裏サイトの呪いページ
この学校にはウェブサイトが3つある。
どこの学校にもあるような、学校紹介や案内を兼ねたオフィシャルなもの。
在校生や卒業生が主な利用者となっている、生徒主体のもの。
それから裏サイト。
裏サイトは、元は誰かが作った小さなコミュニティサイトだったという。
授業か部活かはたまた趣味か。誰がいつ作ったかは分からない。
内容も、特筆するほど変わったものは特にない。チャットと掲示板がメインで、他愛もない雑談と情報が集まる場所。
生徒主体のサイトともまたちょっと違う、細々と語り継がれる秘密基地。
そこには、誰もが知ってる謎がある。
曰く。
「この裏サイトには、不思議な利用者がいる」
チャットで質問に答えたり、掲示板に書き込んだり。
利用方法は普通だから一見すると分からない。でも、詳しい人や注意深い人ならすぐに気付く。
その書き込まれた場所と時間は――真夜中の校内。
サイトの利用者はもちろん、そのクラスメイトも、その友人も、その先輩達も。
みんなが知っているのに、誰も知らない夜中の書き込み主。
その正体が、シャロンだ。
□ ■ □
深夜のパソコン室。ずらりと並ぶディスプレイ。
ひとつだけ明かりが点っていて、その前にはクセのない金髪を背中に流した少女がひとり。
ふふふん、と適当な鼻歌を歌いながら彼女はF5キーを叩き、開きっぱなしのページをリロードする。
画面をちらつかせて更新されたページには、掲示板のタイトルがずらりと並ぶ。その中の「聞いた噂を集めよう」というタイトルにカーソルを合わせた。紫色の文字の上で、白い矢印がカチッと音を立てる。
「さてさて。新しい書き込みは増えてるかなー」
読み込まれたページを覗き込み、彼女は嬉しそうに頷いた。
期待通り、掲示板には新しい日付の書き込みがいくつか増えていた。
やった、とシャロンの口から笑みがこぼれ、目が輝く。
さっそく新規の書き込みまでジャンプし、目を通す。
どれも短い書き込みだが、ひとつずつ読んで自分の持つ記録と照らし合わせる。
「ハナコさんの靴……こっくりさんの対価は、前と同じかなー。髪切りさんは――あー。これはないかも」
ひとつずつチェックしながら、傍に置いたノートパソコンのパネルを操作する。とん、とキーボードを軽く叩いた指先から小さなノイズが走ると、ソフトが起動し、必要な項目に文字が埋まっていく。
掲示板を眺めながら、指を軽く動かす。項目が埋まったのを横目で確認して、瞬きをすると「登録しました」とメッセージが現れて消えた。
それを2、3回繰り返し、シャロンは次の書き込みに目を通して――む。と眉を寄せた。
358 常和774号 xxxx/xx/xx 16:23:28
最近ここ活発だね。私も色々聞いたから書いとく。
学校の裏サイトに、呪いのページがあるんだって。
なんか、そのページを開くと突然ポップアップする。そのまま閉じてもいいけど、もし、リンクがあったら必ずクリックしないといけない。そうしないとどのページにいっても出てくるらしいよ。
「呪われた隠しページかー」
突然ポップアップしてしつこくついてくるウインドウ。そんな都市伝説はウェブ上でも有名だ。よくある話だし、実際にドッキリとして仕込んでるサイトもあるだろう。
だが。シャロンはそんなの作ったこともないし、記憶のサイトマップにも該当するページはない。
もう少し掲示板を追ってみる。
367 常和774号 xxxx/xx/xx 19:04:10
>>358
あ。知ってる。
真夜中の利用者って、実は昔事故に遭って死んだ生徒で、その子が仲間を増やすために作ったらしい。
ポップアップ自体は良くて、リンク先が危ないって。
踏まないと消えないけど、一定確率で呪われるって聞いた。
369 常和774号 xxxx/xx/xx 06:58:46
>>367
事故死した生徒なの? 通り魔の被害者って聞いたけど。
それはそれとして、変なリンクは踏みたくないな。
「変なリンクは踏まない。うん。大事」
