探して欲しい、僕の首 2
サカキに手を引いてもらい、身体のみの彼は保健室へと連れてこられた。
「服を着替えさせたいところ、だが」
「断りもなく脱がせるのはちょっとね」
「まあ、手くらいは洗ってもらおう。あと、濡れたタオルでも与えておけば拭くかもしれない」
そうしてヤツヅリはお湯を沸かし始める。
残されたサクラは、身体と並んで座っているサカキの隣に腰掛けた。
「そう言えばサクラさん」
「ん?」
サカキはサクラの方に視線を向けて首を傾げた。
「先程、サクラさんはこの方を見て「噂が」って言ってませんでしたか?」
「あ。ああ」
言ってたね。と頷く。
「結構前からあった話だったんだけどね」
サクラはその話をかいつまんで話して聞かせる。
夕方、学校のどこかに首のない身体が佇んでいるのだという。
別の場所では、頭がぽつんと転がっているのだという。
身体は首を。首は身体を探しているのだけれども。
身体だけでは何も見えない。
首だけでは動けない。
探してもらうにも、生徒は怖がって誰も近付かない。
だから、両者は出会うことができなくて。
「――だから、ずっと首と身体は出会えないまま学校中を転々としている。そんな話」
「へえ……その身体さんが、この方なのですね」
「そうだろうね」
頷きながらサカキの方を見て――ふと微笑んだ
「サカキ君、信頼されてるね」
「そう、なのでしょうか」
「うん。その手はきっと、彼にとって今唯一の希望なんだと思うよ」
サクラは穏やかに笑いながらその手を指す。
サカキが見下ろす「彼」の手は、しっかりとサカキの手を握っていた。
それは、サカキが懸命に語りかけ、耳を傾けて勝ち取った信頼の証のように見えた。
「ごめんね。俺、役に立ってないや」
「いえ。そんなことないですよ」
サカキはにこりと笑って「だって」と言葉を繋ぐ。
「耳が聞こえないんじゃないか、って気付いたのはサクラさんのおかげですし。こうやって動こうって思えたのも、僕が……えっと。サクラさんみたいになりたいから……ですし」
「そ、そっか……」
「はい」
「サクラ君。照れるのは部屋に戻ってからにしてくれるかな。君達はホント、ジャンルの分からないやり取りするよね」
「えっ」
「そう、ですか?」
「無自覚なのが本当にタチ悪いとオレは思う。ほら、二人も身体冷えたろう」
これで拭きなよ、と、ヤツヅリは二人に暖かいタオルを投げてよこす。
「あと、これは君にだ」
と、少し冷まして身体だけの彼の手をそっと取って渡す。
身体はわずかに硬直したあと、そっとサカキから手を離し。受け取ったタオルで大事そうに手を拭いた。
「さて、頭を探すとなるとちょっと骨だな。近くには落ちてなかったし……」
ぎっ、と音を立てて、ヤツヅリは椅子に背を預けながら溜息をつく。
「ヒントになりそうなものはあるのかな」
「話だと首も転々とするんだよね……。同じ場所に留まり続けるのかも分からないし」
「んー……どこにあるのか、って聞けるといいのですけど、聞こえるのは空気が通る音だけなんですよね」
なのでちょっと大変です、とサカキは少し肩を落とした。
「よくそれで聞き取ろうと思ったね」
「短い言葉のようでしたし。頑張ったら、できるかなと思ったので」
「なるほど。これもサクラ君の教育の賜物か」
「えっ」
「はい」
「えっ!?」
「――置いといて。何かいい案はある?」
「ええ……」
戸惑いの声をあげたものの、サクラはすぐに思考を切り替えて考え始める。
「うーん。さっきは外だったからできなかったけど、呼吸を聞き取る以外の方法……筆談とかできれば?」
考え込む仕草のままぽつりと提案する。
「なるほど。それは手としてアリだな。俺達の言葉は最低限で手のひらに書くことになるだろけど」
ペンと紙、ある? というサクラにヤツヅリは「もちろん」と紙の束とボールペンを持ってきた。机の上にそれらを置き、彼を手近なパイプ椅子に座らせる。
「うまくいくといいけど……」
ペンを握らせ、逆の手に紙を触れさせる。
と、少しの間を置いてかりかりとボールペンが紙の上を滑る音がした。
「お」
そうして記された文字は。
あ ナこ ま、探∪Z
書き慣れないのか字はひどく歪んでいるものの、読めないほどではなかった。
「なんとか読める、かな」
「うん。読めるね」
三人でうんうんと頷き合う。
「これでハナブサさん達にも話ができるかもしれない」
「ご飯の時に話をしてみようか」
「そうだね。頼んでもいいか?」
「もちろん」
□ ■ □
頭を探すことにして数日。
彼が言いたいことは紙に書き、返事は手のひらに書く、というやり取りを続けてわかったことは思った以上に少なかった。
頭は確かに存在すること。
何も見えない、暗い場所にあること。
音もよく聞こえないということ。
