもはや声すら出せず、長髪の男は石畳の上でもがくのみ。

 短髪の男はクリティカルヒットですでに意識不明。


「この路地裏かなりいい場所だったのに、もう引っ越しかよ……あ、ナイフ返せナイフ」


 青年の声に長髪の男は怖気づきつつも、せめてその顔は拝んでやろうと視線を青年の方に


「こっち見んな」


 向けることすら叶わず、鼻の骨を青年のかかとで砕かれ、意識を手放した。


「そんな商売してんだ。人一人殺すのに躊躇する必要なんかないだろうに……あぁ、眠……」


 長髪の男の足に突き刺さっていたナイフを抜き取り、男の衣服で適当に吹いてから腰の鞘に戻す。次いで右手のナイフも懐へと再び忍ばせる。


「……母親殺してぇって?」


「……え、うん」


 離れた場所から見ることしかできなかった少女が、青年の声に遅れて反応する。

 あくびをしつつ路地裏奥へと歩いていく青年を、少女は今しがた起こった出来事に愕然としたまま、青年を追うように続いて路地裏へと消えていった。







「元奴隷、名前はメブキ、親殺したい、でも場所わかんない……か」


「……やっぱり、だめ?」


 路地裏の奥から通りに出、あてもなく歩きつつ会話を交わす二人。

 枕代わりにしていた布を腰に巻いてそそくさとその場をあとにしたが、半殺しにした男二人から距離を離すために出てきただけで、とりあえず今はとにかく寝たい青年。

 反して、そんな青年など気にもかけず話し続けるメブキ、というらしい少女。

 ウトウトしつつメブキの言葉に形だけ耳を傾ける青年だが、下を向いて歩く青年を先頭に、二人の歩くスピードは老人のそれといい勝負になるほど遅い。


「……その施設、ここから近いのか?」


 何か思いついたのか、ふと立ち止まりメブキに問いかける青年。

 声のトーンはあいも変わらず低い。


「……来てくれるの? えっと……名前は」


「ヴェル」


 簡素な返答をしつつメブキの方に向き直るヴェル。

 もう完全に瞼は落ちきっているが、起きてはいるらしい。

 頭は船を漕いでいるが、続けて言葉が紡がれる。


「奴隷管理してるとこは妙に律儀でな。お前みたいな捨て子なら、捨て子を奴隷として預けに来たやつの名前とか家の住所とかちゃんとメモってんだよ。一回関われば何かと金づるに出来るから。その奴隷施設行けばなんかわかるかなぁ、と、おも……」


