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日陰に立つ人 後編

「どうぞ」

 返事をするとドアが開いて、サクラが顔を出した。

「あ。居た。ウツロさんに話があったんだけど……話し中だったかな。邪魔してごめんね」

「ううん。別に聞かれて困る話でもないから」

 大丈夫だよ、と言うとサクラは「それなら良かった」とふわりと笑った。


「で。俺に用があるって?」

「そうそう。放課後になったら中庭の花壇の様子を見にきて欲しいって園芸部の子が言ってた」

「そんなの顧問に言え。顧問に」


 困ったような顔でつぶやいたウツロは、ため息をひとつついてサクラを手招きした。

「その件は置いといて、丁度いい。サクラもこっち来い」

「?」

 一瞬不思議そうな顔をしたものの、彼も素直に近くへやってきて、適当な椅子に腰掛ける。

「お前さんの耳にも入れておいていい話だ。さっきな――」


 ウツロはさっきの私の話を簡単にまとめて聞かせる。

 サクラはうんうんと聞いていたけれど、黒い塊になったというところで少し難しい顔をした。

 口元に手を当てて何かを考えているようだったけど、すぐに首を横に振る。

「それ多分……いいや、うん。それは置いとこう。それに関しては、俺も話しとくことがあるのを思い出した」

「?」

 私とウツロの首が傾いて、すぐ戻る。

 

 この三人の中でサクラが一番優れているのは、噂話の収集。

 きっとそれに関しての話だ。


「俺の話がなにか増えてたのか?」

 ウツロも同じ考えだったらしく、頭を掻きながらサクラに続きを促した。

 うん、とサクラは頷く。

「最近多いから明日は我が身と思ってたが……」

「そうなんだよね。しかも新しいんじゃなくて変化するものが多い」

「それも珍しいよな」

「まあ、調査は以前のと同じでいいと思うんだけど……。でも、前よりちょっと速度があるかも」

「大丈夫なのかそれは……って俺が心配するよりお前さんに任せた方が早いな」

 そっちは任せた、というウツロの声にサクラはうん、と頷いた。

「それで。俺の話か」

「そうだね」

 基本的なところは変わらないんだけど。とサクラの指が湯飲みを包む。

「放課後、日が落ちてから会う用務員さんの影には気をつけろ、だって」

「「影」」

 私とウツロの声が重なる。


 それから二人で足元を見る。椅子に腰掛けたウツロの足元には、いつもと同じ影が落ちている。

 何も変わりのない。いつもの影だ。


「はあ。それで? 日が落ちると俺の影が鬼にでもなるのか」

 適当を言うウツロにサクラは「かっこいいねそれ」と笑った。

「その影をうっかり踏むと、引きずりこまれるんだって」

「沼か」

「沼……まあ、近いかも。質感とか。それが、さっきハナブサさんが話してたのにちょっと似てるかな、って」

「言われてみればそうだな。英が言ってたのと似たようなもんだろ」

「えっ、違うと思うけど……」

 思わず出た言葉にウツロは首を傾げるようにしてこっちを見た。

「そうか?」

「え。そうじゃ、ない? ううん……似たようなもの、なのかな」


 咄嗟に違うと言ってみたけれど、どう説明すればいいのかはよく分からない。

 考えてみれば確かにどろりとしたものだったし、液体、といえばそうなのかもしれない。あれはそもそも、感覚で捉えてみるもので実際どんなものなのかを考えたことはなかった。

 ううん、と考える私をよそに、2人の話は続く。

 

「にしても。影に引きずり込まれるってなあ。生徒の失踪とかは聞いてないが」

「それが、気がついたら違うところにいるんだって。音楽室とか、売店とか」

「……弊害はなさそうだな」

 それならいいか、とウツロはお茶をすすった。

「しかし、それはそれで厄介だ。放課後は表に出るのやめておくか。それで遭遇した奴が出てくるなら、また別に対応だな」

「それがいいかも。もし代わりにできることがあればやるから言って」

「ああ、そうさせてもらう」



  □ ■ □


 話もひと段落して、空になった湯呑みにお茶を淹れ直した。

「にしても……影か」

 お茶をすすりながら、ウツロがぽつりとつぶやいた。

「? 影になにかあるの?」

「あ、いや。大した話じゃない」

 ただ、とウツロは天井を見上げてぽつりと言った。

「さっきの話。都合がいいかもしれんなと思っただけだ」

「都合が」

「いい」

 どういうことかな、とサクラの方を見てみる。彼もよく分からないらしく、湯飲みを手にしたまま首を傾げていた。

「……二人ともそんな不思議そうな顔するなよ」

「いやだって」

「不思議だったから」

 ねえ、と二人で頷く。

 それからどう言うことなのか、と視線で問いかける。


 二人分の視線をまっすぐに受けたウツロは、ちょっとだけ煩わしそうに顔を逸らし、視線を手で散らした。

「あー、わかった。話すから二人ともその目をやめろ」

 そう言ってウツロはため息をつき、椅子に座り直した。


「あれだ。いつだったか話しただろう。日陰の話だ」

「ああ」

「日陰論」

 二人で声を上げると、ウツロは「なんだそれは」と口を曲げた。

「ウツロの持論の名前。サクラとつけたんだ」

ね、と頷きあうと、ウツロは微妙な顔のまま「そーかい」とため息をついた。

「それで、ウツロさん。なにが都合いいの?」

「ああ、俺がもしその影……英が見た姿だとか、サクラが聞いた放課後の用務員だとしたらだ」

 節ばった指が見えない煙草を吸うように、口元に触れる。無意識なのだろう。小さく息を吸って、吐いた。

「表に居ながら陰のように在れる。影がどこに繋がってるかは分からんが……そこもどうにかできれば、もうちっとは学校の平和とやらに貢献できるかもしれん。それこそ俺の在りたいと思った姿なんじゃないか……と思ってな」

