カガミはどっち?
昼休みも終わる頃。
食後の茶お茶を注いでいたヤミの後ろから、ひょこりと二つの影が現れた。
「ねえねえヤミくん」
「あのね、ヤミくん」
「ん?」
瓜二つの顔に紫の髪を揺らして現れたのはカガミ。
二人はヤミを挟み込むように両側から覗き込むように言葉を続ける。
「「カガミ気になってることがあるんだけ――」」
「よし、午後は図書室でも行くか……」
がた、と音を立てて席を立ちかけたヤミの肩を、カガミは両側からしっかり押さえて座らせる。
「……」
何か言いたげな視線を投げてみる。
二人はいつもと変わらない表情を返してきた。
「バレバレだよ」
「お見通しだよ」
逃げようとするのは見越されていたらしい。予想できていたとはいえ、思った以上に逃がさない意志を感じて、ヤミは溜息をついて椅子に座り直した。
「で。気になるる事があるって?」
「そうそう。なんか気になっちゃって」
「うんうん。教えてもらおうと思って」
二人も両脇の椅子に腰掛けながら頷く。
「カガミって二人でしょ?」
「二人だな」
「つまり、双子でしょ?」
「いや、それは違うと思うけど」
「「どっちが兄でどっちが姉かなあ、って」」
「……」
ヤミの口が曲がった。
カガミは確かに瓜二つだし、言動もよく似ている。というかほぼ同じだ。
だが、彼らは双子ではなく、元々はひとりの人間だ。
それが二つに。しかも男女に分かれてしまったという、実に定義が面ど……難しい存在。
ただでさえそうなのに、双子だとか姉弟だとか。
ヤミに分かる訳もない。
「そもそもお前ら双子じゃないだろ。ひとりだろ。そこに姉弟とかいう概念あるのか? 必要か?」
「そうかもしれないけど」
「その通りかもだけど」
「「でも、なんか気になったから」」
「……そう……」
ただ単純に気になった。
それだけで自分の存在がどのようなものかを完全無視してきた。
頷く声になんか疲れた息が混ざった。
「それでさ、ヤミくん。決めてみてよ」
「それでね、ヤミくん。考えてみてよ」
「「カガミはどっちだと思う?」」
「ええ……そんなの自分で決めろよ」
「「ええー」」
ぷく。と二人の頬が膨れる。
「カガミじゃ分からなかった」
「カガミじゃ決まらなかった」
「だから、教えて欲しい」
「だから、決めて欲しい」
「そんな理由でか」
「「うん」」
きっぱりと頷かれた。
自分がとてもとても苦い顔をしているのは分かる。
通りかかったハナが、遠目にも分かる位面白そうなものを見た顔をして手を振ったのも見えたから、多分正しい。
逃げられる気はしない。昼休みが終わったからといって、自分達に出席すべき授業があるわけでもない。
とりあえず。考えるだけ考えてみることにした。
二人のどっちが「年上らしいか」だが。
言動が似通った二人だ。片方がもう一方を引っ張っていく、と言うことはほとんどない。
二人とも意思疎通が既にできているかのように喋って動く。
故に、意見が食い違って喧嘩をする、なんて場面は見たことがない。
つまり。
普段の言動から得られる判断材料が、ない。
「……」
二人に視線を向けてみる。
両脇の二人は、お茶を飲みながらヤミが出す答えを待っているようだ。
切り口を変えてみる。
双子、と言うからにはどちらかが先に生まれている必要がある。
自分――かつての、という前置きを一応置くけれど、自分の場合は弟だ。
先に生まれた者が居る。
カガミは元々ひとりの人間だった。
ならば、それが「どっちだったか」を基準にすれば良いのではないだろうか?
「なあ。カガミ」
「「なあに?」」
「お前ら、元々はどっちだ?」
「「元々」」
二人は単語を繰り返して、こてん、と首を傾げた。
「元々ひとりだっただろ。だったら、男子だったか女子だったか、で決めれば良いんじゃないか?」
「「ええと……」」
「分かんない」
「覚えてない」
「シャロンちゃんから情報もらったことあったけど」
「カガミはいらないって、割っちゃった」
「……おう」
手掛かりは自らの手できっちり破棄されていた。
ということは。
「手詰まりじゃねえか」
「だから、ヤミくんの直感とか」
「なので、ヤミくんの印象とか」
「「そんなので」」
「……直感とか印象で分かんなかったからさっきの質問だったんだけど」
「「あはは、残念」」
両側から同じセリフがユニゾンで響く。
「笑い事じゃねえよ!? ……ったく、無理難題ふっかけてくる方は気楽だよな」
「「うん」」
「で、決まった?」
「で。分かった?」
「決めらんねえし分かんねえよ……」
そうだなあ、と溜息をついてもう少し考える。
が、考えた所で分かる訳もなく。
「じゃあ……兄と妹で」
「あ、諦めた」
「あ、適当だ」
「考えて答えが出なかったから適当だ適当。嫌なら自分達で考えろ。他のやつに聞け。俺の答えを正とするな」
今度こそ席を立つ。
二人は止める事もなく、顔を見合わせてうふふと笑っていた。
「カガミ、お兄ちゃんだって」
「カガミ、妹だって」
何がそんなに嬉しいのか、機嫌良く笑い合っている。
湯のみを洗って籠に放り込むと。
「「ヤミくん」」
きれいに揃った声がした。
まだ何かあるのか、と視線を向けると二人は嬉しそうに手を振っていた。
「決めてくれてありがとー」
「教えてくれてありがとー」
「うん、まあ」
「「他の人にも聞いてみるね!」」
「そうだな。うん。そうしろそうしろ」
きっとどっちかなんて決まらないだろうし、二人もそんなに執着してる話ではなさそうだから、すぐに忘れてしまうだろう。
でも。
その顔を見てると、あの答えはあの答えで良かったのだろうし、さっき色々考えたのもまあ無駄じゃなかったのかもしれない、なんて事を思った。
□ ■ □
「お。ヤミちゃん」
食堂を出るとハナが居た。
「さっき二人と何を話してたんだい?」
面白そうだったから放置したんだが、と通り過ぎていったヤミを追うようにして楽しそうに聞いてくる。
「放置かよ」
「ボクが入れる余地はあんまり無いと判断したからね」
「……まあ、お前が入るとな。うん」
同意だけしてさっきの話をかいつまんで話す。
「――ふむ。なるほど。カガミは兄か姉か、か」
ふむふむと一通り頷いたハナは「それで」とヤミの一歩後ろから問うてくる。
「ヤミちゃんはどっちだと思ったんだい?」
「結局判断つかなかったから、とりあえず兄と妹、って答えといた」
「ふうん……」
ふふ、と小さく笑う声がした。
「……なんだよ」
足を止めて振り返ると、袖を口元に当てて楽しそうにしているハナが居た。
「それは君――“重ねた”ね?」
「……何を」
声のトーンが少し落ちた。
これじゃあ図星だと答えたようなものだ、と心の中で舌打ちをする。
ハナも分かっているのだろう。「さてね」と髪を揺らした。
「何とは言わないが。キーワードに思うところがあった。だから、逆にした。違うかい?」
「……さあな」
ふい、と顔を背けて足を進める。
ハナはそれ以上何も言わず、ぱたぱたと足音だけが着いてきた。
「ふふ、ヤミちゃんは本当に――」
なんだか機嫌の良さそうな彼女の声が、日に溶けて消えた。
何と言ったのか聞こえなかったし、聞く気もなかったけれど。
彼女の事だ。きっとヤミの事を言い当てているのだろう、と言うことだけは分かる気がした。