「あっ、ねないで、ねないで」


 ぺちぺちとヴェルの頰を平手で叩くメブキ。

 数回叩かれると流石に鬱陶しくなり、ヴェルがメブキの手を鷲掴み、爪の垢程度に目を開いた。

 目を開いて、気づく。


「……お前、目綺麗だな」


「え」


 唐突にそんなことを言われ、メブキは口をぽかんと開けたまま固まる。

 明かりで照らされた通りでは、瞳の色もよく見える。

 ヴェルの顔がよく映る真紅の瞳は、宝石の輝きすらをも凌駕する……と、ヴェルはなんとなく思う。


「……もういい?」


「えっ、あ、はい」


 流石に目が乾いてきたようだ。随分と長いこと覗き込んでしまい、何だか恥ずかしくなってきたヴェルは、一つ咳き込んで話を戻す。


「ま、まあそれでだ。取り敢えずその施設に向かうにあたって、お前もそれなりの戦力になってもらわなきゃならない。」


「……ナイフ持って戦うってこと?」


「その通りだ。さっきの二人みたいなのがうじゃうじゃいるからな。最悪人殺す覚悟で行かないとこっちがやられる」


「……私も、いくんだ……?」


 どこか不安げにそう訊くメブキに、ヴェルは幾分か口角を上げつつ、メブキを試すようにこう尋ねる。


「俺一人で行くに値するほどの報酬があるなら、もちろん行ってやってもいい」


「報酬?」


「そう、報酬。俺はボランティアで人殺してるわけじゃないからな。報酬を受け取ることを前提に依頼を請け負う。大抵は金だが、お前はどうせ払えんだろ? だから……」


 慣れた手付きでいつの間にか手に握られていたナイフを玩び、メブキの顔寸前でナイフを止めてみせ、心底楽しげに――


「だから、お前の払う報酬は『俺の暗殺家業を手伝うこと』だ。それなりの活躍をすれば、それ以外の報酬はせびらない」


 ただ眠気から薄く開かれただけのまぶたはだが、上がった口角と相まって怪しさを醸し出している。

 ナイフをくるりと回し、柄のほうをメブキに向けるヴェル。

 それを合図と受け取り、メブキは恐る恐るナイフを手に取る。


「私に、人が、殺せる?」


「さっきの二人の血見ても何ともなかったんだ。あとは肉えぐる感触に慣れていけばいい」

それでもなおナイフを握る手には戸惑いが見え隠れする。何度もナイフの持ち方を確認するさまを見て、ヴェルはある一つの提案をする。


「……まあそう戸惑うのも無理はないか。よし――」


数歩後ろに下がってから、棒立ちのままナイフを構え、 


「そのナイフで俺を切れたら、施設に向かおうか?」






 数歩距離を置いて相対する二人。

 まだナイフを持つ感覚になれず、何度も握り直しては不安がるメブキ。

 対して、俯きがちにナイフを適当に構えるヴェル。緊張感の欠片もない。

 しばらくの沈黙が流れたあと、ヴェルが口を開く。


「俺は何もしない。お前の攻撃を避けるだけだ。思うようにやってみな?」


 親指と人差し指でナイフをフラフラと揺らして、攻撃の意思がないことを伝えるヴェル。

 それを見てメブキは、両手でしっかりとナイフを握り直す。


「……わかった」


 小さくそうつぶやくメブキの声が聞こえたと、同時――――


「ッッぅぉお!?」


 空間が大きく揺れたような錯覚にとらわれるヴェル。

 両手にナイフを握ったままヴェル向けて直進し、刺突を試みたメブキ。

 その攻撃をすんでのところで躱し、慌てて、今度は真面目に構え直すヴェル。

 メブキがさっきまで立っていたはずの場所――――石畳の床が隆起し粉々にくだけているのを一瞥し、焦燥感のままに声を荒げる。


「お前、そんなことできるなら最初からぁぁぁあああ!?」


 安息の暇すら与えず、大袈裟に体を捻りナイフを振りかざすメブキ。

 ヴェルからしてみればあまりにも単純で初心者の動きだが、目を疑うスピードで繰り出される斬撃は、まともに喰らえばただでは済みそうにない。


 思考を捨て、力強く腕を回し、斬撃を繰り返すことだけに集中するメブキ。

 ナイフを降るたびに獣のような声を漏らし、真紅の瞳が段々と物恐ろしさを帯びていく。

 後退しつつその連撃を避け続けるヴェル。

 こうも単調な動きでなければそれなりに死を覚悟していたかもしれないと思うとゾッとする。


 冷や汗をかきつつ、だがそれでも少しずつ冷静さを取り戻し、ヴェルは体の緊張を解いていく。

 必死に自分を捉えようと狂気的な動きを止めないメブキを見て、だがヴェルは内心思う。


 ――――これは、なかなかに楽しくなってきた


 感情が高ぶり、思わず笑みをこぼすヴェル。


