記憶の断片
「あ…… れ?」
腹部に違和感を覚え、下を見ると……
漆黒の物体が僕の腹部にべっとりと付着している。
身体に痛みは感じない。
感じたのは……
―― 心の痛み ――
「マスター、しっかりしろ! いま取ってやるから……」
一番に駆けつけてくれたトーラが僕の腹部の付着物に手をかける。
「ううっ…………」
トーラは膝から崩れ落ち、うつむいた。そして大粒の涙を流し始める。身長180センチの大柄な筋肉隆々の男が泣き崩れた。
「トーラどうした?」
シフォンがトーラの肩を揺さぶり声をかけた。
「吉原君…… それは魔王の破片ね。もしかして外れないの?」
「篠原さん…… 破片に触れるとこの子達の『記憶の断片』が見えるんです。これは『怨念の塊』などではありません。人知れず森の中で命を落とした子、満足に食べる物を見つけられずに飢え死にした子、冬の寒さに耐えられずに凍死した子、そして多くの子がガス室で命を絶たっている……」
「じゃあトーラもその記憶の断片を見ちゃったの?」
チョコが心配そうにしゃがんでトーラの顔をのぞき込む。
ミーコがシフォンに説明する。
「トーラは保健所に連れ込まれた子猫だったのです。それをケンタさんが引き取って育ててくれたのです。だからその時の怖かった記憶が蘇ってきたのだと思われます」
「そ、そうだったのか…… 辛い経験をしてきたのだな…… トーラは……」
シフォンはトーラを後ろからそっと抱きしめた。
僕は腹部に付着した魔王の破片を丁寧に剥がし、両方の手の平にのせる。
もぞもぞと黒い塊が動き始める。
それが猫の形になると、やがて消えていくのだ。
―― その前に! ――
慌てて地面に落ちていた別の破片とくっつけてみる。
すると1つの塊に生成された。
「元に戻せるぞ!」
僕は叫んだ。
誰かに伝えるためではない。
自然と大きな声が出た。
自分でもビックリした。
僕は何をしたいんだろう?
何をしようとしているんだ?
分からない……
分からないけれど……
気が付いたら必死になって魔王の破片をかき集める僕がいた。