うんうん、と頷いて背もたれに背中を預ける。
「ふむー。いろんな話が混ざってるなー」
事故死した生徒は誰か分からないけど、通り魔の被害者だとサキが居る。
「事故死は……サカキかジャノメ……? ああ、ツバキもだっけー?」
該当しそうな人達を思い浮かべる。みんなスマホはそこそこ使えるが、このようなギミックを仕込める程の技術力はないはずだ。
シャロン達は確かに理屈で説明がつかない存在だけど、いわゆる怪奇現象と呼ばれるような力は、噂話に組み込まれないと使えないという制限がある。
この話だと「ランダムにポップアップするページを作り出す」「リンクを開いた人を呪う」だろうか。
今そんな能力を持ってそうな人はシャロン以外いないはずだし、後者に至ってはシャロンでも無理だ。この噂が定着したらできるかもだけど、今は無理。
つまり、これは作り話。
「って言いたいとこだけどー……」
シャロンがキーボードから手を離す。
机を指で叩くと、起動したソフトのウインドウが手元に現れた。ウェブサイトのアップロードに使うソフトは、左右に分けられた画面に、よく似た構成のフォルダが並んでいる。
慣れた手つきで右のフォルダを弾くと、ファイルがシュルシュルと空中に広がっていく。リンクを示す青い線で繋がれたファイルの一覧は、蜘蛛の巣のようにも見えてくる。
右のフォルダからもうひとつ。
2つ並んだ蜘蛛の巣を、見比べるようにじっと眺める。
そんなに時間はかからなかった。
すぐにシャロンの白い指が、最初に作られた蜘蛛の巣に伸びる。端のほうにあったファイルをひとつ摘んで、糸からちぎり取った。
指につままれたアイコンは、ちりちりとノイズを走らせている。
「あるんだよねえー……知らないページのファイル……」
うーん。と、指でちらつくファイルを、瞬きで開いた「unknown」というフォルダに放り込む。
このフォルダは、これまでこうして摘み取ってきたファイルの保管場だ。
ここ1ヶ月でいくつか増えたファイルは、どれもこれも自分が普段使っている命名規約なんて完全に無視した、ランダムな文字列の名前が付けられている。そんな名前、付けた覚えもなければ、作った覚えもない。
ファイルをひとつ、テキストエディタで開く。
内容は大したことない。黒い背景の小さなウインドウ。時々、赤や白の文字でリンクが貼られている。
リンク先も様々で、サイト内の適当な掲示板だったりチャットだったりする。外部に繋がることはほとんどなく、基本的に裏サイト内で完結している。
仕組みを明かしてしまえばそれだけ。
だから、呪いのページなんて存在しない。しないはずなんだけど。
誰が作ってるかも分からない、いつできるかも分からない。
電子の海から突然ぽこりと湧いてくる、不気味なピース。
それは、ある意味では呪いのページとも呼べるかもしれない。
けど。シャロンが危惧しているのはそこじゃない。
表示された中身にさらっと目を通して、難しい顔をした。
こういうものは書く人の癖が出ることがある。見る限り。いや、シンプルな中身だからなんとも言えないところがあるけど。見る限り。
「私っぽいよねー……これ……」
自分が書いた物のように見えた。
つまり、これを作っているのは自分かもしれない。
もしそうだとしたら。自分が知らない間に作っているとしたら。それはそれで、話が変わってくる。
いつかのドッペルゲンガーのように、もう一人の自分が居る可能性を考えなくちゃいけない。
「本当に、私なのかなあ……。どう思う?」
ノートパソコンに向けてぽつりと話しかける。
その声に応えるように、画面の隅に小さな目が開き。シャロンを見て、パチパチと瞬きをした。
壁に耳あり、障子に目あり。それならディスプレイにも目があるだろう。そんな話を持つに至った目。まだ実体はないけど、マイクとスピーカーを繋げば話はできるから、時々話し相手になってもらっている。
「ちがうと、おもう」
ノートパソコンの目は、ノイズ混じりの音でそう答えた。
「そっか。信じてくれるんだね」
