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夢の中で出会う縁 前編

 夢を見た。

 サカキは桜の木の下で星空を見上げていた。

 風はない。静かな夜だ。

 寒くもないし、暑くもない。気温は過ごしやすいのに、夜空に散らばる星空だけは季節を反映する。

 周りには誰も居ない。校内にも、きっと誰も居ない。

 たったひとりで少し寂しい気もするけれど、心細くはない。

 そんな夢だ。


 始めてではない。

 時々。忘れた頃に見るこの夢が、サカキは好きだった。


 ひとりで桜の木の下に座って、空を見上げて。

 時々本を読んだり、隠していた箱を開けたりする。

 夢の中で自由に動けることは少ないのだが、この夢だけは例外らしい。

 だからサカキは、ひとりで好きなことをして過ごす。

 

 いつもはそのまま朝を迎えるのだが、今日は違った。

 本を読んでいると、さくりと何かを踏む音がした。

「……?」

 読んでいたページから目を離して、辺りを見渡す。

 誰も居ない。

 気のせいかな? と首を傾げて本に視線を戻すと。

「――花弁、ついてんぞ」

 真後ろからそんな声がした。

「!」

 振り返ると同時に、桜色の髪の少年の指が髪に触れる。

「あれ。サクラ、さん……?」

 サカキはその名前を呼ぶ。が、違和感に瞬きをした。

 いつもと、何かが違うような。そんな気がした。


 眼鏡がない。

 視力が悪いのか、目は僅かに細められている。

 学ランは少し着崩れていて。

 右手はポケットの中。

 花びらをつまむ指は白く細い。

 サカキが知る普段の姿とは雰囲気が違うけれど、その姿はサクラのように、見えた。


「どうした?」

 外見の違和感に引っ張られたのか、その声の調子もいつもと違う気がした。

「……あの、サクラさん。です、よね?」

 目の前にいるのは彼以外にあり得ないと思いつつも、どうにも拭えない違和感を口にする。

 口にして、失礼なことを言ったのでは、という焦りに駆られる。

「ああああの、違ったら、ごめんなさい。僕、失礼なことを――!」

 慌てて言葉を撤回しようとするサカキの目の前に立つ「サクラ」は、目を細めてにやりと笑った。


 あ。違う。

 なんの根拠もないけれど、その目の色の冷たさで、そんな風に感じた。


「――いいや? 俺は、あいつじゃねえよ」

「……あ」

 隠すわけでもなく堂々と「違う」と言い切った彼に、続ける言葉を失う。

 けれども、そこまでショックではなかったのは、ここが夢の中だと分かっているからかもしれない。

「ああ、もちろんあいつとして振る舞ってもいいんだが――そっちの方がいいか?」

「え。いえ……そのままで」

 大丈夫、です。と、首を横に振る。


 サクラじゃないと分かってしまえば、もう同じ人には見えなかった。

 その立ち方も、視線も、声も、指先の仕草も。全く違う人だ。

 それじゃあ、この人は誰なのだろう?

 見下ろす視線の鋭さや冷たさは、どこかで見たような気もしたけれど、いつどこで見たのかは分からない。

 サカキが覚えている限り、思い当たる人は居なかった。


「それで……その。ええと……」

 何と呼べばいいのか困ってしまって視線で「あなたは」と問いかける。

 彼もその言葉が続かなかった理由を察したのだろう。ん、と頷いて続きを待つ。

「どうして、ここに……?」

 自分でもよく分からない質問をした。それに気付いて「えっと」と言葉を探す。

「あの。この夢を見ると、いつも僕ひとりだったので……その。他の人が居る、っていうのが不思議で……」

「――ああ。確かにここには誰も居ねえな」

 それはお前が一番気に入ってる空間を作ってんだろうよ、と彼は辺りを見渡しながら小さく答えた。

「誰も居ない桜の木の下。自分が何をしようと誰にも見つからない、一番の心の拠り所、ってとこか」

 結構な場所じゃねえか、と彼はくつくつと笑う。

「それで、どうしてここに俺が居るのか、って話だな」

 笑いを収めた目が、サカキをすっと見下ろす。

 刺す程ではないけれど、どこか冷たさを感じる視線だ。

「は、はい」 

「あいつへの嫌がらせだ」

「……へ?」

 嫌がらせ、ですか。と繰り返すと。

 ああそうだ。と返ってきた。


 彼は目を伏せて、口元だけで楽しげに笑っている。

 それを不思議そうに見上げて「どうしてですか?」と聞いてみると、濃い色の瞳がちらりと見下ろした。


「どうして、あなたが僕の夢に出てくることが、サクラさんへの嫌がらせになるのでしょう?」

 僕の夢、という単語を出したことでふと気付く。

 そうだ。ここは自分の夢だ。

 あれ。もしかして、自分がこの状況を作り出しているのでは。なんて、ちょっとした不安がよぎる。

 それが表情に出ていたのだろう。「別にお前が望んだ状況じゃねえから安心しろ」と一言付け足された。


 彼は冷たい桜色をサカキから逸らして、木を見上げた。

 はらりと落ちてきた花びらをうまく手のひらに乗せて、呟くように答える。


「ここに来たのは俺の意志だ。あいつがあんまりに他人との関係に無頓着だからな」

「……?」

「その顔はピンときてねえな」

「え、はい……」

 素直に頷く。

 だってサクラはいつでも誰にでも優しくて、話を聞いてくれる人だ。

 だから、他人との関係に無頓着だ、という言葉がなんだか不思議に聞こえた。

「サクラさんは、誰にでも優しいですから」

「まあ……そうだな。それじゃあ、あいつが誰と一緒に居るか、と聞かれて答えられるか?」

 思い出してみる。


 食事時や雑談の時間、朝や夜。

 サクラさんは誰かと一緒に居ただろうか?


「……ハナブサさんやウツロさんとは、よくお話ししている気がしますが」

「まあ、あの二人とは付き合いが長いしな。でも、それでも一緒に居るというには短い。それに、昼間は大抵ひとりだろ?」

「……そう言われると、そうかもしれません」

 サカキはこくりと頷いた。


 昼間。サクラが表に行っている時のことは分からないけれど。

 他の時間。思い出せる限りでは、確かに誰かと一緒に居る姿は見かけない気がした。

 食事や雑談も色んな人とするけれどその幅が広すぎて、特定の誰か、と言われるとぱっと答えが出てこないのも事実だった。


「それが問題なんだ。あいつは誰とでも同じくらいに仲がいい。それ以上の距離を詰めようとしない。無意識にせよ意識的にせよ、避けてるのは確かだ。それをもっと自覚させてやろうと思ってな」

 まあ、こうして話すだけでも十分だろ。と彼は木の幹に背を預けて楽しげに笑う。

 そより、と風が吹いて彼の桜色の髪を揺らした。

「あいつは勝手にしろと言ったがな。俺がこうして動くことを何より嫌ってる。俺が動けばあいつは嫌でもそれを意識することになる」

「……」

「だから、あいつが一番気にかけている後輩に俺が会いにきた、って訳だ」

 分かったか? と彼は空を見上げながら言う。

「あなたが僕に会うと、サクラさんは人間関係を意識するようになるんですか?」

「まあ、可能性がある、位だけどな」

「そうですか」

 サカキは持ったままだった本を閉じて、空を見上げてみた。

 空の端が僅かに白んでいる。ああ、もう少しで朝なんだ。とぼんやり思った。

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