肩に残る傷跡
大人組は戦勝祝いの2次会を自宅リビングで続けたままいつの間にか寝ていた。僕が目を覚ますとイオリさんの姿はもうなく、シフォンとトーラが豪快ないびきをかいていた。このシフォンの寝姿をチョコとミーコが見たら幻滅するだろうな。
そーっとリビングを抜け出し、ミーコたちが寝る部屋へ様子を見に行く。ドア代わりのロールスクリーンカーテンの隙間から中をのぞくと、ぼーっと座っているミーコと目が合ってしまった。
僕はとっさに顔を引っ込めてしまうが、よく考えれば別にやましいことをしているわけではない。ただ純粋に3人の子猫ちゃんたちの様子を見に来ただけなのだ。僕は再び中をのぞいた。
「おはようございます、ケンタさん」
ミーコがまで寝ている2人に気を遣って小声で挨拶をしてきた。
僕は手招きをしてミーコを外へ連れ出す。
家賃月額14万円の『マイホーム』には幅8メートル程の六角形の中庭がある。
朝日を浴びながら人目を気にせず寛げるため、早起きをした日にはここでのんびり過ごすことが多い。小さな2人がけのベンチの隣にミーコを座らせ、僕は昨日のことについてじっくり話そうと思った。
「昨日はありがとうな。ミーコが頑張ってくれたから勝てたようなものだ」
「いいえ、私の力なんて大したことはないです。でもケンタさんの期待に応えられてよかったです」
そんなしおらしいこと言うミーコだが、僕には心配事が増える一方だ。
「本当にミーコはよくやったよ。でも…… 矢に射貫かれた時には心臓が止まるかと思ったぞ。なぜ逃げなかったんだ?」
するとミーコはきょとんとした表情で僕を見てきた。
「ん? どうした?」
「逃げるとケンタが困ると思ったから……」
「そりゃ困るけど、ミーコに何かあったときの方が困るし悲しいよ」
「ケンタさんは私たちのリーダーです。戦いではリーダーの指示は絶対です。私はシフォンとリズムにそう習いました。私…… 間違っていますか?」
「…………」
僕は何も言い返す言葉が出てこない。戦場におけるリーダーとしての責任の重さを理解していなかったのは僕の方だったのかもしれない。自分の指示一つで仲間の生死が決まる。それがリーダーという立場なのか……
ミーコが矢に射貫かれてもなお炎の壁を死守したことも、僕が指示したことなんだ。あのとき、ミーコが言っていた言葉…… その口の動きを鮮明に思い出せる。
――た の し か っ た で す さ よ う な ら――
そんなセリフを二度と言わせないように僕は強くなる!
そう心の中で誓った。
「ところでミーコ、肩の傷は治ったのか?」
「はい、リズムの治療のおかげですっかりよくなりました」
「傷とか残ってはいないか?」
「傷はさすがに残ります…… 回復魔法は自然治癒を促進させるだけですから」
そうか…… 嫁入り前の娘に傷を負わせてしまったか。
くそう! 僕が不甲斐ないせいで。
「ちょっと見せてみろ」
「えっ? 見なくていいですよ」
「いや、見せてみろ!」
「ちょっ、や、やめて――――」
なぜか抵抗するミーコの腕を押さえつけ、フリース生地のパジャマのフードを頭から外し、左肩をスルッとむき出しにした。
ミーコの左肩には3センチほどの傷跡が残っていた。
僕は悔しくて悔しくて…… 涙がこぼれそうになったが……
ミーコも顔を真っ赤にして涙目になっている…… えっ?
そんな顔をされるとまるで僕が君を襲っているみたいじゃないの。
確かに肩をむき出しにするのと一緒に下着もはだけてしまっているけれども。
「あ-、その。なんだ。誤解のないように言ってお―― 痛い痛い痛い! 耳を引っ張らないでぇぇぇー!」
「吉原さん、あなたって人は――――!」
イオリさんが僕の耳を引っ張っている。いつの間に戻ってきたの?
「私の裸では飽きたらずにミーコくんにまで手を出そうというのか、ケンタは?」
シフォンさんが誤解が誤解を生む言い方で攻めてきた。
「キィ――――! 吉原さん――――!!!」
自分自身のこともよくわかっていないというイオリさんがブチギレした。
耳を上下に引っ張られ引きちぎれるかと思った。
「ミーコ大丈夫? 大人の階段を昇るにはまだ早いよ?」
チョコが余計なことを言っている。意味分かって言っているのか?
賑やかな朝もたまにはいいものだ。僕はこんな日常がいつまでも続けばいいのにと思った。しかし運命の車輪は確実に勢いを増して回り始めていた。




