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祭りの裏の騒乱 1

「さて。この騒乱に乗じてこちらも存分に騒ぐとしよう」

 理科室に集められたのは六つの影。

 

「あまり羽目を外しすぎるんじゃないぞ」

「無茶も禁物だからね」

 それから、彼らを見守る二つの影。

 

「ああ。もちろんだとも。盛大かつ慎重に。大暴れしてすっきり解決してみせるよ!」

「いや、暴れるなよ」


 にんまりと笑って答えるハナに、ヤミが冷静に釘を刺すが。

 効果はそんなにないかもな、とサクラは心の中で苦笑いしていた。


 あの調理室での話から数日で、計画は手早く組み立てられていった。

 文化祭は、十月最後の金曜から日曜までの三日間で行われる。。


「うまい具合に文化祭の期間中にハロウィンがある。これを利用すれば良いと思うんだ」


 ハナが嬉しそうにそう提案してきた。


「と、いうと?」


 ヤミがその意図を汲みかねて首を傾げる。


「ボク達も仮装をして、服装を分からなくするのさ」


 サカキは性別を隠すため男子制服を着ている。相手もサカキが女子だと気付いていない可能性があるが、作戦中は女子であると思わせる必要がある。

 性別を明かす勇気の補助としても、相手への罠にしても。仮装なら多少はハードルが下がるのではないか。というのがハナの考えだった。


「いや、初っ端が女装はハードル高……うん? サカキは女子だから女装、じゃない……?」


 考えすぎてよく分からなくなってきたヤミに、ハナはからっとした声をかける。


「どんな格好であれ、さっちゃんなら似合うだろう? 問題ないさ」

「そうかもしれないけど。っていうか、お前ら何人かは毎年やってるだろ。仮装」

「いやいや」


 ハナがちっちっち、と人差し指を振る。


「今年の仮装は関係者強制参加だよ。ヤミちゃんもサクラ君も。ハナブサさんにウツロさんも。ここに居る人はもれなく全員、さ」

「ええ……マジか」


 ヤミがげんなりと声をあげると、ハナはさも当然のように「マジだとも」と返してきた。


「でも、衣装はどうするの?」


 サクラの問いに、ハナは得意げな顔をヤミへ向ける。


「ほらヤミちゃん。少しはサクラ君を見習いなよ」

「何をだよ。いや、サクラはもう少し踏みとどまれよ」

「えっ……いや、仮装とかあまりしないから、良い機会かなって」


 そっかと嘆息したヤミを放置し、ハナは「そこも抜かりはないよ」と答えた。


「先日リラ君に話をしてな。喜んで引き受けてくれたよ。衣装の希望があるのなら」


 ぴらっとハナが一枚の紙を取り出す。


「これに書いておいてくれとのことだ」


 リラは被服室に居る少年だ。

 手先が器用で裁縫が好きで。普段は家庭科部の部員として活動をしている。ボタンやほつれを直したり、新しい服が必要ならば仕立てることもある。

 今は、文化祭展示用の刺繍も完成し、退屈していたところだったらしい。


 既に話が付いているというハナの言葉に、サクラとヤミが顔を見合わせる。

 サクラは苦笑いで頷き。

 ヤミは心底めんどくさそうな顔で溜息をついた。


「……今年だけだからな」

「これでクセになっても知らないぞ?」

「今年だけ、な」


 ヤミの力強い言葉に、ハナは「全く強情さんめ」と肩をすくめた。


「よし。まずは準備。それぞれ仮装の用意をしよう。それから――」


 ハナの視線がカガミに向くと、二人はそれに応えるように頷く。


「カガミはあの場所、もうちょっと見てみるよ」

「うん。少しでも良い。何か分かったら教えておくれ」

「わかったー」

「りょうかいー」


 それからの数日は騒がしかった。

 表――生徒達は文化祭の仕上げに。

 裏――ハナ達はハロウィンの決戦という名の作戦に向けて。

 慌ただしい準備が続く。


 □ ■ □


 そうして迎えた文化祭一日目。

 天気も恵まれ、空はすっきりと抜けるように高い。淡い青空と紅葉の下、文化祭は華やかに開会を宣言された。

 その喧噪は裏側にも伝わってくる。

 文化祭に参加する人。遠巻きに眺める人。表の行事に興味はないと普段通りに過ごす人。

 過ごし方はそれぞれだが、誰もが今日に楽しく参加している。

 そんな中、計画の参加者は空き教室に集まっていた。


「おお。みんなよく似合うな!」


 髪を二つに束ね、大きなネジを頭に飾ったハナが楽しそうに口火を切った。


「ボクはフランケンシュタインにしてみたよ!」


 当日は顔にメイクもする予定さ、とご機嫌な彼女は、サイズの合わない紺のジャケットにカーキのズボン。適度によれたシャツを着込んでいた。普段もオーバーサイズのカーディガンを着ているからか、手の大半を覆うジャケットの袖も見事に捌いている。