 とはいえ、とウツロは口から手を離した。

「その影はどっちかと言うとーー」

 紫の視線がサクラの方を向く。

 サクラも「そうだね」と少し困ったように頷いた。

「それはきっと、アイツの管轄、なのかなあ……」

「なんでそこで自信なさげなんだ」

「いや、確証ないんだよ」

「そうなの?」

 思わず尋ねると、彼はうんと頷いた。

「昔聞いたことはあるけど……それ以上聞く気もなかったから」

「……」

 ウツロと顔を見合わせる。呆れたようにウツロが「あのな」と言葉をこぼした。

「割と大事なことじゃないのかそれは」

「そうだけど……」

 サクラは居心地が悪そうに視線を斜めに落とし、口を尖らせた。反射した外の明るさが、彼の髪を白く透かす。

「あんまり、話したくないんだ」

「お前さんがそんな顔をするとは珍しい」

「前、アレがらみの話を聞いたけど、しばらく夜うなされてさ。なんか……うまく言えないけど、話そうとすると何かが詰まるっていうか。気軽に触れられる話題じゃない、っていうか」

 そんなさ。と言うサクラはなんだかすごく難しい顔をしていた。


 話したいとか、話したくないとか。

 聞きたいとか、聞きたくないとか。

 そんなのを全部超えて。

 もう見たくない、関わりたくない。

 でも、そう言っていられない。

 難しい顔だ。


 きっとサクラにしか分からないことなのだろうけど。

 きっとサクラにしか決められないことだ。


 でも、ウツロはそこをよしとしなかった。


「まあ、軽くでもいいから話しておけ」

「うん……」

「気が引けるのも分かるがな。もうだいぶ目を逸らしてきただろう?」

「……そう、なんだよね……」

 歯切れがとても悪い。分かっているけど嫌なんだ、というのがひしひしと伝わってくる。

「まあ、今回の件も何度かあった話だからなんとかなるとは思うが、仕組みが分かればもう少し違った対策が立てられるかもしれない」

「うん」

「サクラは特に、日陰と日向の境界に立つだろうからな」

「境界……そうだね」

 そうなんだよね、とサクラは頷く。

「まあ、何が起きてるかくらいは……アイツも把握くらいはしてるだろうから、何か対策立てられるかどうかは聞いてみる」

「そうしておけ」

 それがいい、とウツロは静かに頷いた。


 □ ■ □


 空になった湯呑みがすっかり冷たくなって、サクラは大きく息をついた。

「じゃあ、俺そろそろ行こうかな」

 指で髪を梳きながら席を立ち、湯呑みを水桶に沈める。

「アイツには夜……うん、今夜くらいに聞いてみる。何か進んだらまた話にくるね」

「ああ、よろしく頼んだ」

 手を上げて見送るウツロに苦笑いで答えながら、ドアノブを掴む。


「あ。そういえばサクラ」

「なに?」

 ノブをひねる直前で、彼は振り返る。

「さっき噂話が変わってるって言ってたけど、規模は結構大きい?」

 私の質問にサクラはうーんと考えて、頷いた。

「俺も全部聞いてる訳じゃないから確証はないけど、結構広め。ハナちゃんとかジャノメくんとか、古くても広範囲というか、多くの生徒に関係ある場所にあるような話が多い印象かな。話の細部が多岐に渡ったり、場所や話の性質上、他と混ざりやすい感じで……」

 んー。とサクラは天井を見上げる。

「その辺は記録とってる人に聞くのが早いかも」

「シャロンとか?」

「そうそう。彼女が作ってるデータベース、少しずつ更新入ってるみたいだし……あとは」

 ヒトノ先生も何か知ってるかな、とサクラは言う。

「そっか。ヒトノはまだ記録つけてるの?」

 多分つけてるよ、とサクラはく笑う。

「あれが生き甲斐みたいなところあったし。明日くらい聞きに行ってみよう。……ああ。ハナブサさんの話は俺が聞いた限りだと変わってないよ」

 安心して、とでも言うように付け足して、サクラはふわっと微笑んだ。

「夜に動く古い人体模型。といっても今使われてるのは新しいから話はそのまま。それに骨格標本の話も聞かない」

「そっか……じゃあ。サクラは?」

「うん?」

「サクラも何か変わってるの?」

 私の質問にサクラはふと目を細めた。

 口元は笑っていたけど、その視線は指先を風が掠めたような冷たさを感じた。

「……そうだね。俺も話の変化はあった。でも大したことない。心配しないで」

 じゃ、俺行くね。とサクラはドアの向こうに消えた。


 去っていくサクラの足音を聞きながら。

 私とウツロは視線を合わせるわけでもなく言葉を交わす。


「……あれは、本当に心配しないでいいやつか?」

「やっぱりウツロもそう思うよね」


 そして視線だけを交わして頷く。

 うん、きっと考えてることは一緒だ。


「あれはきっと」

「彼絡み、かもね……」

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