「しゃろんのさぎょう、いつもみてる、から」
「そっか。ありがと」
シャロンはフォルダを閉じながら頷く。
「でも、君も怪談話のひとつだから、気をつけてね」
「うん」
今は害がないかもしれないけど、いつ本当に呪いのページ、なんて物が出てきたら。
自分やこの目が、その原因として処分の対象になったら――いや、ウツロやハナブサは話を聞いてくれる人だ。それでどうにかなるってことはないだろうけど。
ifはいつだって考えて。差分はとっておかなきゃいけない。
だから、定期的な巡回が必要だし、見つけたら排除しなくてはならない。
「それにしても、なんだろうねーこれ。最近は話の回転も速いしー……」
そう。気になるのは見知らぬウェブページだけじゃない。
様々な話が変化している。そして、その変化が早すぎる。
ハナコさんが求める赤い靴。
対価に血を求めるこっくりさん。
雨に濡れた影。
日が落ちてから会う用務員さん。
彼らが何もしていなくても、話はどんどん改変され、鋭利さを増していく。
噂話の変化というのは、メリットもあるがデメリットも大きい。本人が望まない力だったり、変化が急すぎて追い付かなかったりすると、良くない結果になることもある。
そう、良い結果ばかりではない。シャロンはその結末を見届けたことがある。
「……あんまり良い傾向じゃ、ないなー」
天井に向けて息をつくと、頭がくらっとした。
暗転――再起動。
それは一瞬の出来事だったけど。その感覚はハッキリとしていた。
「あれ、私……今……」
「しゃろん、すこしきえてた」
「うえ。やっぱり?」
再起動は別に珍しいことじゃない。疲れた時とかにやると、なんとなくすっきりした気分になる。
けど。今回みたいに突然起きるのは珍しい。体調的にもおかしな所はないから尚更だ。
「だいじょうぶ?」
「うん、へーきへーき。でも、なんだったんだろ……?」
首を傾げながら何気なく目を向けたノートパソコンに、視線が止まった。
まっさらなデスクトップ画面。お気に入りの壁紙に、フォルダやソフトのアイコンが礼儀正しく並んでいる。
そこに開いてるソフトはひとつもなかった。
さっきまで開いていたブラウザも。
一時的なメモを置いとくテキストエディタも。
その前にちょっと遊んだゲームも。
目は隅っこに居るけど、それ以外は何もない。起動したままの景色がそこにあった。
「……」
嫌な予感がした。
フォルダとアプリを開き、ファイルを展開する。
フォルダの中に変わりはない。
空中に広がったウェブサイトの構成ファイルにも、異常はない。
ほっとした一瞬。フォルダがひとつ開いた。
「ん?」
「これ」
目がノイズ混じりの声と視線で、そのフォルダを示す。
「Unknown」のフォルダ。そこに覚えのないファイルがひとつあった。
タイトルはない。「.txt」と、拡張子だけがぽつんと表記されている。
作成日付はついさっき。
部屋を見渡す。誰もいない。視界の隅に小さなノイズが走った。何もない。
私が作った? 覚えがない。でも、この程度なら瞬きひとつで作れる。でも何のために。
マウスカーソルをファイルに合わせる。クリック音がいつもより耳に障る。
そこにはよく知るテキストがあった。
「学校の裏サイトには、不思議な利用者がいる」
「その人は、学校内のことなら何でも知っている」
シャロンのことだ。
シャロンは学校内のことなら何でも知っている。
生徒の名簿、クラスに選択授業。やり取りされたメールにチャットの内容、交わされた噂話。防犯カメラの映像まで何でも。学校の中で交わされる情報に知らない物はない。
真夜中の校内から裏サイトに書き込む謎の利用者も自分だ。
合ってる。自分がよく知る、自分の噂。
それがどうしてここにテキストとして存在するのかは分からないけど。
もっと分からないのがもうひとつ。
その下にひとつ、テキストが書き加えられた一行。
自分でも知らない、書き足した覚えもない一文にはこうあった。
「裏サイト管理者は、君達の未来を呪おうとしている」