身体はもう寒くないこと。
そのくらいだった。
これは下手しなくても校内をしらみつぶしに探すことになるのだが。
実際教室を一通り見ても、外を見て回っても、人の頭なんてものは見つからなかった。
あとは物陰か、普段は覗かないような場所しかない。
「本当に校内にあるのかな」
保健室でヤツヅリがぽつりと呟いた。
「こうして身体は校内にあるし、頭も多分あるとは思うんだけど……」
と、サクラは頭が痛そうに眉をひそめている。
「ごめん。ちょっと頭痛薬もらってもいいかな」
「ん? サクラ君は頭痛持ちだったっけ?」
「まあ、そんなものかな」
「そうか。雨も降ってるし、気圧も関係してるかもしれないからな。お大事に」
「うん。ありがとう」
水を注ぎながら、サクラは頭痛の原因に問いかける。
「で、この人の頭がどこにあるかなんだけど。オマエは気配を辿ったりできないの?」
「わかんねえな」
答えは素っ気ない物だった。
「そもそもだ。分かったとしても身体の方がでかいから、気配も当然そっちが強いだろ」
「そっか……たまには役に立つかと思ったんだけど」
「はっ、常々言ってるだろ。俺は悪夢を食うだけの存在だって」
「……嘘つき」
「なんとでも言うがいいさ」
くつくつと笑う声に零れため息とともに、薬を飲み下す。
自分の中のもう一つの存在――人格とも呼ぶべき同居人は、この学校に住んでいる存在を作り出すきっかけになった存在だ。それなら気配の察知とかできるのではないかと思ったのだが。それは彼の管轄ではない。と、彼は言う。
「ただ」
「うん?」
ずきり、と小さな痛みとともに声がした。
「探して見つからないならどこかに埋まってるか転がり落ちてるか……まあ、この雨だ。強まったりしたら何か出てくるかもしれねえな」
「……雨だから、か」
「サクラ君? 何か言った?」
「あ」
思わず声に出ていたらしい。サクラは少しだけ言葉を濁して今思い浮かんだことを伝える。
「校舎の中にあるか、外にあるかはまだ分からないけど。外にあるんだとしたらさ。少しでも雨を強めることができたら、きっかけが掴めるかもしれないな、って思ったんだ」
雨、きっかけ……と、ヤツヅリはぶつぶつとつぶやき。「なるほど」と頷いた。
「シグレさんと……ミサギ君に協力を仰ぐか」
「シグレさんとミサギちゃん?」
繰り返して「なるほど」と納得する。
雨を意のままに操りたいのなら。虹蛇のシグレに。
その中で水を操りたいのなら。その能力に特化したミサギに。
この二人に協力してもらえたら、何か糸口がつかめるかもしれない。
「少々荒療治だけど仕方ないか。あとはハナブサさんとウツロさんに話を通しておかないと怒られるかもな」
「かも、じゃなくて怒られちゃうね……」
俺が話してくるよ、とサクラが言う。
「ああ、よろしく頼む。オレは彼の様子を見ておくから、シグレさんとミサギ君も呼んできてくれ」
「分かった」
□ ■ □
「うーん? ワタシ、何かできるのかなあ?」
呼ばれたミサギはのんびりと首を傾げ。
「何かと思えば、雨を操作じゃと……?」
シグレは機嫌悪そうに瞼を擦りながらやってきた。
「突然呼んでしまってすみません」
「いや、サカキ。お主は悪くない。提案した奴に今度茶でも淹れてもらおう――で、わしらに何をしろと?」
「うん。実は――」
と、彼らはここ数日のことを話して聞かせる。
サカキが見つけてきた人のこと。
頭を探して欲しいと頼まれたこと。
それがまだ見つからないこと。
そして、その打開策。
「ふむ。それは上手くいくのか?」
「さあ、分からない。これで見つかれば良し、見つからなければその水に浸らなかったところをもう一度探して回るだけだよ」
シグレは「ふむ」と小さく頷いて、目を閉じた。
「やるだけやってはみよう……この敷地内だけじゃが構わんか?」
「十分」
「あいわかった。しばし待て」
シグレがす、っと指を差し出し。ぱちん。とひとつ。
途端。
どっ! と雨音が一気に強まる音がした。
「わ……すごい、です……」
雨の勢いに飲まれたサカキの声が零れる。
窓の外は白く煙っていて、外にでたらあっと言うまにびしょ濡れどころか、雨水に痛さを感じるような勢いで降る。
「これが虹蛇様の力……」
すごいな、とサクラも声をあげる。
雨水はたちまち大きな水溜まりを作り、雨樋から溢れんばかりに流れ、まるで一面が水溜まりになったかのように水浸しになっている。易々と土を抉り、跳ねる水。声すらも掻き消されるであろう雨音は、バケツをひっくり返した、なんて形容も生易しく思えた。
全員がその雨に息をのんでいると。
――かり。
ボールペン特有の、ボールが転がる音がした。
その音に、全員の意識が向いた。
かり、かり……と綴られた言葉は。
つめたい みず、くるしい