「おっと」


 メブキは意図せずして、ヴェルを壁際へと押しやっていた。

 壁に背を付き、一瞬の隙を許すヴェル。

 眼前で後方に目一杯腕を引き伸ばし、ナイフを振り下ろそうとするメブキを確認して、ついにヴェルは――破顔した。


「上出来だ、メブキ」


 軽く左手を前に翳すヴェル。それには気づかず何も考えず腕を斜めに降ろすメブキ。


 握ったナイフから、確かにものを切り裂いた感覚が伝わる。

 ナイフの先端だけではあったが、確かな引っ掛かりはあった。それがヴェルの服なのか、皮膚なのかすらわからないが。

 メブキが動きを止めてからしばらくして、少しずつ平静を取り戻す。

 ヴェルを攻撃した。ナイフを当てろとは言われたが、その事実にやはり罪悪感を覚え、メブキは我に返る。


「ご、ごめんなさ」


「思い切った動き、良かったぞ。下手くそだったけど」


 顔を上げたメブキに微笑するヴェル。ナイフで切り裂かれた左手に、斜めに傷口が開いている。

 だがその傷口からは一滴たりと血は流れず、ヴェル自身も痛がる様子はない。

 それどころか、開いた傷口は小さくなり始めている。


「ヴェル、手……」


「ああ、いい目覚ましになった。クソ痛え」


「そうじゃなくて……」


「分かってるよ。浅い傷なら意識するだけですぐに治るんだ、不思議なもんだろ? 傷だけじゃない。手の震えを無くして精密な動きをしたり……気づけばできるようになってた。お前の異常な身体能力と同じようなもんだ」


「私、の……?」


「なんだ、気づいてなかったのか?」


 ヴェルに問われ、自身の両手を見下ろすメブキ。


「何も考えずに、ただナイフを振り回してた、みたいな……意識はあったけど、ヴェルにナイフを当てることしか頭に無かった」


「それはそれでやばくないか」


 目の前の少女が自分を殺しかねなかったことに今更肝を冷やしながら、ヴェルはナイフを持つ反対の手、すでに傷口は見当たらなくなった左手を腰に回し、ナイフの鞘を取り出す。


「さて、施設に向かうぞ。見つからないよう潜入するが、最悪さっきみたいに暴れても構わん」


 ポケットが無いため、腰あたりにナイフを刺し、そのまま鞘をかぶせるメブキ。ヴェルも懐にナイフを戻す。


 ナイフを腰に刺してから、メブキは改めてヴェルに訊いてみる。


「……どうして、そこまでしてくれるの?」


「ん?」


 どこからともなく取り出した拳銃に弾を込めるヴェルに、メブキは訝しげに疑問をぶつける。


「場所もわからないのに親を殺したいって言った奴隷の子供に、どうしてそこまでしてくれるの? 施設じゃ足手まといになるかも知れないのに、戦力になれだなんて……」


「……お前に期待してんだよ」


「え……?」


 腕組みをして、ヴェルは壁にもたれかかる。


「逃げてきた奴隷の子供が親殺したいだなんて、ただ事じゃない。普通の人間なら関わりたくもないだろうが、生憎と俺は人殺すだけあってろくな人間じゃないんでな。暇つぶしも兼ねて、お前を試してみることにした。すげえ能力持ってるし」


「期待に添えなかったら……?」


「そんとき考える。まぁそれと……」


「それと?」


 しばらく考え込んだあと、首をがくりと落とし、


「まじでロリコン、なんじゃねえかなと……いや、何でもない」


「……?」


 首を横に傾げ、つぶらな瞳を向けるメブキが、ヴェルはどうも直視できないでいた。

 なんだろうこの、形容し難いこの感覚。メブキは見た目15歳ぐらいだが、本の規定では対象年齢は……


「……お前、何歳?」


「……わかんない」


「……まあいいや」


 気のせい、気のせいだろう。会ったときから思ってたが、こいつは結構可愛い部類に入るだろうから、多分そのせいだろう。

 心の中でそう開き直るヴェル。


 気づくとメブキがヴェルに気づいてもらおうとぴょんぴょんはねていた。


「ヴェル、ヴェル」


「な、なんだ?」


 可愛らしい、子供っぽい動きに一瞬心が悪い方にときめき、そうになるのをこらえ、至って普通な素振りを取り繕って応じる。

 そんなヴェルの気も知らず、メブキは会う前から気になっていた疑問をぶつける。即ち――――


「ろりこんって、なに?」


「……そのうち、わかるんじゃねえかな」


「えー」


 適当に茶を濁すヴェルを率いて、メブキはもやもやした気持ちを抱いたまま施設へと向かった。




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