無線機とテレパシー
――ここは10年前に実家で飼っていたプーニャンが経営するアイテム屋。
チョコとミーコを連れ立って借りていた剣を返しに来たのだ。
「やあやあいらっしゃいませ勇者様。昨日の犬耳軍団との戦闘でのご活躍、商店街でもその話題でもちきりですよ。私も鼻が高いです! あの一人遊びしかすることのなかった坊ちゃんが立派に成長して…… ううっ」
店主のプーニャンに幼い頃の黒歴史を暴露されそうなので、早々に用件を伝えることにする。
「うん、ありがとう。約束通り今日はこの剣を返しに来たんだ。新しい剣が手に入ったのでね」
僕が剣を渡すと、彼は両手で大切な物を扱うように受け取った。
「確かに受け取りました。この剣はお役に立ちましたか?」
「ああ、もちろん!」
さすがに包丁代わりに使っていたとは言えない。
「ところで――」
僕はもう一つの用件について切り出す。
「プーニャンはこの町に来て何年になるの?」
「かれこれ11年ほどになるかと」
「その11年間でどこかの町の勇者が魔王を倒したという記憶はあるの?」
「うーん……」
彼は腕を組んで片手であごひげを摘みながら考える。
「6年前に犬耳軍団の勇者が倒したという記憶がありますな。あの勇者は70代のお婆さんだったと思います。先代の猫耳軍勇者様も同年代のお爺さんで、あのときは私たち商人まで武器を持って総力戦となりました。結局犬耳軍団に敗れてその後は…… さて、どうなったんでしょう?」
「ん? どうなったの?」
「さてさて、どうなったんでしょう?」
「…………」
昨夜のシフォンの話も肝心なところで記憶が途絶えていた。彼女が酔っ払っていたせいではなかったのかもしれない。
犬耳軍団の勇者篠原さんが言っていた、魔王を倒すと世界がリセットされるという意味は未だに謎だが、あながちでたらめな話ではないようだ。これは気軽に『魔王を討伐しに行ってきます!』というわけにはいかなそうだ。そもそも魔王なんて本当に倒せるのか? 人間に飼われることなく命を失った動物たちの怨念の塊。それを倒すということの意味をしっかり考えなければ……
黙って突っ立っている僕に不安を感じたのだろうか。チョコとミーコが腕をギュッと握ってきた。
「そうそう、勇者様にお使いいただきたいものがありまして……」
プーニャンは店の奥から段ボール箱を運んできた。
箱の中にはハンディータイプのトランシーバーが4台入っていた。ヘッドセットマイクもある。
「これは?」
「トランシーバーでございます。勇者様にはお使いいただけるかと思いまして」
「ああ、だめだよこれは。小学生の頃同じようなの使ったことがあるけど、家の中から庭に出るともう電波が届かなかったぞ?」
交信相手がいないので音量を上げて一人で試したことは黙っておこう。
「これは勇者様がお年玉を貯めて買ったのにすぐに飽きてタンスの肥やしとなったアレとは違いますよ」
あ、そうだった。その頃はプーニャンが実家にいたんだった。
「で、何が違うって?」
「それ、免許が必要なアマチュア無線機ですから。『もふもふの町』から『わんわんワールド』までも余裕で交信できる便利な通信機です」
「えっ、マジ?」
「私は嘘はつきませんよ。この世界では電波法などという法律はありませんので、存分にお使いください」
トランシーバー本体をみると、MADE IN CHINAと書いてあった。たぶん日本では表立って販売できないような輸入品がこの世界に流れ込んでくるんだろう…… 本当かな?
「ありがとう使わせてもらうよ。いくら?」
「8千円でございます」
「安っ! 4台でヘッドセットマイクも付いて?」
「はい、充電装置も付いていますよ」
見ると手でくるくる回して発電するタイプの充電装置が入っている。
「チョコやったな。これで狩りや戦闘時にこれまで以上にコミュニケーションがとれるぞ!」
「へー、よくわからないけどそうなの?」
この話はチョコには難しかったかな?
「戦闘中に連絡がとれるのって便利だよな? ミーコ」
するとミーコはキョトンとした表情である。
「……私は魔法使い。必要とあればテレパシーで話ができますよ?」
「ええーっ! マジ? やってみてよ」
「それでは私がケンタさんの心に話しかけますので、ケンタさんも心を開いてください。そうすれば会話ができます……」
「よ、よしきた! じゃあ始めてみよう」
僕はカウンタ前にミーコを立たせて、店の奥に移動する。
ミーコは僕の方をまっすぐ見て、両手を前に突き出す。
そしてそっと目を閉じた。
本人が目を閉じているので久しぶりにミーコの顔をまじまじと見ている。すっと通った鼻のラインからふっくらと柔らかそうな唇が魅力的な女の子。ちょっと下ぶくれなほっぺたが正に僕の好みのタイプなんだよな。髪の毛と同じ茶・黒・白の三色が混ざる眉毛もピンと張った感じがしてとてもいい。服装はいつもの紺色のローブの下に、紺と白のチェック模様のセーラー服に短めのスカート。紺色の長ソックスの足下には茶色のブーツ。そしてちょうどよいサイズの胸の膨らみが男心をくすぐるのだ。僕の身近にこんなかわいい女の子がいるなんて幸せですよ……
「ケンタさん…… あの…… 褒めてくださるのはうれしいのですが…… あの……」
「えっ? 今のテレパシーなの? 普通に耳から聞こえてきたけど?」
「ケンちゃん、何かいやらしいこと考えていた? ミーコ顔が真っ赤じゃん!」
チョコにそう言われて気づいたが、ミーコは真っ赤な顔でもじもじしていた。
やばい。テレパシーって相手の考えていることがそのまま伝わる仕組みなのか!
「なあミーコ、緊急時以外はテレパシーはやめておこうか」
「はい……」
僕らはトランシーバーを受け取ってそそくさと店を後にした――




