表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/171

サクラ対話 後編

 一通り思い出して、サクラは息をついた。

「そう。それでカガミくん達が来た。驚いたのは覚えてる。まさか二人だなんて思ってなかったな」

「ウツロはずっと複数形で喋ってたけどな」

「そうだね。それで……鏡は見つからなかったんだっけ?」

「見つかった。だが、良い手応えはなかったはずだ」

 ウツロがぼやいてた、と獏は言う。


 サクラを叩き起こした頭痛はずいぶんと治まった。代わりのように、頭の中のあちこちが小さなスプーンでくり抜かれるような、くらり、くらり、と細かな目眩に似た感覚がする。

 アイツが記憶を掘り起こしているんだ。掘り起こす、という言葉がぴったりなほどに昔のものを。頭がくらくらして仕方ないが、今はそれが必要なのだろう、とサクラは黙ってその感覚に耐える。

「――ああ、あった」

 ふと、目眩が止まった。

「ウツロはその鏡を斬りはしたが、肝心な所で逃げられたと話してるな」

「そう……」

「ある程度情報は揃ってきたか? それじゃあ、答えろ」


 獏は問う。

「声はどうして複製なんてものがある? カガミは何に怯えている? とり逃した鏡はどうなった?」


 立て続けに投げかけられた問いに、サクラは頭を押さえた。

 頭痛と目眩が僅かに残っていて、考えは纏まらない。でも、コイツはきっと答えを待っている。そしてそれは、学校のために、皆のために必要な答えだ。

 ああもう。とサクラは頭の片隅で溜息をつく。

 これだから。いいのか悪いのか分からないコイツの姿勢が、態度が、サクラには未だによく分からないし、なんだか苛々する。

 でも、大切なことだ。眩む頭で考える。


 カガミ達が怯えているもの。

 その対象者に混じる違和感。

 コピー。鏡。カガミ達が来た日の事。

 消えた生徒。代わりに生まれたカガミ。

 居なくなった「先代」と呼ぶべき鏡は、身体を得る事に失敗し、ウツロからの追撃を逃れて以来、行方知れず。


 それから。

 カガミが何かを気にしている時にヤミと話したこと。

 ドッペルゲンガーの噂。


「――」

 何かが、繋がったような気がした。


 しばらく黙考したサクラは、ひとつの仮説を立てた。

「さっき聞いたシャロンちゃんの声。片方は、……偽物。きっと、その偽物が俺達の前に何食わぬ顔で混ざってたんだ」

 きっとミキやスイバもそうなのだろう。姿を見せない理由は単純に時期や時間帯の問題かもしれないけど、最悪のパターンを考えるならば、彼女達はもう存在しないかもしれない。


「正体で……一番引っかかるのは、最近聞いたドッペルゲンガー」

「そんな話も確かにあった」

 うり二つの姿を見かける、というその話は、つい先日ヤミと交わしたばかりの話題だった。

「カガミくん達の前に存在した鏡はウツロさんから逃げ切っている。それが今回の噂話で力を得た……もしくは、そいつが噂話を作り上げて力を蓄えた可能性があるんじゃないかな」