「その服……どっかで見たような」


 ヤミが首を傾げると、彼女は「ああ。そうだろうとも」と頷いた。


「ウツロさんに上着を借りたのさ」

「あー。なるほど」


 言われてみれば冬にウツロが着ているのを見たことがある気がした。


「ヤミさんは猫、ですか?」

「らしい」


 そう答えるヤミの声は、三日月のように笑う口が描かれたマスクでくぐもっている。

 いつも被ってる帽子はなく、ヤミの髪は獣の耳を象るように大きく撥ねている。普段はそれを気にして帽子を被っているのだが。見事ハナに取り上げられてしまっていた。

 いつもの制服に、黒のケープを羽織っている。後ろに垂れ下がるのは同色の尻尾だ。


「思い浮かばないからハナに任せたらこれだった」

「ヤミちゃんは動きやすい方が良いだろう。少し身軽な物にしてもらったのさ」

「と。まあ。ハナにしてみれば珍しい気遣いだ」

「ボクはいつだってヤミちゃんを気遣ってるよ?」

「はいはい。それで。サクラは……吸血鬼?」

「よく分かったね」


 サクラは正解、と微笑む。


「良いのが思い浮かばなかったんだけど、リラくんがこれでいこうって」


 似合ってるなら良いんだけど、と細い指で襟元を直す。クラシックな吸血鬼スタイルは、彼の持つ儚さを神秘的な印象に塗り替える。


「サクラさん、お似合いですよ」

「ありがとう」


 隣に立つサカキの言葉に笑うと、八重歯がちらりと見えた。春のような雰囲気を持つ彼に吸血鬼らしさが垣間見え、どこか倒錯的なギャップを生み出す。


「それで、さっちゃんはシスターか。うんうん、いいね」

「サカキくん、スカートかわいいね」

「サカキくん、シスター似合ってる」


 かけられる声に、サカキはありがとうございます、と縮こまる。

 シンプルなシスター服は、大人しいサカキによく似合っていた。露出は少なく、長い袖や高い襟が、普段隠している箇所をしっかりと包んでいる。頭巾は髪型と顔を覆い隠し、見知った人でもサカキだと気付けないかもしれない。


「あまり包帯とかが見えなくて、あと女の子みたいな服を……とお願いしたら。これで」


 恥ずかしげに俯きながら、首元にそっと指を伸ばし――マフラーがないことを思いだして手を下ろす。


「そうだね。そこはとても大事な所だ。リラ君にはとても良い仕事をしてくれてありがとうと言っておかねばならないな。そしてカガミはポップだねえ」

「包帯だよ!」

「カボチャだって!」


 両手を挙げて主張する二人は、カボチャを象った揃いの帽子と、黒とオレンジのズボンやワンピースを着ていた。袖に巻いた包帯をアクセントにした、カジュアルなハロウィンスタイルは、カガミらしさが溢れている。

 かわいいですねとサカキが褒めると、あとで貸してあげるね、と嬉しそうに答えた。

 

 うんうんとハナが全員を見回して頷く。


「それで――明日の確認をしたいんだが」

「うん」


 頷くハナブサもまた装いがいつもと違う。サクラと似た雰囲気の正装。髪型はいつも通りだが、顔を覆う布は仮面になっていた。ウツロだけは仕上げが残ってるらしく、普段着のままだ。


「まずはサカキがひとりでお菓子を配って回るんだね」

「はい」

「俺とサクラは、少し離れた所からついていく」


 ヤミが言葉を繋ぐ。


「もし、さっちゃんが誰かと接触したら、ギリギリまで引きつけて」

「そこで御用!」

「一網打尽!」

「あとは詳しい話を聞いて、どうするか考える――と、こんな流れを想定しているのだが」


 どうだろう? とハナは軽く首を傾げて問う。


 ざっくりした流れだが、これで大丈夫だろうか。

 そもそも、これでドッペルゲンガーは現れるのだろうか。

 心配は尽きない。

 本当にこれで終わらせることができるのか。

 いや、終わらせなくてはならないのだが。

 

「君達なら大丈夫だよ。ね、ウツロ」


 受動的に敵を迎え撃つという事に対する不安を、ハナブサ穏やかにほぐす。

 話をパスされたウツロも頷く。


「ああ、十分だ。この位ざっくりしてる方が逆に動きやすい」


 ひとつ言うなら。とウツロは付け加える。


「相手に話を聞くだけの猶予があるかどうか、だな」

「ふむ」

「そいつが過去の残滓なら処分対象だ。そうでなくても、これだけの事を起こしてる。俺としちゃあ、即刻処分でも良いと思うがね」

「そうだね。そこはウツロとヤミ。二人に判断を任せるよ」

「ん」

「分かった」

「――あ。あとね」


 話が途切れたところで、カガミが言い足すように声を上げた。


「あの場所、また覗いてみたの」

「うん。見てみたの」

「おお、どうだったかい?」


 ハナの問いに二人はうーんと、と天井を見あげる。思い出すと少し怖いのだろう。二人はお互いの服の裾を掴んでいる。


「そこから繋がってるところがいくつかあって」

「中にやっぱり何かあるみたいで」

「少しだけ、開けてみたの」

「ちょっとだけ手を入れてみたの」

「ドロドロした中にあたたかいのがあった」

「とくとく、とくとく、動いてた」


 だよね、とお互いの報告内容を確認するように頷き合う。その目が一瞬、何かを映すように煌めいた。


「「やっぱりドッペルさんはカガミに関係があるかもしれない」」

「ってことはやっぱり、先代が戻ってきたのかもしれんな」


 ウツロは険しい視線を伏せて溜息をついた。


「カガミじゃこれくらいしか分からなかったけど」

「明日も、できることはできるだけ頑張るよ」

「うん。十分さ。頼んだよ」


 ハナは帽子の上からぽふぽふと二人を撫でる。


「その温かいものが、居ない人達に関するものである事を祈ろう」


 うん、と何人かが頷いたのをハナはくるりと見回し――サカキに視線を止めた。


「よし、全ては明日だ。さっちゃん。おいしいクッキー期待しているよ」


 親指をぐっと立てたハナに、サカキも緊張がほぐれたのか、「はい。わかりました」と笑って頷いた。


「明日の今頃には全てが片付いているはずさ。あとはいつも通りに過ごそう。では解散!」

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