 話が先か、存在が先か。それは時と場合によるが。

 一度でも噂が流れたら、それが存在する可能性はゼロではない。存在が確かになれば、生徒達の目に触れるようになれば、噂話は加速し、定着する。

 十分にあり得る話だ。


「ほうほう、なるほど? それでドッペルゲンガーか。どうしてそう思う?」

 獏の声が面白そうに続きを促す。

「ドッペルゲンガーはもうひとりの自分。それは……鏡に映る状態と似ているし。複写。コピーっていう単語にも繋がる。カガミくん達を除けば、一番近い存在だと思う」


 でも、どうしてカガミはドッペルゲンガーのことを察知できるのかが分からない。

 彼らにしか分からない何かがあるのだろうか。鏡と彼らの接点があるのだろうか? あるとしたら……。サクラは考える。


 カガミと鏡の接点は、彼らがやってきた日にある。鏡に喰われて、人間ではなくなった。

「カガミくん達は先代の……自分を殺した相手の気配を、そうとは知らずに感じている……?」

 彼らに生徒だった頃の記憶は無くとも、当時の恐怖は根強く残っているのかもしれない。

 直感か雰囲気かは分からないけど、ミサギやシャロンにその影を感じたのかもしれない。


 かもしれない、ばかりだけれど。

 全部、仮説だけど。

 記憶に残っていたとしても、思い出せないなら断言はできないけど。


「と、言う事は……」

「鏡はずっとどこかに潜んで力を蓄えて。今回晴れて身体を手に入れた、って所か」

 獏がさらっと答える。

「うん。それで彼女達をコピーしているんじゃないかと、思うんだ。……それなら。今、姿を見せない人達がどうなってるのか心配だけど……」

「それは本人に聞かねえとな」

「そうだね……明日にでもハナブサさんに相談しよう」

「そうしろそうしろ。ついでにヤミとウツロを組ませて今度こそ消してやれ」

「うん、それなら心強いかもね」

「ああ。――あと」

「うん?」

「サカキの事も、気をつけておけよ?」

 サカキくんの事。と小さく繰り返して眉をひそめる。

「それ、どういうことだよ」

 コイツがサカキの事を心配するとは一体どういうことだろう。

 不可解と不機嫌が混ざった声に、獏は「そう怒るなよ」と笑った。

「勝手な予想だがな。俺だったら真っ先に狙うような、力の弱い奴らがまだ残っている」

「……」

「怒るなよ。例え話だ。近くに誰かが居るヤツは後回しにされてんじゃねえかってな」

「近くに誰かがいる」

 そう、と獏は頷いた。

「そうだな。ハナコにはヤミコが。サラシナにはあの人形、みたいなもんだ。他にも、複数人でつるむのが常なやつらに影響は見られねえ」

 なるほど。と頷く。癪だけど、もっともな意見だった。


 シャロンは夜ひとりでパソコン室に居る事が多かった。

 スイバやミサギも、ひとりでふらっと出歩くタイプだった。

 他にもひとりで出歩くことが多い人はいる。

 ハナも単独行動が多いけど……なんだかんだでヤミと一緒に居る。サラシナは常にレイシーを抱えて移動するから、離れるなんて事はない。

 サカキは……確かにサクラが隣に居ないとひとりで過ごす事が多いはずだ。


「それで、サカキ君を?」

「おまえが居なけりゃヤツはひとりだろうからな。格好の餌だぞ」

「…………言い方は気に入らないけど、気をつけとく。忠告どうも」

 不快なため息を隠さずにつぶやくと、「礼には及ばないさ」という面白がるような声が返ってきた。

「あいつはお前にもったいない位、できた後輩だからな。守ってやれよ、先輩」

「はいはい」


 □ ■ □


「それにしても。珍しいっていうか……」

 頭痛と考察ですっかり目が覚めてしまったサクラは、ベッドに転がったまま呟いた。

「ん?」

「いや、オマエがこうして校内を気にかけるなんてこと、あるんだな、って」

 サクラの言葉を彼は呆れたように笑い飛ばした。

「そりゃあ、いつだって気にかけてるだろ?」

「嘘っぽい」

「は、おまえはそう言うだろうな。でも、あながち嘘じゃねえから安心しろ」

 そうなのだろうか? と、サクラが首を傾げると、獏は「そうともさ」と笑ったようだった。

「毎晩美味しくいただく、大事な夢の欠片を持ってる奴らだ。ひとつたりとも無駄にはできねえし、奥底に抱え込んでる奴ほど楽しめるからな」


 サクラの眉が寄る。あんまり良い理由じゃなかった。

 この存在もまた、放っておいてはいけないのではないのだろうか、とよぎる。


「俺は別に放っておいても大したことねえよ」

 サクラの思考を読んだかのように、獏は笑う。

「全くおまえは心配性だな。思い出してもみろ。俺がこれまでに何か事件を起こしたことがあったか? なかっただろ? 俺は生徒の。誰かの。そして何よりお前の悪夢を食べるだけの存在だ。他に何もできねえよ」

「……嘘つき」

 サクラはぽつりと呟く。


 噂がなくなれば、それを作りだす事だってできるのがこの獏という奴だ。

 なのに。いつでもコイツは「自分は悪夢を食べるだけだ」とばかり言う。


 サクラの言葉に獏はあははと笑う。

「ま、俺の能力はオマケみたいなもんさ。ただのきっかけ。無闇矢鱈に使ったりはしねえよ。俺はただ、毎日美味い夢をいただければそれで良いのさ」

 だから。と言葉は続く。

「お前はしっかり、いろんな話を聞いて、相談に乗って、夢を見ろ。そしたら俺が喰ってやる」


 もちろんお前自身の夢もな、という声は、好物の味を思い出した時のような幸福感が混じっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